第4話 ゾンビ(屍人)の Luck

「 ……こう見えても

俺には女房と子供がいたんだ……」


眼前で燃え盛る炎を

虚ろな目で見つめるジョー。


「 ……今にして思えば、振り返って見れば、

あの頃が人生最高の幸福な時間だったてのが、

よく分かる……」


一呼吸置いてからジョーは続けた。


「 ……もう五年ぐらい前のことになるのかな?

こっちの世界は月日の概念が曖昧だから

どれくらい経ったのか

よくは分からないんだが……」



――その日、ジョーは

家族で買い物に出掛けていた、

愛妻と生後一歳になる長男と共に。


赤ん坊のベビーカーを押すのはジョーの役目で、

満面の笑みがこぼれ、

この上なく嬉しそうな顔をしている、

誰がどこからどう見ても

絵に描いたような幸せな家庭。


買い物の前に、銀行に寄って

お金を下ろしたいと妻が言い出したのが

すべての不運のはじまりでもあった。


ジョーの家族が寄った銀行に

銀行強盗が押し入ったのだ。


賊はマスクを被った五人組。

五人全員それぞれが銃を手に持ち、

不運にもその場に居合わせた

二十人の人間達を銃で脅し屈服させる。


それだけであれば、

まだ不幸にはならなかった。


こういう時に限って

警察は至急に迅速に駆け付けて、

賊の五人組は逃げ遅れ、

人質を取って銀行に立て篭ることになる。


ヒリヒリとした空気と時間が流れる中、

救出を今か今かと待ちわびる人々。


だがそんな状況でも

全く空気を読まないのが赤ん坊、

まだ幼いジョーの息子は

大声を上げて泣きはじめる。


「うるせぞっ! クソッ!」


賊達は苛立ちを隠せない。


お腹が空いたのか、

おむつを替えて欲しいのか、

それとも眠たいのか、

理由は分からないが

必死で可愛い我が子を

なだめようとするジョーの妻。


「動くなっ!」


賊の銃口は、その動きすらも制止しようとする。


一向に泣き止む気配がない赤ん坊。


緊張と苛立ちのピークに達した賊の一人が

ついに銃を発砲させる。


だが、その大きな音に驚き、

赤子はより一層大きな声で泣き叫ぶ。


どう考えても

状況は完全に詰んでいたのだ。


極限の精神状態まで追い込まれた賊は

とうとう赤子に銃口を向けた。


それを見て咄嗟に身を投げ出して

ベビーカーの我が子を庇おうとするジョーの妻。


再度、室内に銃声が響き渡る。


と同時に今度は

赤ん坊の泣き声がピタリと止む。


ジョーの妻は胸を撃ち抜かれ、

そのままパタリと

べビーカーに覆い被さるように崩れ落ちた。


大量に流れる鮮血に

真っ赤に染まるベビーカー。


――泣いている赤子はもういない。


おそらくべビーカーの息子も

そのまま一緒に撃ち抜かれたのだろう。


その様を目の当たりにした瞬間、

ジョーの中で何かが壊れた。


体中の血が煮えたぎり、

全身を駆け巡る。体が熱い。

頭に血が上って、

目の前が真っ白になって行く。



「 ……そこから先は、

もう俺も断片的にしか覚えていないんだが……」


――次の瞬間、ジョーは

銀行強盗に向かって体当たりをぶちかまし、

相手が持っていた銃を奪った。


すぐさま犯人に向かって発砲し、

まず一人、撃ち殺す。


強盗達はそれぞれが手に持つ銃で応戦したが、

流れ弾は次々と人質に当たり

周囲の人間がバタバタと倒れて行く。


ジョーが二人目の賊を撃ち殺すと、

強盗達もパニック状態に陥り、

喚き散らしながら、銃を乱射して

人質を次々と殺しはじめる。


自制心を失い、理性をも失くしたジョーは

激昂する激情のままに銀行強盗を次々と

五人全員を皆撃ち殺した。


それはわずかな、

一瞬の内にすべて起こったことだった。



――銃声が止む。

それまでの喧騒が嘘のようにピタリと静まり返り、

一転して深い静寂に襲われる。


ただ、肌に突き刺さるような

ピリピリとした空気、

その圧があってはならない最悪の事態が、

