002:学校(後)

 俺は順序に沿って簡単に説明を始めた。


「まず昨日は俺の家に来てもらって」


「家に来てもらってぇ」


「一緒にテレビ見て」


「テレビを見てぇ」


「押し倒した」


「そうか、押し倒したか、って待てぇいっ!」


 先ほどまでうんうんと、頷くばかりだったツカサが大きな声をあげた。

 無駄に元気なやつだ。


「なんだ、急に大声を出して」


「お、お前、押し倒したって……」


「成り行きだ」


 それは単なる事故だった。

 別に無理やり襲ったりしたわけではない。


「それで……嫌われたってことか?」


「いや、それについては別に良かったはずだ」


「良かったのか!」


 実際にその時は一応、確かめたのだがOKは貰ったのでそれから発展しても問題はなかったのだ。


「だから問題はその後のはずだ」


「よし聞こう」


「で、事故で押し倒したんだが、丁度、テレビで気になるものがやっていてな。そっちに気が行ってしまって、そのままそっちに夢中になってしまってな」


「お前、それ……『アニメ』だろ」


「おお、よくわかったな」


「わかるわ!お前が女より気を取られるのはアニメくらいだろ!」


 そう、こいつの言ういう通り。

 俺はアニメやマンガ、ゲーム、ラノベなのど趣味を持っている。

 いわゆるオタク趣味というやつだ。


「お前は……! お前ってやつはぁ! このオタクズ野郎!」


 ツカサは俺の胸ぐらを掴んでグラグラと俺の頭を揺らす。

 やめろ。只でさえ悪い頭が余計に悪くなる。

 そして『オタクズ』ってなんだ。変な造語を作るな。


「お前、彼女を押し倒しておいて『アニメ観るから』って放置したんだぞ。そらカノジョ傷付くだろうが!」


「まあ確かに、そうかも……しれんな」


 俺の頭の中がシェイクされ続ける。

 これ以上は本当に気分が悪くなりそうだ。


「お、落ち着け」


 そうしてやっとツカサの動きが止まった。


「なんでお前は!……なんで女の子の気持ちを考えないんだ?」


「考えてないわけではないんだがな。しかし至らない点が多かったのは認めよう。反省だな」


「やっぱお前、反省してないだろ」


 ハァっと大きな息をついて、ツカサは既に諦めた表情を見せている。


「……お前、あの子のこと好きだったのか?」


「好き? まあ、可愛いかったとは思うが」


「そうじゃなくて、心。気持ちだよ。恋愛感情を持っていたかってことだ」


「恋愛感情? 付き合ってたった一週間も経っていなかったんだぞ。そんなものが芽生えるか。そもそも恋愛なんてものは幻想だ。存在しないものを感じることなんて出来ないだろ? 存在するとしてもそれは人間のーー」


「そうだった、お前はそういうやつだった。クズだった。あの子も可愛そうに」


「フラれたのは俺だぞ?」


「間違いなく加害者はお前で、被害者は彼女だ。フラれたのは当然の結果だ」


「そうか」


 素直に認める。

 自分に非があったのはわかっている。

 それで自分の方が被害者ぶる気は元々なかった。


「お前、恋愛感情は幻想なんてっていうならなんで彼女を作るんだ?」


「肉欲を満たす為に決まっているだろ?」


「考えられる中でも最低の理由だったな!」


「俺たちの年齢なら普通だろ? お前だって異性の身体に興味津々だろ?」


「こ、この話はやめよう。お前にその手の話をしても理解出来ないだろうからな」


「ふむ、確かにそうかもしれないな」


 ツカサはもう一度、フゥっと大きく息を吐いて肩を落とした。

 顔を上げたツカサの視線がふと廊下に向けられた。


「あ、会長だ」


 俺もツカサの視線の先を追って、そちらへ顔を向ける。

 そこには見覚えのある一人の美人の姿があった。

 彼女はこの教室の前の廊下で別の女子と談笑していた。


「ん? 誰だったか……。お前の新しいハーレムメンバーか?」


「アホ! お前は俺を殺す気か!」


 ツカサは慌てたように周囲を見渡して、最後にゆっくりと『会長』と呼んだ彼女を見る。

 その彼女は相変わらず廊下で友人と楽しげに話している。


「聞かれていない、みたいだな……。お前、会長を知らないのか?」


「顔は覚えている。あれだけの美人だからな、目立つだろ。誰というのは覚えていなかったが」


 ツカサの『会長』という言葉から、彼女がこの学校の生徒会長ということだろう。俺は覚えていないが。


「『和泉冴姫』さん。社長令嬢で学年成績はトップ。スタイルとルックスは見ての通り、運動神経も抜群。非の打ち所のない完璧美女だ」


「良く知っているな。やっぱりハーレムに加えようとしていたのか?」


「違う。お前は俺をなんだと思っている。そもそも俺は自分で女の子の友達を増やそうとして増やしてるわけじゃない」


 流石はハーレム王。

 女は向こうからやってくると言うのか。

 うん、爆死しろ。


「友達の友達ってヤツだ。俺の友達の中に彼女の友人がいたから知っているんだ」


 こいつの友達ってことは女友達ってことだ。

 つまりこいつに惚れている誰かってことか。

 このまま着実に行けば、彼女もこいつのハーレムメンバーに加わるのも時間の問題かもしれないな。


「しかし、そんな人間が本当にいたのか……。なんかアニメとかマンガに出てきそうな設定だな。てか盛りすぎ感すらあるな」


「俺の勘が言っている。彼女はヤバい。もし、さっきの言葉が彼女の耳に入っていたら……。下手したら俺は殺されるかもしれない。社会的に」


「いや、お前が危うい道にいるのは現在進行形だよ。というか、本当に命の危険もあるからな。今、刃物を持った女が目の前に現れても何もおかしくないレベルだから」


「いやいや、まさかそんな……」


 といいつつも顔色は良くはなく、腹の辺りに手を当てて未来に出来るかもしれない傷を擦っている。

 先ほどは否定していたが心当たりはあるようだ。


「ま、まあ、とにかく俺が言いたいのは『会長』は俺たちとは住む世界の違う人だってことだ。一応言っておくが死にたくなかったら、間違っても手を出そうなんて思うな。お前の場合、一言でも命取りになりかねない。お前と『会長』は違う生き物だ」


「出さないよ、あんな相手に。どっちにしろ相手にされないだろ」


 俺もまだ死にたくない。

 こいつは人を見る目はある。特に女に関しては。

 そのこいつがヤバいと言うのだ。相当にヤバい女なのだろう。


「しかしそうか、あれは人間ではないのか、道理で優秀過ぎていると思った」


「どちらかというと、人間じゃないのはお前の方だからな」


「俺は人間じゃなかったのか。初めて知った。じゃあなんなんだ?」


「『ひとでなし』だよ」


「なるほど、納得だ」

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