パラダイス夕張

 政府が自殺をハッピーエンドと閣議決定してから、ネットの生配信でハッピーエンドの生放送が急増した。警察は全ての監視システムを駆使して、早期発見と予防に奔走したが、人々はすでに「AIよけ笑い」を使いこなし感情認識を妨害できるようになっていた。

 幸福度数の高い者がある日、突然に自殺するのだ。予測は困難を極めたが、ある技術者が非常に簡単なモデルを構築した。貧困や家族構成、移民、宗教、思想などによって自殺リスクの高い個人を識別する。警察はそれらの属性から基礎幸福値を計算したが、その元になる数値のほとんどは変えることができないし、強制して変えさせるのは憲法上の権利の侵害となる。そのため基礎幸福値が低い者を要観察処分、要するに隔離施設に収容し、幸福労働と呼ばれる強制労働を強いることにした。

 強制労働といっても、露骨な虐待はできない。そこで行われたのは、「シーシュポスの神話」だった。巨大な砂の山からバケツで砂を運び、別の山を作る。全ての砂を運び終えたら、今度は最初の砂の山があった場所に砂を戻す。意味のないことを永遠に繰り返す。

 その労働の様子はインターネットで生中継された。意外なことに、淡々と終わりなく続く砂運びを1日中眺めているものが増えていった。巨大な廃工場にそびえる砂の山。仄かな灯りのもとで、黙々と砂を運ぶ人の群れが途切れることなく砂を運ぶ。それはまで宗教的な儀式のようにも見えた。その配信の熱心な視聴者のひとりは眺めているだけで、祈りを共有しているような気持ちになる、と語っていた。

 強制労働所は、北海道夕張市に設けられ、パラダイス夕張と呼ばれるようになった。

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