第6話 特殊能力=プロットアーマー

『特殊能力=プロットアーマー』


それが本当に発動しているのかどうかは

ジョー自身にも分かってはいない。


何が原因で、どういう過程で、

場合によっては結果すらもよく分からない、

ただジョーが死なない、

生き残っているという事実だけに帰結する。



あの日銀行で、妻と子を、

家族を失ったあの時、

能力は既に覚醒していたのではないか、

ジョーにはそう思えてならなかった。

そう、この世界に来る前から……。


それを使おうとすることは

決して触れてはいけない領域

その扉を開けようとすることで、

例えれば、パンドラの箱を開けるようなもので、

しかもその箱の中に希望は入っていないのだろう。


初期からコンパネの能力リストに

その名前が表示されていることに

気味悪さすらも覚えていた。


それは忘れたい過去を

嫌でも思い出させたし、

消えない十字架を

ずっと背負わされているにも等しい。



しかし、敵からすればこれほどまでに

理不尽な能力もなかった。


歩いて向かって来るジョーに狙いを定め、

銃の引き金を引いた罪人狩の男。


だが、銃が暴発して

その男の手首から先が吹っ飛んだ。


これは、昨日男が

罪人達との戦闘で横転した際に

銃口に土や砂利が入ってしまっており、

それに気づかずここまで銃を使い続け、

ついに銃が限界を迎えた為だった。


ちゃんと銃を分解、掃除して組み直す、

つまりメンテナンスを行っていれば、

このような事故は起きなかったのだが、

その男は面倒臭がりやでもあった。



次に銃を撃った者の弾丸は

まとであるジョーを大きく外したが、

これもやはり昨日の戦闘で

銃の機構がガタガタになっており、

軸がぶれてしまっていた為である。


男は毎日ちゃんと

銃のメンテナンスを欠かしていなかったが、

昨日に限ってはメンテを忘れていた。


撃った弾丸は後ろの

木々の中に消えて行き、

そこにあった攻殻虫の亡骸、

その鎧のように硬い外殻に当たって跳ね返り、

跳弾となって撃った本人の心臓を貫く。


攻殻虫がこんな場所で息絶えて

亡骸がそこにあること事態が

非常に稀有なことであるが、

それでも事実として

以前からそこに亡骸は存在していたのだ。


そして、外殻に当たる角度、

跳ね返る角度や位置、

それもまた単なる偶然に過ぎず、

そうした些細な偶然が積み重なって

撃った本人の元に戻って来たに過ぎない。



それはまるで過去を改変して

因果を都合のいいように、

ご都合主義的に書き換えて

こうした現象を

起こしているかのようでもある。


昨晩、罪人狩達は

誰も銃のメンテをしなかったし、

甲殻虫は数週間前にここで息絶えて死んだ、

過去に遡って、

そう因果を書き換えられているのかもしれない。


もしくは、未来予測に基づいて、

こうした現象を起こす為に

予め現在に因果を仕込んでいるのか。


今日のこの時の為に、

罪人狩り達は前日に大規模戦闘を行い、

その後に銃のメンテを怠り、

甲殻虫は数週間前に

わざわざこの場所までやって来て死んだ。


それが大いなる力によって

そうなるべく事前にすべて

仕組まれていたのかもしれない。


正しくはその両方なのかもしれないが、

そうでもなければ、

説明が出来ないようなことばかりが

因果によって引き起こされる。


物理的に事象に干渉し

物理法則を無視した結果を残すのではなく、

因果関係に干渉して

物理的な結果を変える能力なのだろうか。


もし本当にそういう能力だと仮定して、

ジョーがこの能力を最大限に強化して

自由自在に意のままに

操れるようになったとすれば、

あの日家族を失ったという過去の因果すらも

無かったことに出来るかもしれない。


もしかしたら、

使いこなせていないだけで、

それは本当に神から贈られた

Luck(幸運)なのかもしれないのだ。


だがいずれにせよ、ジョーは

そのことを知らないし、全く分かっていない。


いつものように

なんだかよく分からない内に

勝手に敵が自滅して、

勝手に死んでいっている、

それぐらいの認識でしかない。


いやむしろそんな壮大なことに

気づける人間が居る筈もなく、

もしかしたら人々はみな

そうした力を持っているにも関わらず、

運命として一括りにしてしまい

片付けてしまっているのかもしれない。



ジョーは石に躓き、

よろけて体勢を崩したが、

ちょうどそのあいた空間を

次の銃弾が通過していく。


体勢を変えず、そのままでいれば

銃弾はジョーの胸を貫いていただろう。


体勢を立て直したジョーは

手に持つ銃を構え、引き金を引く。


ジョーはこれまで

射撃訓練などは一度もしたことがない

まったくのド素人。


しかし、ステータスのチート級Luckが

大幅な命中率補正を発動させて、

ジョーが撃った弾丸は必ずまとに命中する。


弾丸は罪人狩の男の頭を貫いた。



ジョーとの距離は縮まって来ているのに

銃弾は一向に当たらない。


ジョーの弾丸は確実に一人ずつ

一発必中で仲間の脳天を撃ち抜いて行く。


多勢で周囲を取り囲もうとすれば

メンテナンス不良の銃で弾がそれて、

同士討ちがはじまる始末。


「クソッ!

