第3話 2

 へ!?


 わしは振り向くと、思わず叫ぶ。


「なんであんたがここにいるんや!?」


 高い背。


 黒いコート。


 頭に沿ったショートヘアの黒髪。


 そして気の強そうな顔立ち。


 ごりらちゃんが、仁王立ちしてそこに立っていたんや!


「なんでって、アンタにここに行こうと思ったから、ここに来たのよ!」


 ごりらちゃんの答えに、わしの頭はまるでハンマーを殴られたような気分や。


「えっ」


 なんでここがわかったんや!? まいたはずなのに!


 ビルはたくさんあるのに、なんでここに入るのがわかったんや!?


 しかしわしは、強気な顔を崩さずに、


「あんた、どこの組のもんや?」


 と訊いてみる。


 すると彼女は、


「さあて、どこでしょうねー?」


 とすっとぼける。


 むっ。なんかムカツク嬢ちゃんやな!


 わしはそれを表情に出さず、


「お嬢ちゃん。捕まえてみんなら、捕まえてみな!」


 と挑発すると、店舗内へと駆け込む!


 ごりらちゃんは、


「むかつくアンタにむかつくわよ! 言われなくても捕まえるわ! 待ちなさい!!」


 と叫んで、後を追ってきおった!


 え、今なんて言うた?


 それはともかく、今は逃げるが一手や!


 ビルの一階は休日ということもあり、比較的人がいっぱいやった。


 その隙間を縫うように、わしは逃げる。


「おらおら! どかんかい!!」


 凄んでじゃまになる人をどかせて、向かうはビルの階段や。


 ビル奥の階段近くまでたどり着いて後ろを振り向いた時、ごりらちゃんの姿は見えんかった。


 こりゃどこかで誰かとぶつかったんちゃうか? けっこう間抜けやな!?


 とほっとした時!


「安心したかと思った?」


 という声が背中からしたんや!


 声のした方を見ると、そこにはごりらちゃんが満面の笑みで立っていたんや!


「な、なんやて!?」


 わしは叫びつつ、階段を駆け上がる!


 ダン! ダン! ダン! ダン!


 階段を二段飛ばしで駆け上がっていくわし。


 後を追いながら、ごりらちゃんは答えを投げかける。


「アンタが行った方の道は、実は遠回りだったのよ!」


 ま、まさか、人の流れを読みきって道を選んだとでも言うのやろか!?


 わしは慌てふためきながら、階段を二段抜きで駆け上がる。


 脚力には自信があるわしは、あっという間にごりらちゃんを引き離す。


 額をぬぐいながら、階段を駆け上がる。


 そして、ようやく最上階までたどり着くと、一度ぐるっとフロアをまわる。


 これでトイレにこもってしまえば、ごりらちゃんもどこにいるかわからんやろな。


 が、わしはそこで先ほどの階段に戻り、また降り始める。


 ごりらちゃんが後を追っているというのに、や。


 普通は最上階まで逃げ、別ルートで下に行くというのが定石やけど、そこはあえて同じルートで下の階に戻り、そこから探す。


 裏をかくってことは、こういうことなんやで。


 わしはふふん、と鼻を鳴らして階段を駆け下る。


 ニ階まで降り、階段の踊り場にわしは出た。


 そして、そこでトイレを探そうとした時。


 すぐ近くから、背高の影がぬぅっと立ちふさがったんや!


 その姿に、わしは目を疑った。


「な、なんでや……!?」


 そう、ごりらちゃんや!


「なんでそこにいるんや!?」


「ふふん、エスカレーターとか別の階段で先回りしたのよ!」


「しっ、しかし、わしがどこの階に行くかわからんはずやし、このビルけっこう混んでたはずやけど!?」


 まさか、完璧に……!?


 わしがどこに降りるのを、読んでたと言うんか……!?


「そこがあたしのあたしたるゆえんよ! いったんアンタに引っかかりそうだったけどね! さあ、観念なさい!」


 そう言いつつ、ごりらちゃんは飛びかかって来た!


 わしの動きを読んだ、正確無比なとびかかりや!


「うおっと!?」


 わしは何も考えず、その手を強く叩くように払いのけてかわす!


 そのままごりらさんの隣を通り抜ける!


「待ちなさいよ!」


 ごりらさんも後を追ってきた!


 わしはビル内を再び駆け抜ける!


 こうなったら、あれやるか!


 すれ違う人の肩とわずかに触れながら、わしはある場所へ向かう!


 わしがやってきたのは……。エスカレーター。


 わしは「下」をのぞき込む。


 よし、誰もおらへんな。


 そしてそのまま下へとかけ出す!


 うおおおおおおおおおっ!!


 すぐさまごりらちゃんが追いついたようで、背中から、


「えっ!?」


 という声が飛んできおった!


 ふふ!


 このエスカレーターは実を言うと、一階から二階に「上る」エスカレーターなんや。


 つまり、わしは上りエスカレーターを「下って」行ったんや!


 ふっ、普通の人なら上りエスカレーターを下るとは思わないやろ!


 だがそれをやるのがわしや! どやっ!


 わしは強引に上りエスカレーターを駆け下ると、そのまま出口へととんずらする。


 しかし、その時やった!


「待てーっ!!」


 なんとごりらちゃんが、階段の方から走ってくるやないか!


「げえっ!」


 エスカレーターで下ってこなかったんか!? こいつ、先読みの化けもんか!?


 後ろをちらっ、ちらっ、と見ながらビルの出口へと出る。


 出口横には、何台かの自転車が駐輪しておった。


 ちょっと申し訳ないが、使わせてもらうで。


 遅れてごりらちゃんも、出口へと出てきた。


 それを見てわしはごりらちゃんめがけ、駐輪してあった自転車を投げつけたんや!


「え!?」


 宙を飛ぶ自転車を見て、びっくりした顔を見せるごりらちゃん。


 わしが自転車を盗んで乗るとか思っていたんやろが。


 どやっ、びっくりしたやろ!


 ごりらちゃんは空飛ぶ自転車を見るなり、落下地点から退避しおった!


 そして、店内の入口へと下がり、かわそうとしたんや!


 しかしそこにはちょうど、お客さんが出てくるところやった!


 ごりらちゃんはお客さんを避けようと強引に体をねじらせ、斜め後ろに転がり倒れていく!


「ぐふっ!!」


 うまく受け身をしおったが、それでもすぐには起き上がれん様子やった。


「ほな、さいなら~!」


 わしはその様子を見て少し微笑むと、小走りにその場を後にする。


 ふふ、これで逃げ切れたかな?


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