#20 企画書だしてみない?

「前々からさ。企画者に必要な資質について、アタシ、1つだけ心当たりがあるんだよね」


 土岐はテーブルに両肘をつき、にっこりと微笑んだ。


 本題から話が脱線して、すでに結構な時間が経過している。以前の創平であれば、要領を得ない話の進め方にイライラしていたことだろう。こうした変化も、出向による最適化デフラグによって現われた成長の兆しなのかもしれない。


 そんな自分を半ば感心、半ば呆れながらも、


「へぇ、なんです?」


 創平の淡々とした質問に、土岐はもったいぶった調子で指を立てて、


「それはね、誰よりも明確に変化を読みとって、先のビジョンを見通せることができるかどうか――これに尽きるって、アタシは思ってるんだ」


 自分の指を絵筆にでも見立てたように、土岐は宙へ指をすっと這わせながら、そう断言した。


「完成形に近しいイメージの構築がなければ、プロの現場って共感が得られないでしょ? でも、それってさ。『どうやって売るか』もセットになっていなくちゃ、独りよがりの妄想になっちゃうじゃん」


 創平は頷き、


「そんなもの、作り手の自慰行為みたいなもんですからね」

「わぁ、やらしい――ま、事実なんだけどさ」


 土岐は苦笑しつつ、居住まいを正すと、


「時代の流れと一緒に、人が求めるニーズって変化していくものじゃない。だからこそ、数年先の市場をイメージする俯瞰的な視野が必要なんだよね。ちょっとビジネス寄りの考え方だから、モノづくりだけがしたいヒトには、まず共感してもらえないんだけど」


 土岐が肩をすくめながら、ふっと息を吐く。流暢な説明に、日頃から考えていたことなんだろうな、と創平は相づちを返しながら、彼女の気持ちを何とはなしに察していた。


「この業界では、よく『やってみなくちゃ分からない』とか『失敗してもいい』なんて前置きをする人がいるじゃない。あれって、戦争に例えるなら、安全な後方から危険な前線を囃すだけの人みたいにさ、軽薄な言動だってアタシは思ってるんだよね。いまの開発環境――っていうか、規模感? それを考えると、ワンミスが会社にとって命取りになりかねないじゃないか。だから、利益が確約されているプロジェクトでもなければ、それは間違ってもクチにしていい言葉じゃないハズなんだよ」


 そう言い終わると、土岐は目の前にあるペットボトル(創平が自分のために用意したものだ)に手を伸ばし、ぐいっと一息に飲み干した。


「そう意味で、本社が企画の合否判断を変えたっていうの、アタシは正しい判断だと思ってる。創平くんの表現で言うとさ――単に優れた『作品』を創るんじゃなくって、高い付加価値が込められた『商品』を産み出すためにはどうすべきなのか。そういった発想の転換が、これからのモノづくりには必要だって実感してるんだよね。まぁ、だからこそ――」


 土岐がつっと視線をそらし、机の上にあった段ボールをポンポンと叩く。


「ほれ、この通り。アタシがボツにした企画書が、山のように生まれちゃってる次第でして」

「……は? え、これ、全部?」


 創平が珍しく声を上ずらせて立ち上がる。箱の中を覗きこむと、中には閉じられた無数の書面が、ギッシリと奥底まで詰まっていた。



(今どき珍しいな。紙ベースに印刷された企画書なんて――)



 無意識に手を伸ばそうとする創平へ、


「アタシが『オリンポスの復活』にアサインする前に、別の仕事をすすめてたって、前に話したじゃない?」

「――え。あぁ、はいはい。覚えてます。その話って、新規企画の立ち上げだったんですか?」

「正確に言えば、トウア社うちの看板タイトルの記念イベント立案なんだけどね」



 創平が何枚かの企画書を手に取ったまま、動きをピタリと止めた。



「看板……って、それ、もしかして――」

「うん。『ユーフォー・アタック』なんだけど、流石に知ってるよね」

「この業界にいたら当然ですよ」



 ユーフォー・アタックは1978年にトウア社が開発、販売したアーケードゲーム筐体であり、日本のみならず世界中で「ユーフォーブーム」を巻き起こした、同社を代表する知的財産IPである。


 それまでのコンピュータゲームと明らかに違う点として、自機・敵キャラクタ双方向から攻撃がおこなわれるという(当時としては)革新的なゲームデザインが挙げられるが、それがゲームに関心が無かった大勢のヒトたちまでをも熱狂させる結果につながった。


 他にも、日本で初めてプログラムに著作権が認められ、ソフトウェア保護の歴史に貢献するなど、功績を数えだしたら枚挙にいとまがない。ゲーム業界の礎を築いたと言っても差し支えの無いタイトルである。



 ひゅっと息を呑んだ創平を、土岐が面白そうに見つめて言う。


「――って言っても、もう数十年も前のゲームだからさ。商品としての価値は、もうほとんど残っていないんだけど。でもさ、この子ってば世界中に認知されたゲームじゃない? だから、トウア社うちでは10周年ごとに記念商材をとり扱おうって決まりになってるんだ」


 土岐はもう片方の段ボール箱からなにやら取り出すと、丁寧にその中身を机上へ並べていく。それは、いわゆる商材の見本品サンプルたちだった。


 創平は興味深そうに、そっと手を伸ばす。


「本、サントラCD、こっちはブリキの玩具かな……うわ、懐かしい。過去のリメイクを集めたロムカードじゃないですか。これはちょっと欲しいかも」

「くふふ。こっちは写真だけどさ。倉庫に眠ってた模型段階モックアップのアーケード筐体を、うち直営のゲーセンで稼働させたこともあるんだよ」


 アルバムのページを開いて、土岐が優し気な表情でそっと指をさす。


「んで。まぁ、今年が何度目かになる10周年記念の年になるんだけども……」

「何をするかが決まってない、と」


 創平の言葉に、土岐は苦笑しながら頷いた。


「もう時期が時期だからさ、会社も諦めモードになりつつあって。適当なゲームメディアとタイアップした記事展開とか、直営のゲーセンで式典でもやって、お茶を濁さない? って空気になってるんだけど」


 そう愚痴ると、土岐はぶすっと頬杖をつく。 


「ほら、うちってゲーム屋じゃないか。アタシが担当する限り、出来ればきちんとゲームで勝負したいなって考えてるんだよね」

「うん、まぁ、僕もまっとうな意見だと思いますよ」

「でしょ? だからさ――」


 土岐がずいっと身を乗りだして、創平に顔を近づける。


「こっからが本題。相談ってのはさ――創平くん、ちょっくらこの企画、担当ディレクションしてみる気ってない?」

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