三回忌

 今日は母の三回忌でした。私の住んでいるところは今日はずっと雨の予報だったので、ちょっと心配していたんですよね。お堂でお経を上げてもらうだけでなく、卒塔婆立てたりお墓の前に行ったりもするので、雨酷いと嫌だなと。

 さすがに傘は差さないと駄目でしたが、でもそこまで雨も強くなく、一通りの法要を無事に終えることができ一安心でした。よかったよかった。

 

 母が亡くなってから丸2年。大きく環境が変わった――いや、大きく環境を変えた、2年でした。

 文章とか作品とかの話でもないし、余り気持ちのいい話でもありません。ですが、せっかく自分の内側を語る場所を作ったんだし、これまでまとめて語る機会も無かったので、今日はその2年のことを書こうと思います。

 


 母が亡くなったのは2018年の9月でしたが、その少し前の6月半ば。長年居た部署からの異動が言い渡されました。7月から部署異動と。まあ、異動対象に挙がっていたのは薄々勘づいていたので(だって同じ部署に10年以上居たので)、異動自体には驚きは無かったんですが――異動先、嫌な予感しかしなかったんですよね。

 別の部署とはいえ異動先の部署は同じフロア内にあったので、その仕事状況が何となく傍から見えていたんですが……とにかく残業が多そうだったんです。いっつもその部署の人たちが残っている。

 給与とか人事とか、そういった仕事内容だから、時期によって凄く忙しくなるのは重々分かるんですよ。でも、そうじゃない時期でも残業しがちって、それって仕事量に対して人員のバランス取れてないとか、余計な仕事がめっちゃあるとか、何かしら根本原因があるに違いないんじゃないかなと。

 

 嫌な予感が止まらない中、さらに異動理由を聞いてみれば、6月末で急に辞める人が出たから、その穴埋めとして私が配置されるとのこと。

「穴埋めってことは、辞める人の担当業務を私がそのままやるってこと、ですよね。引継ぎ、とか……」

「2日だけ何とか引継日用意してくれたらしいけど、他の日は有給消化で来ないらしい……まあねこさんなら何とかなるでしょ」


 ならないわバカーー!!!!(魂の叫び)(かろうじて口には出さなかったけど)

 

 そして引継ぎらしいことは余りなく(細かい余計なことばかり話されて、具体的な業務の手順とかは全然、でした)。異動先の上司にその旨相談しても「他にも業務知ってる人居ると思うから聞きながら頑張って」とどこか他人事。

 そして異動初日からしばらく、毎日のように夜9時、10時まで残業する日々が続いたのでした。思ったとおり、仕事量に対して人員が足りてなかったんです。毎日泣きそうになりながら、それでも異動先で少しでも仕事に慣れようと頑張っていた矢先、父から電話がありました。


 母の余命が3ヶ月だと、宣告を受けた、と。

  

 母はがんでした。手術で腫瘍も摘出したんですが、手術から1年後、再発。化学療法を続けていましたが、もう駄目だと。今までの抗がん剤ではもう効き目はなく、体力的に強い抗がん剤は使えない。これからは積極的な治療はせず、緩和治療だけ行うのだと。

 それまでの治療経過も知っていたので、予想はしていました。だから、余命宣告の電話も辛かったけど、でも「来るべき時が来た」と思いました。それと同時に不安になりました。こんな仕事の状況の中、母に何かあった時、私はすぐに駆け付けられるんだろうかと。

  

 そして9月。その日の仕事を始めてから少し時間が経った10時ころ。父から携帯に電話がありました。母の容態が悪くなっている、と。仕事はめちゃめちゃ忙しかったです。相変わらず。でも、仕事は家族に代えられないので、無理矢理に地元に戻りました。

 そして、母の容態が小康状態まで落ち着いた夕方、もう一度、職場に戻って、夜10時過ぎまで仕事をしました。私以外にその仕事をやってくれる人がいなかったんです。そして、その仕事は必ずやらないといけない仕事だったんです(給与に関わる仕事でした)。


 ――何で私、こんな日にまで仕事をしているんだろう。本当は、ずっと、母に付いていてあげたいのに。仕事をしながら、ずっとその言葉が頭の中をぐるぐる回ってたのを覚えています。

 そして、私の心がぼっきり折れたのも、その夜だったと思います。

 

 そして次の日、母は亡くなりました。

 そこから一週間、問答無用で私は忌引休暇を取りました。職場の人としては、月の中でも忙しい時期だっただけに、早めに忌引休暇を切り上げて仕事に復帰して欲しかったようですが、そんなの気にしませんでした。私しか分からない? なら電話してください。それか、他の人で分かる人に聞けばいいじゃないですか。私が当初異動してきた時もそう言ってましたよね。っていう気分。

 完全に、私の心は、その職場から離れていました。

 家族が大変なときにまで仕事に縛り付けようとする職場に、居る意味なんてない。

 

 その後私は職場に辞意を伝えました。

 きっつい職場に居ることが苦痛だったし、転職サイトで相談してみたら転職も出来そうだったし。そして何より、母が亡くなり一人残された父も心配だったので、実家に帰りたかったのです。(父も過去、大病を患っています。幸い後遺症は無く、介護が必要とかじゃないんですが。でもその大病時の経験もあって、一人にするのは心配だったのです)

 そして、職場側が最終的に提案してくれたのが、実家近くの部門への異動でした。

 前の異動から1年も経たずの人事異動。しかも部門を超えて。大分異例なことでしたが、そうしてでも辞めてほしくない、と言ってくれたので、辞めるのを取りやめ、次の異動先でまた頑張ることにしました。

 

 

 それで、今に至ります。

 今の職場は前の職場に比べて大分落ち着いているので、万が一父に何かあったとしてもすぐに駆け付けられそうです。それだけで、安心感が大きく違うんだ、とびっくりしました。

 でも、その一方、常に頭の片隅で冷静に考えています。家族にもし何かあって、今の仕事が出来ない状況になったら、すぐにでも転職してやると。


 流されるんじゃなく、利用されるんじゃなく。自分の大切なものを大切にするために、自分で動いて自分で決めるんだ。

 母の死が、私に最後、教えてくれたことでした。

 

 

 書き出したらなんだか止まらなくなっちゃいました。きっと、ずっと、誰かに話したかったんだと思います。暗い内容を長々とすみません。

 次はもっと明るい、楽し気な話題にしたいなあ。それでは。

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