ぽっかりと開いた穴から落ちたら、そこは違う世界線でした。

けいひら

第1話 穴に落ちる

 どうしてこんなことになったのか。

今俺は、地面に開いた、底の見えないでっかい穴に落ちそうになっている。辛うじて木の根っこに掴まっているが、いつ俺の体力が尽きてもおかしくない。木の根っこをよじ登ろうにも、でっぱりの一つもないツルツルの根っこを上るのは至難の業だ。

「おーい!ジータ!助けてくれー!」

...返事がない、ただの屍のようだ。まぁ屍になるのは俺の方なんだが。

ズルズル...

(まずい...もう...限界!)

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

俺は穴に落ち、その途中で気を失った。


 気が付いたら俺は原っぱで寝ていた。よく見たことがある原っぱだ。なんせ、俺の住む村のすぐそばにあるから。

「おーい!ジンー!どこ行ったんだー!」

ジータの声だ!どうやら夢だったらしい。にしても随分現実味のある夢だったなぁ。俺はジータの声がする方へ走っていった。

「あ、いた!急に消えたからどこ行ったのか心配したぞ!」

「悪い悪い、ちょっとそこの原っぱで昼寝してたわ。で、今何時?」

「今は14時30分だ。」

14時30分か。夢の中で穴に落ちた時間帯と同じくらいだな。

「じゃ、昼寝も済んだだろうし。やるか、サッカー。」

夢の内容がどうも現実的過ぎたので、俺はその発言に疑問を呈した。さっき見た夢では、2人で野球をしていて、飛んでったボールをとるために森に分け入ったら穴に落ちたからだ。

「野球じゃなくて、サッカーなのか?ジータ、野球の方が好きだろ?」

「なんだよ、野球って。聞いたことねぇよそんなの。」

コイツは俺をからかっているのか?野球を知らないなんて、どう考えてもおかしい。俺らが2人で一緒に、幼稚園の時からやってきた思い出のスポーツだぞ?

「ふざけてんのか?まあいいや。じゃ、サッカーやろうぜ。」

そう言って俺たちはボールを持って原っぱへ行った。


 「行くぞー!エターナル...ブリザーーーード!!!あ、やべ。」

ジータが放ったシュートは、ホームランのような軌道を描いて森の方へ飛んで行った。

「わりぃわりぃ。」

ジータは頭を掻きながらそう言った。

「めんどくせぇって~。」

そう言いながら俺はボールの後を追いかけた。

夢に出てきた森を分け入っていく。獣道の幅も、立ててある看板の文字も、何もかもが夢と同じだった。あたりを見渡しながら森の中を進んでいく。もうそろそろあのでかい穴の場所だ。

 しかし、そこには穴なんてものはなかった。穴があったような形跡すらもなく、そこにはぽつんとサッカーボールが一つ、置いてあるだけだった。やっぱり夢だったのか。


 「もう次は飛ばすなよ!絶対だからな!振りじゃないぞ!」

「オッケーオッケー。大丈夫だって。おっしゃいくぞ~。プライム...レジェンドーーー!!!!」

ジータが放ったシュートは、さっきと全く同じ軌道を描いて森の中へ。

俺はジータの方を睨みつける。すると、ジータは瞬時に目をそらした。

「アイスおごりだからな!あと、それ2人技だからな!」

そう言って俺はまた森の中へと進んでいった。


 全く、何回蹴っ飛ばせば気が済むんだか。今度からは立ち位置を逆にしよう。森の中はクモの巣やら、見たことない虫やらで気味が悪い。

さっきと同じ軌道を描いていたから、きっとさっきと同じところにあるんだろうな、そう思って俺は森の中を走っていった。すると突然、とてつもない浮遊感が俺を襲った。本来、俺が蹴っていたはずの雑草に覆われた地面は、目線と同じ高さにまで来ていた。

間違いない、あの穴だ!背丈の高い草のせいで見えなかったのか!?

