第9話 - 沼地

俺たちは住処の森の南西に位置する沼を目指し始めた。


途中、森の中で木の魔獣が寄ってきた

どうやら俺の鞄の中にある水が気になるようだ


「おや?こいつはいつからついてきてたんだ?」


猫娘がまじまじと観察しいろいろ教えてくれた


「この子はトレントの幼体ですね、周りにトレントの木が無いことを見るとはぐれたのでしょうか」

「へぇ、トレント、樹木の魔物か?」

「そうです、集団で生活する魔物で、迷い込んだら最後、動く樹木が迷路を形成していつまでも出られず、死んで養分にされてしまうそうですよ」

「それは恐ろしいな、こいつが幼体でよかった」


どうやら木の魔獣は体のあちこちが伸縮自在なようでニョキニョキと体を伸ばしたり縮めたりしながら俺の鞄にまとわりついてくる


「水が欲しいのか...確かにこのあたりには川がないし、水に困っているのかもしれないな」


俺は水筒を開け、掌に水たまりを作ってやった

木の魔獣は喜んで根をひたし、水はあっという間に消えてしまった

木の魔獣は枯れ木のような見た目だったが、頭と思わしき場所の周辺に小さな木の葉が生えてきた


俺はその様子を見て無性にいとおしくなってしまった


「なかなかかわいいな」


猫娘もほっこりしながら話した


「そうですねぇ、この子も集落に連れて帰りましょうか」

「そうだな、悪くない」


俺は木の魔獣に話しかけた


「お前も俺たちと一緒に来るか?」


木の魔獣の表情こそわからないが俺の左腕に根を巻き付け体の一部のように振舞い始めた


「はは、ついてきてくれるのかな、これからよろしく」


木の魔獣からぼんやりと光が漏れ始めた

だんだんコツがわかってきて、こうなることは予想できた


知能が低く、本能が強いものほど信頼関係を築くのが早い

助けてあげたり、生活の基盤を整えてあげると信頼関係が築けるようだ

それからしばらく歩き続け

日が暮れ始める頃、沼地の入り口についた


沼地は広く、枯れた木々がぽつぽつと見える

地面はコケや背の高い草で一面覆われており、足を付けるまで水か地面かわからないほどだ

空はよくわからない霧がかかっており、薄暗い


「沼の探索は明日にしたほうがいいだろうな」


俺は一言つぶやいた

猫娘も同意した


沼と森の境目に小高い丘があり、洞窟があったのでそこへ向かった

洞窟の中は暗いが、奥が深そうだ

冒険したい気持ちもあったが、今回は洞窟を探検しに来たわけではないので今日は入り口で野営しよう


野営しながら俺はアヌビスへ話しかけた


「こんなところまで連れ出して悪いな、ウマい料理も今夜は出せない」


アヌビスは干し肉をかじりながら答えた


「住処を発展させるためだろ?我慢するさ、発展するたびにご飯がおいしくなっていくからね。ちょっと我慢したらまたおいしいご飯が食べれるんだろ?」


いつも通りブレない、さすがだぞアヌビス

俺はいつも通りのアヌビスに微笑みながら返答した


「そうだな、収穫ができたら料理の種類もまた増えるだろう」


その様子を見た猫娘が話し出した


「本当に話しているんですね、アヌビスさんはなんて言ったんですか?」

「おいしいご飯が食べれるなら我慢するってさ」

「へー、意外ですね」

「そうか?君たちからはどういう風に見えているんだ?」

「強さでいえばおそらく集落はおろか、森の中で一番強い方ですよね、

そんな方なので玄人さまとは尊い絆で結ばれた騎士のような、そんなイメージでした」


その話を聞いて俺は思わず鼻で笑ってしまった


「実は食い意地だけで今まで一緒にいるんだぞ」


猫娘は一瞬呆けたような顔をしたがクスクスと笑い始めた


「意外ですね、玄人さまには不思議な魅力があります」


「そういってくれると嬉しいな、変わったスキルをもっているおかげだよ」

「それも魅力のうちですよ」


このまま行くと褒めちぎられそうな雰囲気なので気恥ずかしくなってきた


「今日は寝よう、明日も歩き回るぞ」

「はーい」


俺たちは焚火を囲み、寝ることにした



ここはどこだ

沼地に出かけたはずだが、集落の自室にいる

おかしい、人気がない


外を確認してみよう、まめいやミミは異変に気づいているだろうか

俺は自室の扉へ向かった


開かない!!

扉はびくともしない、窓から外を眺めてみたが真っ暗で何も見えない

地面さえあるのかどうかわからない


しばらくすると扉が開いた

そこには3人の裸の女性がいる、女たちは話しかけてきた


「ハァイ、玄人くん」

「誰だお前たち、集落のみんなをどこへやった」


俺は凄んだ

女たちはクスクス笑いながら近寄ってきた


「ここは誰にも邪魔されない世界よ」

「私たちはあなたに興味があるの」

「イイことしましょ?きっと満足させられるわ」


女たちはかわるがわる話しながらまとわりついてきた

俺の不安はだんだん加速していった

まめい、ミミ、アヌビス、アラクネ、猫娘たち

みんなどうなったんだ、無事なのか...


不思議な空間に閉じ込める能力をもつ敵を3人も一度に相手できるのだろうか


不安で顔が強張る

女たちはそんなことはお構いなしに話を続ける


「そんな怖い顔しないで」

「みんな無事よ、あなただけがここへ呼ばれたの」

「ちょっとだけ楽しんだら、帰れるわ」


女たちは強引に俺を押し倒し、楽しみ始めた

金縛りにでもあったように体が動かない


抵抗したいが、快感が体を支配していく

まずい、キモチイイけどまずい、このままでは取り返しがつかなくなる気がする!


