物語の終着点を探す

白雪花房

第1話

 男は見知らぬ大地に立っていた。

 そこへふわりと謎の女性が現れる。美女ではあるが現実感が薄い、ふわふわとした雰囲気をまとっていた。


「私は神。あなたを召喚した者です」


 彼女は堂々と自己紹介をする。


「この度は申し訳ありません。不手際であなたを呼び出してしまい。申し訳ないことに、召喚は一方通行。元の世界へ戻る方法はないのです。そのお詫びとして特別な力を預けます。ではどうぞ理想の異世界ライフをお楽しみください」


 すらすらと台本を読むように語ると、彼女はふわりと姿を消した。

 平原には男が一人、残される。

 長い沈黙。ゆるやかな風が吹き抜け、草花を揺らす。

 ほどなくして男は叫ぶ。


「いらねぇんだよ」


 天を殴りかからん勢いで拳を突き上げる。


「こちとら執筆だけが生きがいなんじゃ! 小説さえ書けりゃなんでもいい」


 物語をつむぐだけに生きてきた。彼にとっては魔法や剣は無駄な要素に過ぎない。必要なのは原稿用紙とペン程度。

 そこでふと考える。今の状況は普通ではない。なにせ召喚に巻き込まれて草原に放置されているような状況だ。ネタにしなくてなんとする。

 そうだ、自分を主役にした物語をつむごう。自分の軌跡をそのまま小説にするのだ。意を決して彼は歩き出した。


 さて、自分はなにを書きたいのだったか。ジャンルはファンタジー・冒険・バトル・ラブコメのいずれか。仲間と共に困難を乗り越えてハッピーエンドを迎える作風。自分が歩むにしても不幸な結末は嫌だ。できるのなら笑顔でいたい。

 方向性は定まった。しかし、問題がある。なんと着地点がないのだ。


 目的、そう……目的である。

 強いていうなら作家になること。夢を叶えるためにネットに小説を投稿したが、伸びなかった。気合を入れて作った作品は誰にも読まれない。世界の全てが空白に染まったようなむなしさを抱えながら、毎日更新を続けていた。


 それはさておき、彼は物語を書ければそれでよい。それ以外の欲はなかった。

 ならば仕方がない。捏造しよう。

 主人公といえばヒーローだ。皆の命を守り、悪を打ち倒す。それになればよい。

 そう、悪しき魔王から民を守り、世界を救うのだ。

 では手始めに人類に仇なす魔物たちを倒していくとしよう。

 今、男の冒険が始まった。


 計画は順調である。なにせ無駄に強い力を授かってしまった。敵はあっけなく倒れる。ただの作業だ。これではストーリーにならない。

 楽なのはいいが、理想ではない。

 軌道修正をすべきか。恋愛をする可能性を考えて、あっさりやめる。男は色ごとに興味がなかった。道中ヒロインらしき聖女を見かけたが、彼女は下民につばを吐きかけるような性格ブスだった。別の者にとってはご褒美だろうが、下品なので恋愛の対象にはならない。

 嫌味なライバルも現れたが彼も勝手につぶれた。魔王討伐の旅は順調だが、物語としては行き詰まっている。本当にこんな調子でいいのだろうか。


 そうこうしている内に城が見えてきた。一人で突入する。扉を蹴破り、中の兵士を一掃。剣を振るえば一瞬で散るため、これまたドラマにならない。

 そして男は最奥へとやってくる。玉座は空っぽ。魔王は不在だ。どこへ隠れたのか。気配を追って、探索を開始。


 城をあらかた探したが、見当たらない。ほかに探していない場所といえば地下だ。まさかなと思いながら階段を下り、そちらへ赴く。廊下を渡って、鍵のかかったドアを破壊する。中に突入。


 そこには一人の少女がいて、うずくまっていた。


「やめて、殺さないで!」


 よく見ると角が生えている。一瞬、奴隷かと思ったが、身なりだけはきれいだ。ドレスを着ているし。つまり、彼女こそが魔王だというのか。それにしては惨めな様子だ。震えているし。


「あたしはね、大ピンチなの。誰も味方がいなくて、困ってるの。そんな可哀想なやつなの。だからお願い! 手ほどきを!」


 必死になって命乞い。その様にかつての悪らしき風格はない。これでは単なる小娘ではないか。さすがに戦う気が失せる。


「怯える少女を殺してジ・エンドでは後味が悪い。下手をすればバッドエンドだ。どうしたものか」


 ブツブツとつぶやくと、彼女はきょとんと首をかしげた。


「なんのことを言ってるの?」


 そちらの話に興味を持った様子だ。


「物語のことだ」


 男は素直に答える。

 彼女はまだ理解が追いつかぬ様子だ。


「そうか、お前は知らないのか。娯楽というやつを。それはさすがにもったいない。よく聞け。この俺が教えてやる。これが小説を言うものだ」


 彼は語りだす。ペラペラと。おのれが世に出して、七名しか読まれなかった自作小説。その冒険譚を。



「なにそれワクワクするじゃん。世界って外ってそんなものだったんだ」


 キラキラと彼女は目を輝かせる。


「ねえ、私も出会える? そんな冒険に。そんな世界に」


 身を乗り出して尋ねてくる。

 わくわくと期待感に満ちた様子の少女。それを見て心が動いたのはまぎれもなく、男のほうだった。


 そういえばと思い出す。始まりは誰かの心を変えたかったことだった、と。昔は読者を泣かせるために物語を書いていたのだった。最近はクオリティや評価のみを追い求めている。彼は大切なものを忘れていた。


 そしてそんな自分の書く話に興味を示し、求めている者ならば目の前にいる。

 ならばと彼は思い切って言って見る。


「外へ出よう。本物はもっと面白い」

「うん。ちょっと怖いけど。あんたと一緒なら、大丈夫だよね」


 臆病だった魔王はゆっくりと手を差し出す。

 そして彼女はしっかりと彼の手を取った。

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