第3話 クラス=リベンジャー(復讐者)

わずか数日の短い期間ではあったが

それなりの信頼関係を築けた二人の旅は

終わりを告げようとしている。


街に辿り着くまで、残りわずか。

このまま行けば明日にでも

街に到着出来るだろう。


日が暮れたので今日のところは

森の中で野営することに決めた二人、

今夜が最後の晩餐になるかもしれない。


だが生憎、今日は目ぼしい獲物に出会えず、

豪勢なディナーとはいきそうにはない。

最後の晩餐のメインディッシュは

見た目がグロテスクな

掌サイズの虫ということになってしまう。


ジョーは顔色一つ変えずに、

焚き火の前で気味の悪い虫に火を通している。


「まいったなぁ、

俺が一番苦手なタイプの晩飯だ」


散々愚痴を言いながら、

人間世界では見た事がないような虫を

おそるおそる口に入れるコーエン。


「!!」


「マズっ!!」


そのあまりの味の不味さ、

口に入れた時の不快感から

思わず吐き出してしまう。


「あんた、こんなマズイもん

よく平気で食えるな?」


ジョーは顔色一つ変えずに

不気味な虫の丸焼きを

黙々と口に運び続けている。


「……あぁ、悪いんだがな、

ここに来てから、俺には味覚がないんだ」


ジョーは一旦食事の手を止め、

目の前で燃えている焚き火に薪をくべる。


「怪我とか病気の後遺症か何かかい?」


「……そういうんじゃないな


……どうやら、俺にはもう

喜んだりとか楽しんだりとか、

そんな感覚は無いらしいんだ


食い物だけじゃなくてな……


セックスも試してみたんだがな、

やはり何の感覚もなかったな……


ほら、飯だって

それこそ美味かったら、美味しい以外にも、

嬉しいとか楽しいとか

そういう感覚が湧くだろう?


…………


俺の中で『喜怒哀楽』のうち、

『喜』と『楽』という感情は

もう死んでいるんだ……


だから逆接的に

飯を食った時の味覚も

セックスによる快感も

感情と一緒に失われてしまったんだと思う……


…………


それでも腹だけは空くんだから、

因果なものだな……」


そういうとジョーは再び

手にした虫を口へと運ぶ。


-


食後も焚き火の前で

向かい合って座っているジョーとコーエン。


夜の闇に飲み込まれそうな森、

焚き火の炎と

それに照らされている二人の姿だけが

無の中に浮かび上がっている。


目の前で燃え続ける炎を

じっと見つめていたコーエンは、

先程のジョーの話がどうにも引っ掛かり、

思い余って問い掛けた。

それは覚悟が必要な行為でもある。


「……あんた、一体何をしたんだ?」


「ここで、そう言うことを聞くのは、

野暮とかご法度なのかもしれないが……」


「あんたは

大勢の人間を殺したと言っていたが、

そんな大量殺人鬼にはとても見えないし


もし大量殺人鬼だったとしてもだ


大量殺人鬼みたいなクソ野郎が

今のあんたのように

過去の事件を引きずって

そんなメンタルダメージを受けるとは

思えないんだがね……」


「…………。」



しばらくの沈黙の後、

コーエンの質問には答えずに

ジョーは質問できり返した。


「……そういうあんたこそ、

何でこっちの世界に来たんだ?」


自分が問うた以上、問い返されるのは

コーエンも分かっていた。

だからそれ相応の覚悟も必要だった。


「……あんた、元軍人だろ?」


目を見開いて驚くコーエン。


「しかも割りとつい最近まで

軍に在籍していたんじゃあないのか?」


「あんた、どうしてそれを?」


「……最初から

そんな気はしていたんだ


最初にあんたとはじめて会った日、

甲殻虫から助けてもらった時


あんたはこっちに来て

まだ日が浅いと言っていたにも関わらず


甲殻虫の腹部目掛けて三発撃って

三発とも見事に急所に命中ってのが

まず有り得ないことだからな


それにあの小動物を

いとも簡単そうに狙撃する腕前だ


よっぽど射撃の上手い

シリアルキラー(連続殺人犯)かと思いもしたが


どう考えても

普段から訓練している人間でなければ

あれだけの腕前にはならないだろうからな」


スキンヘッドの頭を掻くコーエン。


「大した洞察力だな、おそれいったぜ」


「まぁ騙すつもりも

隠すつもりもなかったんだが、

要らぬ誤解を生みたくはなかったんでな」


「……軍の工作員か?