起きてしまったことを予感させた。


ジョーが我に返ると

その場に立っていたのはただ一人、自分のみ。


そこに居た筈の自分以外の二十四名は

血に塗れた死体となって床に転がっている。


さっきまでそこで生きていた二十四名が

瞬く間にただの肉塊と成り果てている、

そして自らはかすり傷一つ負っていない。


その事実を認識したジョーは

恐ろしさのあまりに身震いした。


奇跡などと言う、

そんな生易しく、安易なレベルではない。


一瞬であれだけの銃弾が飛び交い

二十四名全員が死亡するレベルの

高い人口密度の中で、

最初に飛び出した本人が

怪我すら一切せずに無傷だという、

そんな馬鹿げたことがあるものか。


もうそれは何か大いなる力によって

仕組まれた何かではないのか、

背筋にゾクゾク悪寒が走り、

身の毛がよだつ。


家族を失った悲しみももちろんあったが、

その人智を越えた理解し難い状況に

またしてもジョーは正気を失った。


そして手に持っている銃、

その銃口を自らの頭に向ける……。



「あのとき死ねれば、

よかったんだがな……」


「引き金を引けなかったのか?」


「……いいや、

引き金は引いたんだ、何度も、

銃を替えたりもして何度も引いたさ」


「……しかし、死ねなかった


…………。


すべて、弾切れだったよ……」


「そ、そんな

馬鹿なことってあるのか?


あんたの身に起こったことすべて

たまたま偶然起こったにしちゃ、

天文学的な数字どころじゃない確率だぜ


まるで人間の力が到底及ばない、

何か大きな意思の力が働いて

あんたが死ななかったみたいじゃないか


そう、そうだよ

それじゃあまるで

ご都合主義のプロットアーマーじゃねえか」


「……あぁ、

本当に、そうだよな」


物語の主人公が、創造主の庇護によって

生死を差配されるプロットアーマー、

コーエンはそんなものを引き合いに出した。


ジョーの話を信じるならば、

神なのか創造主なのかは

何者なのかは分からないが、

そうした見えざる大いなる力によって

庇護されているとしか思えない。



「こっちの世界に来てから、

ステータスを見てはじめて分かったんだがな


どうやら俺は Luck が

異常なまでに高いらしい

それこそチートレベルにな」


「……ちょっと待ってくれ、

それだとあんた、もしかして

死なないんじゃあないのか?」


「……そうなのかもしれない


その後、自暴自棄になって

何度も死のうとしたんだがな……

結局、死ぬことは出来なかった


この世界に来てからも

強力なモンスターの群れに

単身で突っ込んだりもしたんだ……


そんなことを嫌になるくらいに繰り返して、

いつからか、死ぬことももう諦めた……」


コーエンはそこでふと気づく。


「いや、ちょっと待ってくれ、

俺達が一番最初に出会った時

あんたはモンスターに襲われていて、

俺が助けに現れなければ

死んでいたんじゃないか?」


「……あぁ、

あそこであんたが現れて助けてくれたのも

おそらく俺のLuckの影響力を受けてのことだ


普段は地を這っていて

腹部など絶対に見せない攻殻虫が

上体を起こして弱点の腹部をさらけ出す、

そんなラッキーなことが

そうそうあると思うか?


ただ、はっきりと断言は出来ないんだ、

俺は全く何もしていないからな

何かをしたという意識すらない


何か能力を発動させたとか

スキルを使ったという訳でもない


何が原因で、どういう過程で、

時と場合によっては結果すらも分からない


ただ純然とそこに残った事実は

また俺が死ななかったということだけ」


コーエンは難しい顔をして考え込む。



「ちょっと待ってくれ、

死ぬことを望んでいるあんたが

なんで罪人狩から身を守る為に

俺と一緒に行動して

ここまで旅をして来たんだ?


もしかして、俺のためか?