俺は何かにしがみつく間もなく穴の底へと落ちていく。そして再び気を失った。


 気が付いたら俺は原っぱで寝ていた。よく見たことがある原っぱだ。なんせ、俺の住む村のすぐそばにあるから。しかしさっき見た2つの夢とは違って、ジータの声が聞こえてこない。きっと家にいるだろうから、とりあえずジータの家に行ってみよう。


 「ごめんくださーい。」

そう言って、コンコン、と家の扉をノックする。

「はい、何か?」

家から顔を出してきたのは、ジータのお母さんだった。

「ジータいますか?」

ジータのお母さんは明らかに困惑した表情でこう言った。

「ジータ...?そんな子はうちにはいませんけど...。」

「ハハ~ン、なるほど~。ジータからそう言えって言われたんですね?」

「...とりあえず、そんな子はうちにはいません。それでは。」

バタン!と扉を閉められた。もう来るな、という意思が伝わってくるほどの強い音がした。どういうことだ?ジータに嫌われたかな?あたりを見渡してみてもジータらしき姿はない。農作業にいそしむジジババが数人いるだけだった。もしかしたら俺の家にいるかもしれない、そう思って俺は自分の家へ向かった。


 「ただいま~。」

スムーズに家に入ると、誰からも返事は返ってこなかった。この村は人口が少なく、かつみんな仲良し。強盗に入られる可能性なんて万に一つもないから、ほとんどの家は鍵はかけていない。

「ジータ?いるんだろ~?」

自分の部屋の前で、中にいるであろうジータに話しかける。しかし、それでも返事は返ってこない。こうなれば突撃だ。

「おい!なんで返事をしないん...だ...?」

俺が扉を開けると、そこには白い髪の少女が一人、窓際で日光を浴びながら読書をしている最中だったようだ。少女といっても俺と同じ17歳くらいのようだけど。

「えっと.....誰?なんで俺の部屋にいるの?」

少女は明らかに怯えた表情で答える。

「俺の部屋...?私この家に住んでて、ここは私の部屋なんだけど...。」

何かがおかしい。消えたジータ、俺の部屋に美少女。どれをとってもおかしい。まず、この部屋が俺の部屋であるのは確かとして、こんな少女は村にはいないはずだ。

「え~っと~。なんか、その...。失礼しました~。」

何事もなかったかのように、自分の部屋(出会ったはずの場所)を後にする。家を出て、今一度まじまじと、その家を眺める。うん、どう見ても俺んち。


 家の外観はそっくりそのまま。しかし、部屋の内装は似ても似つかなかった。ゲームも、マンガも、〇〇本を詰め込んだ宝箱も、全部なかった。代わりに本がたくさん並べられた本棚があるだけだった。どうやら、もうあの少女の部屋と化してしまっているらしい。そうか、これも夢なのか。もう一度あの森に行けば、きっとでかい穴がまた開いていて、そこから落ちたら...。

「また夢?」

出口が見えそうにない。落ちて覚めて、また落ちて覚めて、またまた落ちて覚めて...。一生これの繰り返し。どうしたものか。とりあえず、両親が帰ってくるまで待ってみよう。さすがに親なら、わが子の顔を忘れるなんてことはないだろう。


~3時間後~

もうそろそろ農作業をおしまいにする時間かな。正確な時間は分からないが、日が傾き始めているところを見ると、もうすぐなのだろう。

「今日も疲れたねぇ~。」

首にかけたタオルで額の汗をぬぐいながら、母親と父親が家に帰ってきた。

「父さん、母さん!あの部屋の女の子は誰!?俺の部屋ねぇんだけど!」

「...はて?人違いじゃない?私たちには1人しか子供はいないはずなんだけど。」

「その1人が俺だよ!忘れたの!?」

「俺達には娘が1人。息子なんていない。君はあれか。迷子か?」

信じられない。まさか親がわが子の顔を忘れるなんて。

「いえ...なんでもないです...人違いでした...。すいません。」

ここは退くしかない。もう何を言っても無駄な気がしたからだ。見た目は俺が生まれ育った村なのに、人はところどころ違う。もっと言うと、まるで俺の存在がなかったかのように扱われている。もはや、元から俺なんていなかったんじゃないかと思ってしまうほどだ。どうすれば夢が覚めるだろうか、と考えながら両親であったはずの2人に背を向けて歩き始めると、父親の方が背後から呼びかけてきた。

「お~い、迷子なんだろ?この村は森で囲まれてるから、今夜出ていくのは危ないぞ。今夜はうちで泊っていかないか?」

「そうね、それがいいわ。ね、僕。」

「...いいんですか?ありがとうございます。」

俺は、もしかしたら、と思いこの家で一晩お世話になることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぽっかりと開いた穴から落ちたら、そこは違う世界線でした。 けいひら @zoo046

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