……もしかしたら、

軍の命令でこっちに来たのか?」


「いや、まったくの私怨だな」


「…………。」


「……そうか、あんた、

リベンジャー(復讐者)だったのか……」


「リベンジャー(復讐者)……。」


「……ここは

あっちの人間世界で

極悪非道を積み重ねて来た

凶悪犯が送られて来る流刑地だからな


見方を変えれば

いろんな人間から恨みを買ってる奴等の

吹き溜まりってところさ


例えば、殺された人間の遺族からすれば

死刑にもならずにまだノウノウと生きてやがる、

いくら殺してもまだ殺し足りない、

それぐらい怨みを持ってたとしても

不思議じゃあない


……だからな、たまにいるんだよ


復讐を果たすだけの為に自ら志願して、

あっちの平穏な生活を捨ててまで、

ここまでかたきを追って来る人間がな


まさしく地獄の底まで追い掛けるって奴だな」



「……あぁ、そういうことか……」


「……それなら俺は紛れも無く

そのリベンジャー(復讐者)だな……

まさしく、あんたの言う通りだ……」


燃え続ける炎を見つめながら、

コーエンは自らの事情を語りはじめる。


「…………

俺には年の離れた妹がいたんだ


名前をハンナって言ってな


両親は早くに死んじまったから

俺が親代わりみたいなもんさ


兄妹二人きりで

生きて行かなきゃいけなかったからな

ツライことだらけだったが


ハンナのことを見てたら、

あいつと一緒に居たら

そんなことはどうでもよかった


あいつはまさしく天使のようだった

少なくとも俺にとっては


俺は死んだ両親に心から感謝したよ

俺にハンナを残していってくれて

ありがとうってな


あいつの存在だけが

あいつの成長だけが

俺の生き甲斐だった


いや俺の人生のすべてと言ってもよかった」


コーエンは一旦間を置くと、

唾を飲み込んでから話を続けるが

その声は明らかに震えている。


「だが、ハンナは殺されちまった……


あの生きている価値もないようなド畜生ども、

ゴミ以下の屑野郎どもに命を奪われた……


性犯罪者達の慰み者にされて

嬲り殺されたんだ……」



「死体確認で呼び出された時

もう既に頭の中は真っ白だった


手足に力が入らなくて

宙を浮いているような感じだった


そこで見せられたのは

ハンナの変わり果てた姿さ


体中膨れ上がって、全身痣だらけ

よっぽど殴られなきゃ、

まずあんな風にはならねえ


口や目や鼻、いたるところの穴からは

乾いた血の痕が残っていた、

おそらく大量出血したんだろう


全身に複数個所の骨折、

手足の関節もほぼ外れていて

千切れそうなところもあった


…………


どれだけ痛い思いをしたんだろうか?

どれだけ怖い思いをしたんだろうか?

どれだけ苦しい思いをしたんだろうか?

どれだけ辛い思いをしたんだろうか?


俺は正気を失くしちまったんだろうな


吐きまくったよ、際限なく吐きまくった、

喚き散らして、泣き叫んで、

床に這いつくばって転げ回った」



「そこで俺の人生も、俺自身も

なにもかもすべてが壊れちまった


ハンナがいない世界には

俺の未来は存在しなかったし、

そんな未来は受け入れることも

許すことも出来なかった


……今でもな、毎晩夢に見るんだよ

ボロボロの姿になったハンナが

目の前に現れて、泣きながら言うんだ


『お兄ちゃん、助けて

痛いよ、怖いよ、苦しいよ

お兄ちゃん、助けて』ってな……


ハンナの、あいつの

ボロボロになったあの姿が

頭にこびり付いて離れねえんだよ……」


「それから俺は軍から銃と弾を

大量に盗んで持ち出して、

ハンナを殺した犯人を捜したよ


犯人は四人、

集団でハンナを拉致し、暴行の末、殺害


軍に居た関係で警官にも顔が利くんでな、

それなりの賄賂を渡して

捜査情報を入手するのも簡単だった」


「よく復讐は何も生まない、

虚しいだけだとか、

そんなこと言う奴がいるだろ?


そういうことじゃあないんだよ


もう俺はハンナが死んだ時に

一緒に死んじまってるんだからさ


ただ、あの屑野郎どもを道連れにするために、

ほんのちょっとだけ

あっちとこっちの世界で過ごす

アディショナルタイムが

残っているってだけに過ぎないんだよ」


「ハンナが味わったのと

同じ苦しみを味あわせてやる、

すぐには殺さずにジワジワ苦しめ発狂させて、

八つ裂きにして嬲り殺してやろう、

そんなことをずっと思っていたんだがな


いざ、犯人の顔を見た瞬間には、

もう銃で脳天を撃ち抜いてたよ


俺からハンナを奪った

ゴミ以下の屑野郎どもが

一瞬でも一秒でも長く生きているのが

許せなかったんだろうな


ハンナはもうとっくに

生きることを奪われちまってるのに

なんでお前らには

まだ生きるアディショナルタイムが

残ってるんだってな


そこには躊躇いも戸惑いも

後悔も虚しさも、なんにもなかったな


今にして思えば

あれは無の境地だったのかもしれないな」



「まず仇の一人を殺して、

その後、立て続けに二人殺して回った


だから俺は連続殺人鬼って訳だ


だが、そんなことはどうでもいい

死人も同然なんだからな

ゾンビエリアに居たゾンビとなんら変わらねえ

クラスチェンジで屍人になっても

むしろ納得出来るレベルだ


それこそ、

そんなことはどうでもいいか……



そして、ハンナを殺した

最後の犯人を追っていたんだがな


ところがその最低屑野郎は

別件の婦女暴行殺人容疑で捕まっちまった


どうやら他にも余罪がわんさか出て来て

流刑地送りにされることになったらしい


それを知った俺は慌てて自首して

半ば志願するようにここに送られて来た……」


「だから俺は明日、あんたと別れたら、

妹の、ハンナの仇を探しに行くつもりている


もう既に罪人狩とやらに

殺されちまっているかもしれないが


せめて奴が死んだのが確認出来れば

俺はそれで文句はねえ」


「まぁ、長い話になっちまったが

こんなところだな俺の訳アリ話ってのは」


「……そうか、

無理に話させてしまったようで、

すまなかったな……」


「まぁ、気にするな

最初に話を振ったのは俺だしな


俺も誰にも話す気はなかったんだが


あんたに話を聞いてもらったのは

それはそれでよかったのかも知れない


そんなことを考えて

死んで朽ちて行った馬鹿が居たって、

一人ぐらい知ってる人間が居ても

いいのかもなしれないって思えたさ」


「……まぁ、俺の話も

あんたと似たようなもんさ


確かにクラス=ゾンビ(屍人)とは

言い得て妙だな……」


そう言うとジョーは

自らの過去を振り返る。





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