初心者の俺が一人で

あの辺を移動するのは危険だから、

ここまで一緒に来てくれたのか?」


「……まぁ、

そういう気持ちもなくはなかった


それにいくら俺が

死にたがりだからと言っても

罪人狩のような畜生連中に殺されるのは

ちょっと御免だからな


まぁ、そんな贅沢を

言っている場合でもないんだがな」


再び考え込むコーエン。



「まさか、あんたが当時世間を騒がせた

あの『アンタッチャブル』だったとはな、

あの事件は相当な話題になってたんだぜ」


「……そうらしいな、

当時はムショの中に居たから

俺にはよく分からないんだが」


「しかし、なんだか妙な話だな……


そもそも事の発端は

運悪く銀行に行ったことなのに、

それで家族だって失くしているんだ


運がいいのか悪いのか

どっちなんだかよく分からねえな」


「……それについては

俺も考えたことがある


これもあくまで推測でしかないんだがな、

俺のLuckは、

死なないということのみに

全振りされているんじゃないかと思う


味覚や快感がなくて

喜びや楽しいという感情を失くして、

それはラッキーだと言えるのか?

今の俺は幸運だとか、幸福だとか、言えるのか?


むしろ死なない能力が強くなるにつれ

それ以外のすべてが俺から奪われて

無になって行くような気がしている


心は、魂は、もう既に死んでいるのに、

体は、肉体は、決して死ぬことはない

まさしくゾンビ(屍人)みたいだな……」


-


「……お互いの事情も分かったことだし

一応あんたの耳にも入れておこう


コンパネの通知によれば

今日新たにこの世界に

転移して来た男がいるらしい


あんたが探している男かどうかは分からないが

クラスはレイパー(性犯罪者)だな」


「本当かっ!?」


「……あぁ、

ここから数キロと離れていない

ゴブリンの洞窟が初期出現位置のようだ」


「そうなのか?

レイパー(性犯罪者)の性質からして

初期配置は

サキュバスの寝床かなんかだと思ってたぜ」


「……まぁ、それだと罰要素が薄いからな

むしろ喜んでしまう可能性すらある


ゴブリンは繁殖の為に

女だけを犯すと思われがちだが、

ここのゴブリンは男だろうと女だろうと

分け隔てなく平等に犯すぞ

まぁ、穴ならなんでもいいんだろうな」


「そりゃ随分と怖ろしいな、違った意味で」


「……行くも行かないもあんた次第だが」


「あぁ、行くさ

残りの人生すべてを掛けて

復讐を果たしてやると誓ったんだからな、

とりあえず何かはじめねえとな」


「……レイパー(性犯罪者)の

初期装備は特殊なスタンガン、

素養が高い者は最初から電撃系能力が使える、

まぁそんなところだ


それと、罪人狩が

既に目を付けている可能性がある


レイパー(性犯罪者)なら

そこまで強い奴はそうそう居ないんでな

楽に殺せるから罪人狩に狙われやすいんだ


気をつけてくれ……」


「なぁ、あんた

もしよかったら俺と一緒について来てくれねえか?

厚かましいんだけどよ

あんたが一緒に居てくれたら心強いぜ」


「……悪いが、俺は遠慮させてもらう

あんたとはここで分かれた方がいいだろう


……さっきも言ったが、

俺の死なない能力は

俺が死にさえしなければ

後は全くお構いなしだからな


俺が危険な場所に赴いて、

死なない能力が発動してしまったら、

あんたが死ぬ確率が高くなるかもしれない」


「別に俺は、ハンナの仇さえとれれば

死んだって構わないんだぜ?」


「……あんたが仇に会う前に

死なせちまう可能性もあるからな

そうなったらあんただって

やり切れないだろ?


それにこっちの世界では

出来れば人間を殺したくないって気持ちは

嘘じゃないんでな」


「そうか、残念だが

じゃぁ、仕方ねえ」


-


「それじゃあ、世話になったな、

短い間だったが、あんたとの旅は楽しかったぜ」


「……すまないが、さっきも言ったように、

俺には楽しいって感情はないんでな

まぁ、でも

悪い旅ではなかったような気はしている


妹さんの仇がとれることを願っているよ」


「俺もGood Luck!と言いたいところだが、

まぁ、あんたに Luckの心配は要らないかな」


「……あぁ、

Luckに呪われているみたいなもんだからな」


二人は握手を交わすと

別々に、それぞれの道を歩みはじめる。





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