007:昼休み(後)
「あれ、おかしいなちゃんと笑顔ですよ?」
笑顔だよな? うん、笑顔だ。
自分の口元を触るとわずかに口角が上がっている。
確かに俺は「表情が(あまり)変わらない」とか「いつも棒読み(気味)」だと注意されることはあるが、だからこそちゃんと気をつけてはいる。
ちなみに括弧の中の文字は俺の願望だ。それくらいであって欲しい。
ちなみに注意してきたのはツカサの奴だ。
「それなら今日から毎晩、鏡を見て笑顔の練習をすることをオススメするわ」
「鏡なんて見たくないですね。写るのは自分の顔ですから」
「貴方、自分の顔が好きではないの?」
「俺のことナルシストだと思っているんですか?」
「ナルシスト、とまでは思っていないけど。でも貴方の取り柄って顔くらいじゃない?」
顔に自信を持ったことなんて一度もないのだけど。
というかこの人。俺に好意を持っていたのではないのか?
この人の評価だと顔以外に全然いいところなんてないことになるのだけど。
ひとつ目のパンを平らげ、ふたつ目であるサラダパンに手を伸ばした。
どちらも控えめに言ってあまり旨くもないが腹の足しにはなる。
それにサラダパンの方はコッペパンと比べると少しだけマシだ。
「会長って結構毒舌ですよねぇ……」
ふと思ったことが口に出た。
それを口にした途端、彼女の方から少しばかり不穏な空気を感じる。
「イツキ君」
あぁ、なんで俺は学習しないんだ。
どうしてこう余計なことがスッと口から出てしまうんだ。
「な、何でしょうか、会長……」
「貴方、どういうつもりで私を『会長』と呼んでいるの?」
え、そっち? でもなんで?
「だって会長は生徒会長じゃないですか」
「……貴方、本気で言っているの?」
「はぁ? 何かおかしいですか?」
俺の答えを聞き、会長は呆れ顔で「はぁ……」とため息を漏らす。
「なるほど、そういうこと。まずはその勘違いを正す必要があるわね」
「勘違い?」
「私は生徒会長ではないわ」
「……あれ?」
「確かに生徒会には所属しているけど生徒会長ではないわ。今の生徒会長は三年生よ。貴方、自分の学校の生徒会長くらい覚えておきなさい」
「あ、あははぁ。それじゃ、何で『会長』なんて呼ばれているんですか?」
「私をそう呼んでいるのは貴方だけよ。私のいないところでそう言っている人達はいるみたいだけど。全く不快だわ、それは『あだ名』よ」
「あー、そうだったんですか。すみません、知らなかったもので」
ツカサの奴が『会長』なんて呼ぶからてっきり生徒会長だと思っていた。
くそ、ツカサの奴、そういうことはハッキリ言っておけ! 今度、何かしらの方法で嫌がらせしてやる。
「知らなかった……ね。まあいいわ、許してあげる。まあ、貴方に会長と呼ばれるのはなんだか新鮮で悪くはなかったわ」
意外な感想に返答に困る。
こういう時はなんと返せばいいのだろう。
笑えばいいと思うよ?
うん、それは多分違う。
「『ありがとうございます』で、いいんですかね?」
「不快なのは影でそう呼んでいる人達よ。貴方の様に真正面から言ってくる人はいなかったわ。けど元が陰口だと考えるとやっぱりいい気はしないわね」
「す、すみません。でも何でそんなあだ名が付いたんですか?」
「祖父がIZUMIの会長だからじゃない?」
彼女はIZUMIグループの社長の娘だが、その社長というのは『IZUMI』という親会社のトップであるとのこと。親会社を含むその他の会社、つまりグループ全体を束ねているのは現在は彼女の祖父である会長なのだそうだ。
しかしそれで会長なんてあだ名が付くのには何かしっくり来ない。
「あとは今の生徒会長より『会長っぽい』からなんて意見もあるみたいね」
いやそれ絶対そっちが理由でしょ。
確かに彼女にはなんとなく偉い雰囲気がある。
育ち故か、それとも生まれ持ったカリスマ性なのか。
「とにかくこれで誤解も解けたわね? 呼び方は改めてちょうだい」
「ああ、えっとぉ、それじゃあーー」
そう言われても瞬間的に名前が出てこない。
別に名前を覚えてなかった訳ではない。
人の名前を呼ぶ習慣が少ないからこういう時に咄嗟に出てこないのだ。
そんな言い訳を頭の中でしている自分がなんか悲しくなって来たよ。
「『サキ』よ」
俺が名前を思い出すよりも早く、彼女は自分の名前を口にした。
和泉冴姫の「サキ」。……いきなり名前呼びですか。
「……和泉、さん」
「サキ」
わざと苗字で呼んだ俺の呼び方を訂正するように再び自分の名前を出す。
「いきなり名前で呼ぶのは少しハードルが高いと言うかぁ……」
「サキ」
これ名前呼びしか受け付けてくれなさそうだな。
「……サキ、さん」
「別に呼び捨てでも構わないわよ? 恋人同士なのだし」
「会ちょ……サキさんだって、俺のこと苗字呼びじゃないですか」
「私はいいのよ。だってイツキってなんだか下の名前みたいじゃない?」
イズミだって充分下の名前みたいだと思ったが言っても聞き入れては貰えないのだろうな。
「そんなことしたら『サキ』さんのファンに殺されそうなので」
「そんなものいるかしら?」
いない、とは否定しないのか。
実際のところはわからないが、この人に憧れを持つ人間は多そうだ。
こうして二人で食事していることももしかしたら反感を買うかもしれない。
そういう人間にもし彼女と付き合っていると知られたなら……少し危ういかもしれないな。
「それじゃあ、貴方のその話し方。私が生徒会長だと思っていたからだったの?」
「ああ、そう……ですね」
彼女は俺の敬語口調のことを言っている。
確かにそれもある。だけど多分それだけではない。
それはサキさんが……いや、やめておこう。
そのことはあまり考えたくはない。
「けどもう癖が付いてしまったので、少しずつ直していきます。それでいいですか?」
「仕方ないわね。わかったわ」
二人とも大体同じくらいに食べ終わり、どちらともなく早々に立ち上がり屋上を後にした。
屋上から階段を降りたところでサキさんは「私は生徒会に顔を出さないといけないから」と言ってそこで別れた。
その別れ際、こんな会話もした。
「あっ、それと約束通り今日から勉強を見て上げるから放課後、宜しくね」
「あ、え、……はい」
俺はどう宜しくすればいいんだ。
と言うかやっぱりするんですね、勉強。
いつもなら待ち遠しい放課後までの時間が一気に憂鬱になった。
もういい、とりあえず昼休みはまだ半分程残っている。
放課後に備えて残りの昼休みは寝ることにしよう。
多分、彼女は途中で寝ることは許してくれなさそうだしな。
『寝させてくれないカノジョ』……って、ちょっとエロい響きだな。
そんな馬鹿なことを考えながら自分の教室に戻ってきた。
俺の机は窓際に近い場所にある。
今はこの陽光を浴びながら惰眠を貪るとしよう。
ああ、就職して会社に入ったら窓際社員になりたいな。
きっと気持ち良く寝れることだろう。
突っ込み不在の頭の中で下らないことを考えながら、俺は眠りについた。
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