第12話:お姫様登場!

 会場内に入って一言。

 ――めっちゃくちゃ、目が痛い。

 光の洪水。

 アクセサリーの宝石や料理を盛りつけている皿など、ここにあるもの全てがキラキラと輝いていて、正直ウザったい。

 極めつけは天井につるされている巨大なキャンデリアだ。

 こいつのせいで、先ほどから目がチカチカする。


「ほら、挨拶」


サオリ先生が、わき腹を突き、囁いてくる。


「俺……じゃなくて、私は次期【勇者】のアキラっていいます。よろしくお願いします」


 顔も名前も知らない髭面のおっさんに頭を下げるのは、もう何人目になっただろうか。

 聞いた名前を口になかで何度か繰り返し、覚えようとしていたのが懐かしい。


「ほら、今度はノエルン教の司教様のところに挨拶に行くわよ」


 俺の手を引き、迷いのない足取りで進む。

 このパーティの後、今日会った人の顔と名前を暗記させられるんだろうなぁ、嫌だなぁ。


「お久しぶりですな、サオリ殿。いや~いつ見てもお美しい」


「そんなことありませんわ。うふふ」


 はぁ~、またおっさんかよ。

可愛い貴族令嬢とお近づきになるために来てんのに、おっさんばっかなんだけど!


「こちら、わたしの教え子の」


 自然な流れで話を振ってくれるサオリ先生。

 はぁ、ひたすら頭下げるだけっていうのも結構疲れるんだな。


「俺、じゃないんだった……」


 一人称『私』とか背中がむず痒くなるわ。


「あ、そろそろアーリア姫に挨拶できそうね」


 お姫様!

 自己紹介をして頭を下げるだけの機械になっていた俺の耳に救いの言葉が響く。


「どこ! どこにいるんですか、肝心のお姫様は!」


「いきなり元気になったわね」


「当り前です。お姫様の顔を直接見るのが、ここに来た目的の九割を占めてますから!」


「顔を見るなんて控えめなこと言ってないで、しっかり話をして信頼されてきなさい」


「はい、頑張ります」


 若干、鼻息荒く答える。

 信頼を得るとかは置いといて、正真正銘のお姫様と話せるのなんて一生に一度かもしれない。だから悔いは残さないようにしなければ!

 そこでふと正気に戻り、根本的な疑問が湧いてくる。

 ん? そういえば、どんな話題を話せばいいんだろう?

 共通の趣味とか無い人と話すのなんて、俺には難易度が高すぎるぞ……。

 あ! そういえば子供の頃、昔話を読んでいた時ふと疑問に思ったことがあったな。

 それは、確か……。


――お姫様ってどんなパンツ履いてるんだろ? 

  

しまった、俺ということが間違ってしまった。

ここではパンツではなくパンティというのが正しかった。(ショーツでも可)

話を戻そう。

パンティにも王家としての品格があるのか? この謎を解決しなければ!