なんなんだぁ、あいつはっ!」


銃弾が全く当たらないのを見て

業を煮やす罪人狩の者達。


「他の武器を使えっ!」


レイパー(性犯罪者)ロドリゲスの指示で

台車に山積みにされた

武器弾薬が運ばれて来た。


台車の中には、

対人兵器ではない集団戦闘用の武装や

破壊兵器も一つや二つではない。



敵の一人が手榴弾を取り出して、

ジョーに向けて投げようと大きく振りかぶる。


だがこの男、学生の頃に野球をやっていて

肩を脱臼するのが癖になっていた。


投げようとしたその瞬間、

普通のボールとは異なる重量、質量によって

肩に無理な負荷が掛かり、肩の脱臼を再発、

その結果として、その男は

手榴弾を自らの足元に叩きつけることになる。


周囲に居た仲間を巻き込んで爆発を起こすと、

さらにはそばに置いてあった

武器弾薬に引火し、誘爆、

大爆発までをも引き起こした。


これもプロットアーマーの因果操作なのか?

彼等は自ら因果をつくり出して、

それに応じた結果を招いてしまったに他ならない。


コーエンの妹ハンナを殺した

かたきであるロドリゲスもまた

その爆発に巻き込まれて吹き飛ばされていた。


コーエンにとっては敵討ちの

またとない絶好のチャンスであったが、

もう既に瀕死の状態である彼は

もはや立ち上がることすら出来そうにない。



「あんた、来てくれたのか……」


復讐のチャンスに何も出来ない無念で

もがき苦しんでいるコーエン、

その元にジョーは辿り着いた。


「……あぁ、索敵スキルで

罪人狩がここに向かっているのが

分かったからな」


「すまねえが、

ちょっと手を貸してもらえねえか……

あのクソ野郎を仕留めるのは今しかねえ……」


しかし利き腕である

右腕を切り落とされているコーエン。


「情けないが、この有様だからな……

銃を撃ったところで当たらねえだろうが……


だが、あいつは、あいつだけは、

俺がこの手でぶち殺さないと、

死んでも死に切れねえ……」


左手に銃を持ち

必死に構えようとするコーエンだったが、

左腕ももう十分には動いていない。


かたきも爆発で受けたダメージが大きいらしく

よろよろしながら

なんとか立ち上がろうとしている状況だ。


コーエンの全身には激痛が駆け巡っていたが、

復讐に対する執念が、アドレナリンとなって

痛みをはるかに凌駕していた。



ジョーは跪いて

コーエンの上半身を抱き起こし、

その左腕を支え、なんとか固定しようと試みる。


「……俺のLuckを信じろ」


銃を持つコーエンの手は

ブルブル震えている。


いや、それどころか

上下左右にグラングラン揺れて

とても照準を定めるどころではない。


そんな状況でもジョーの言葉を信じて

痛みに耐えて銃の引き金を引くコーエン。


明らかに大きく常に動き続けている銃口。


しかしその軌道の中にも

わずかに一点だけ、一筋だけ、

敵につながる道筋が存在していた。


大きく揺れる手の動きの中で

その軌道にぴったりと合う確率は

奇跡にも等しかっただろう。


だがコーエンの腕を支えているジョーのLuckは

その道筋を引き当てた。


銃口から発射された弾丸は

その唯一の道筋を辿って

かたきの脳天を撃ち抜いた……。



「俺はずっと

実はここが本物の地獄なんじゃあないかと

思っていたんだかな……」


ボロボロの姿になったコーエン、

体中から大量の血が流れ出ており

その生命がもはや風前の灯火なのは明白。


先程コーエンの上半身を抱き起こしてから、

そのままずっとジョーは体を支え続けていた。


ジョーはそれ以外何もしなかったが、

周囲にいた筈の敵は

みな屍に変わり果てていた。

あの時と同じように……。


「まだこの先に

本物の地獄があったんだな……」


「……本物の地獄の方が

ここよりマシかもしれないぜ」


「そうかもしれねえな……

ここはまあまあ酷いとこだっだぜ」


コーエンは血を吐きながら笑った。


「ハンナの魂はきっと

天国に居るんだろうな……


俺は間違いなく

地獄に堕ちるだろうから……


おそらくもう二度と

あいつに会うことは出来ないだろうな……」


「……後悔してるのか?」


「いや、むしろスッキリした

爽やかな気分だよ……


わずかに残された

アディショナルタイムを

完全燃焼して生きたからな……


まぁ、お陰で今

死ぬほど痛いがな……」


再び血を吐きながら笑うコーエン。


「地獄に堕ちると分かっていても、

もう二度とハンナの魂には会えなくなる……

そう分かっていても……


それでも怒りも憎しみも抑えられなかったし、

それでいいと思っちまったんだから、

そういう道を願っちまったんだから

仕方ないよな……」


「……もし俺が死ぬことが出来たとしても

やはり家族にはもう二度と会えないだろうな」


「あんたは

これからどうするんだ?」


「……そうだな、

まぁ、俺が聞きたいぐらいだよ」


「先に地獄に行って待っててやるからよ

あっちでまたコンビでも組もうぜ……


お互いにもう二度と

家族には会えないんだからな……」


「……あんたの最後を看取るのが

俺みたいな犯罪者で申し訳ないな」


「まぁ、いいってことよ、気にすんなよ

俺も犯罪者だからな……」


「……あぁ、そうだったな

すっかり忘れていたよ

あんた、いい奴だったからな」


「最後に、

あんたに出会えてよかったよ……

あんたのお陰で…… かたきが討てた……

ありがとうよ……」


息を引き取るコーエンを

最後まで看取ったジョー。



これからもまたジョーは

一人で流浪の旅を続ける。


死ぬことを許されないジョーに出来ることは

この地獄のような世界で

無限にさまよい続けることだけ。


先に死んで逝く人々を見送り続けて……。





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【プロットアーマー】異世界転移の名の下に、流刑地送りにされた罪人達 ウロノロムロ @yuminokidossun

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