窓の外から声が聞こえ始めた


「グルルルルルルル....」


アヌビスだ

女たちはハッと我に返り、震え始めた


「嘘でしょ、ここに来れるの?」

「私たちの結界の中に入ってきたの?」

「まずいわ、このままだと私たちが攻撃される」

「彼を解放しましょう、ミストラル・ガルムとまともに戦っても私たちでは...」


女たちは一斉に俺から離れた

次の瞬間真っ暗になった


俺は目を開けた

沼地の野営地だ


あれは何だったんだ、夢だったのか

アヌビスは目を開け、俺の背中を見て、まだ威嚇している

目をやると、背中ではなく、俺の影だ

影に威嚇している


すると、影から黒い煙が立ち上り、サキュバスの形をした女三人が現れた


「ご、ごめんなさい!!!」

「彼を殺すつもりはないの!」

「ちょっとだけ、精を分けてほしかっただけなのよ!お願い!許して!」


アヌビスは唸るのをやめ、俺を見ている


「玄人、平気?」


アヌビスにまた助けられたようだ、少しけだるさはあるが、体はまともだ


「大丈夫そう」


アヌビスは安心したような素振りを見せ、サキュバスを見つめ始めた

サキュバスたちは怯え、それぞれが話し出した


「ゆ、許して」

「私たちも困っていたの」


俺はなぜ困っているか聞いてみることにした


「どうしてこんなことをしたんだ?」

「私たちはサキュバスよ、男性の精が無いと力を失ってしまうの」

「最近この沼地を通る男が少なくなって、焦ってたのよ」

「ほんのちょっと、精を頂ければ死ぬまで吸いつくすなんてつもりはなかったの、本当よ」


俺は考えた

彼女たちは反省しているし、アヌビスもいるしもうしないだろう

ここで会ったのも何かの縁だし、集落へ連れて帰るというのも悪くなさそうだ


そもそも彼女たちが労働を行う事ができるのかわからない

何ができるのか聞いてからでも決めるのは遅くないかと思い、話を続けることにした


「まぁ、切羽詰まってたのはわかった、俺が死なない範囲なら精を分けるのもアリだ」


サキュバスたちは顔を見合わせた、意外な回答だったのだろう、戸惑いながら返答した


「え?い、いいの?」


俺はため息をつきながら話した


「俺は森の中にある集落を経営していてね、男が今のところ俺だけだから順番を護ってもらう必要があるけど、それでいいなら、協力できる」


「ただし!条件はまだある」


サキュバスたち緊張した面持ちで身を寄せ合っている

俺はサキュバスたちを見つめながら冷静に、淡々と話をつづけた


「君たちは集落の何に貢献できる?」

「こ、子宝に恵まれるとか...」

「これでも魔族なの、魔法や薬の研究なんかもできるかもしれないわ」

「魔力を使った魔術に関する事なら手伝えるわ」


意外と有用だった

子宝が家畜にも効果があるかはわからないが繁殖させられるのだろうか

医療品もエルフと交易できてはいるものの、備蓄は多いほうがいい

魔力を使った魔術というのも魅力的だ、魔道具なんてものも作れるのだろうか


さすが魔族といったところだろうか、格が違う


「あれ、全然役に立ちそうだね、じゃあ、うちの集落に来る?」


サキュバスたちは少しほっとして、二つ返事で了承した


「ほんとに?いいのかしら、ここでは力が弱くなる一方だから困ってるの」

「私たちは精が頂ければいいわ、あとはあなたに協力する」


すんなり話しがまとまってしまった

俺は精の提供の仕方について聞いてみた


「精はどうすれば提供できるんだ?」


サキュバスたちはニヤニヤしながら嬉しそうに話し出した


「さっきの続きよ」

「夢の中で頂くのもいいんだけど、直接頂ける方がより私たちの力になるわ」

「絶対後悔させないわよ」


俺はちょっとぞっとしたが直接与えることにした

おそらく、これで彼女たちから光を受け取れるかもしれない

何のためなのかわからないが、本当にこれで光を受け取れるのか試したい意味もあった


「わかった、この洞窟は君たちの住処か?奥に連れてってくれるなら直接でいいよ」


サキュバスたちは歓喜しながら近寄ってきた


「助かるわ、ここは私たちの住処よ」

「奥はそれほど深くはないわ、一緒に行きましょ」

「特に危険はないわ、早くいきましょ」


俺はアヌビスに目をやり、ちょっと困った顔をしながら奥へ入っていった

アヌビスは俺を見て、あくびをしながら目を閉じた

猫娘はぐっすり眠ったままだ、彼女が起きる前に終わるだろう


翌朝


彼女たちは三姉妹で上から アメリ アンドラ アンバー と名乗った


俺の目論見通り、昨夜精を提供したことでサキュバスたちから光を受け取った

俺の仮説は間違ってないようだ


信頼関係を築き、食事や住処などを提供することで光が受け取れる

未だにこの光が何をするのかわからないが、魔族という上位の種族からも受け取れることがわかった


未だに光を受け取れないアヌビスとアラクネはまだ居候ということなのだろうか

アヌビスはまぁ、そもそもいる意味がご飯だけで住処は俺のところでなくてもいい

きっと他に条件があるんだろう、アラクネもそういう意味では住処の安全をアヌビスに依存しているので、俺が提供しているとはいいがたい、そういう違いなのだろうか


サキュバスたちは住処とご飯を俺に依存しているので受け取れたんだろうな

集落に男が増えれば彼女たちも存分に精を集められるだろう



沼地につく前にサキュバス三人と木の魔獣一株が住民になった

遠征は大成功だが、ここまで来て沼地を見ずに帰るという選択肢はない


俺たちは沼地へ入ることにした

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