「言っておくけどアーリア姫に変なこと聞いたら、打ち首になるからね。気を付けなさい」


 その言葉を聞いて、俺は王家の下着事情を知りたいという知的好奇心をぐっと胸の内にしまい込んだ――


* * *


「アーリア様、十六歳の誕生日おめでとうございます!」


「これでようやく成人ですね!」


「どうぞ、私の領地で取れた果実で作った果実酒です」


複数のおっさん達が一人の少女を囲み、次々と声をかけている。

おっさん達は裏があるようないやらしい顔をし、少女は気後れ気味に笑顔を浮かべる。

側から見たら完全に変態案件。


「サオリ先生、これどう考えても声かけられるような状況じゃないんですけど」


俺たちはおっさんの壁によりアーリア姫の顔すら見ることができない状況。


「何を言っているの? これは少ない方よ」


「……これで少ないとか、やっぱり王族って大変なんですね」


パッと見た感じ十人前後のおっさんがいるのだが、これで少ないか……。

ピーク時は一体何人のおっさんに囲まれているんだか。

中心にいるアーリア姫はさぞ男臭いだろう。可哀想に。


「ほら、いくわよ。アキラ君!」


あ! 手を……。

普段はあんなに乱暴なのに……や、柔らかいんですね。

俺の手を握り、強引に引っ張るサオリ先生。

 コツンコツンと力強い足音がアーリア姫に近づくにつれて、おっさん達の壁に動揺が走り、崩壊していく。ヒールは人を脅す道具ではないんですが……。


「お久しぶりです。アーリア姫」


 一切の躊躇もなく姫様の前まで行き、深々と頭を下げるサオリ先生。


「は、初めまして、アキラと申します」


 俺もそれに倣い、お辞儀をする。


「まぁ、そんなにかしこまらないで、頭を上げてください」


 その言葉に従い、顔を上げる。

 と、目の前に美少女がいた。


「“現英雄様”と“未来の英雄様”に頭を下げられてしまうと、私、困ってしまいます」


 腰まで真っ直ぐ伸びた青みがかった白髪をクシャッと握り、潤んだ瞳でこちらを打ち抜く、美少女が立っていた。


「アーリア姫、この度は十六歳の誕生日おめでとうございます」


「……ございます」


「こちらこそわざわざ来ていただき、ありがとうございます」


「いえいえ、本日は姫様が法的に大人と認められる大切な日。心からお祝い申し上げます」


「……ます」


「そう……ですか」


 当然ながら主に話しているのがサオリ先生、相槌を打つのが俺。


「本当に久しぶりですね、サオリ……様」


 顔をうつむかせ、寂しそうにつぶやく。


「えぇ、そうですね」


「…………」


 なにやら一気に空気が重くなってきた。

 この気まずい中、アーリア姫が縋るような声を発する。


「もう、アーリアちゃんって呼んでくれないんだね。……サオリお姉ちゃん」


 アーリア姫の消え入りそうな声とは違い、芯の通った揺らぐことのない声で。


「私はもう、【勇者】ではありません」


「…………」


「あの時と同じ関係など――不可能です」


「なんで……」


「今の私はただの国民。クラウ王国第一王女であるアーリア姫とは身分が違いすぎます」


「そんな……」


 膝をガクつかせて立っているのもやっとな状態のアーリア姫。

 目の前の女性をここまで傷つけたサオリ先生も、同じく苦しそうな顔を浮かべている。

 ――お互いに傷ついただけ、しかし本人達にとっては必要な確認だったのだろう。

 沈黙が訪れる。

 この状況を何とかしたいと思う気持ちはあるが、この二人の関係を何も知らない。

 最低限の知識すら持っていない俺はただ黙っていることしかできない。

 知識が無ければ……何もできない。


「そうですか、分かりました。サオリ様」


「お気遣いありがとうございます。アーリア姫」


 二人は諦めたような笑顔で見つめ合う。

 俺が目の前の光景に対して、拳を握りしめた時、背後から声をかけられた。


「ご歓談中失礼します。サオリ様、国王様がお呼びです」


 振り向くと、童顔のイケメン執事が洗練された動きで「こちらへどうぞ」と身を翻した。


「アーリア姫、久しぶりにお顔を拝見することが出来、とても嬉しかったです。招待していただきありがとうございました」


「いえ、こちらこそ忙しいなか時間をつくっていただき、ありがとうございます」


 別れを告げるとイケメン紳士が示す方へ振り返ることなく足を進めるサオリ先生。


「いくわよ、アキラ君!」


「は、はい!」


 声をかけられ、小走りでついていこうとすると。


「アキラ様、お待ちください!」


 イケメン紳士の焦った声に俺とサオリ先生は立ち止まる。


「ん? 俺、何かしました?」


「いえ、国王様はサオリ様と二人だけでの話を望んでいるそうです」


 ん? 国王様って既婚者だよな?

そんな人物がサオリ先生つまり、若い女性と二人きりで話がしたい?

それって、もしかして……。


「それなら、アキラ様。私ともう少し話しませんか?」


 ここで口を開いたのは意外なことに、アーリア姫だった。


「お、俺は別にいいですけど……」


 是非お願いします! と鼻息荒く迫るのを必死に堪え、毅然(?)と答える。


「そう、なら私は国王様に会いに行ってくるわ。アキラ君、くれぐれも無礼の無いように」


「は、はい。お気を付けて」


 サオリ先生は「ふふ、何もないわよ」と微笑しながら去っていく。

 俺が人混みに消えていく先生の背中を見つめていると、背後から。


「改めて、初めまして、アキラ様」


「こ、こちらこそ初めまして、アーリア姫」


 俺たちはお互いに見つめ合い、微笑み合う。

 う~ん、緊張する。

 アーリア姫は美少女だ。見た目から受ける印象は深窓の令嬢だが、言葉や仕草の節々に子供っぽさを感じる。

 しかも、着ている純白のドレスによって一挙手一投足の美しさに上方補正が入っている。


「顔が少々赤いのですが、大丈夫ですか?」


「大丈夫です‼」


 俺は別にコミュ障というわけでは無い……と思う。

 ただ、今回は特別なケースすぎる。

 美少女との一対一の会話。これはいいだろう、脳内で何度もシミュレーション済みだ、抜かりはない。

 問題はその会話を聞いている野次馬が大勢いるということだ。


 「誰? あの子」「アーリア様からお声をかけた!」「おい、なんだよ、あのガキは独り占めしやがって」「男の方、ぷりぷりで甘そうな尻だな、じゅるり」


 と、各方向から好奇の目が向けられる。これにより緊張が加速度的に激増する。


「ここでは、少し目立ってしまうようですね」


 アーリア姫は少し困った様に眉を顰め、そう言う。


「そうですね。こんな状態では話しにくいですもんね」


「はい、では場所を変えましょうか」


 どこに行こうかと周りを見渡すが、流石は王家主催のパーティ。

会場はとても大きいのに人が少ないところが見つからない。


「……どこにしましょうか?」


 すると、アーリア姫は両の手を胸の前で重ねて、


「私のとっておきの場所はどうですか?」


 お姫様としての笑顔ではなく、何かを期待する子供っぽい笑顔が、そこにはあった。

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