第16話 栞は帰ることにする

 そうして、私は一度研究所へと帰ることにした。二人は私が最初に落ちてきたところまで送り迎えに来てくれた。


「ありがとう。本当に素晴らしい時間が過ごせたわ」


「それはよかったですね。またお会いできることを楽しみにしていますよ」


 そこで、私は重要なことに気が付いた。


「どうやって、帰ればいいのかしら……」


 そう、行きは落ちてきたからよかったもののこの穴を登りきる自信はない。


「あら、それなら大丈夫よ」


 アイはそう微笑み、巨大な正面扉の横の隅にある小さな扉を開けた。そこは、トイレの個室のように狭かったのだが、海水らしきもので満たされていた。しかも、触ることが出来るのだ。どうやら、仕切りも何もない状態でも海水が部屋の中にとどまっていて、溢れ出すことが無いらしい。


「ここを、上に泳いでいけば栞が通ってきた鴉の彫像のあるところに辿り着くはずよ。そこからなら帰れるでしょう」


「ええ。ありがとう」


 不思議な水の部屋も図書館に詰まった資料に比べたらちっとも驚かなかった。どうやら、感覚が麻痺してしまったようだ。


 無事星霜遺跡の表面へ上昇することが出来た私は、海面を目指し泳いだ。静かな海域を抜け、流れの速い潮に捉えられないよう慎重に上昇していった。


 時間を確認していなかったがどうやらすでに夕暮れ時の様で、揺らめきながら見えるぼやけた空の色は茜色に染まっていた。


 顔を水面から出すと少し朝に私をここまで連れてきてくれた船が見えた。そこに向かって泳いでいく。上げてもらうために船長さんを探す。


「ね、姉ちゃん! やっと帰ってきたのかい。いつになっても顔が見えないから溺れちまったのかと心配したじゃねぇか」


 引き上げて早々お説教が始まってしまったが、心配させてしまった自分が悪いと思い素直に聞くことに。


「それで? 研究の種になりそうなものは見つかったのかい」


「ええ! とても良いものが見つかったわ」


「そんなら、急いで帰らなくっちゃな」


 二人で世間話に花を咲かせながら、夕暮れを背に船は出発した。一応、図書館のことは伏せておくことにした。おそらく信じてもらえないだろうから。でも、正式に論文などで発表した暁には教えに来よう、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る