001:学校(前)

 季節は春。

 新入生を迎える入学式も終わり、学校が一つのイベントを終えて少し落ち着きを取り戻した頃。

 爽やかな風が吹き、緑色の葉が揺れる。

 空は青く、太陽も明るく照り、なんとも心地のよい朝だ。

 そんなことを思いながら、机に頭を付けて俺は、外を眺めていた。


「よお! イツキ、おはよッス! 今日も目が死んでるな!」


 俺の机の横に現れたこいつは『近江司(おうみ つかさ)』。

 俺の親友を名乗る知人だ。

 身長は俺よりも5センチ低い175センチ。

 顔立ちは若干中性的な印象があり、整っていてイケメンの部類と言えるだろう。

 そしてモテる。こいつの交友関係はほとんどが女子だ。

 性格自体は明るい性格なのだが、モテるせいで男友達はほとんどいないようだ。

 まあ、あれだけ可愛い女の子に囲まれているのだ。それで男友達まで求めるというのはわがままというものだ。

 もしここがラノベの世界なら間違いなくこいつが主人公だろう。

 そんなリア充野郎のこいつが、ガチ陰キャな俺と一緒にいる理由。

 それを強いていうなら俺とこいつは同類だからだ。

 しかし同類というのは俺がリア充という意味ではない。こいつも俺と同じクズだという意味だ。

 だがこいつはその理由を「親友だから」などとうそぶく。

 俺とこいつの付き合いはこの学校に入学してすぐ。

 身長が高いと言う理由で一緒にテニス部に入らないかと声を掛けられた。

 部活に入るかは迷っていたので、とりあえず見学と体験入部だけはしたが、数日と続かなかった。

 こいつも色々あってテニス部を退部して、今は良くわからない部活に入っているらしい。

 その後もあいつの方から何度か話しかけられ、いつの間にか勝手に親友を名乗っていた。

 だが俺はこいつを親友と、友達と認めてはいない。

 ただ良く話すクラスメイト、それだけだ。


「反応薄いなぁ。親友が挨拶した時くらい少しは笑ったらどうだ? そんなんで先週出来た彼女とは仲良くやれているかぁ」


 こいつの言葉に一々返事をする義理もないが、言わないとしつこいから仕方なく答える。


「昨日、フラれた」


「えぇっ! ……えっと、なんかすまん」


「気にするな。ただの事実だ」


「つってもまだ一週間も経ってないだろ? 休日の間に何があったんだぁ? 親友の俺に話してみろ!」


 こいつはことある事に親友を強調してくる。

 実にうざい奴だ。


「親友? そんなのどこにいる?」


「目の前にいるだろうが!」


「俺の目の前にいるのは毎日、女と遊びまくっているクズしか見当たらないのだが」


 こいつは俺以外の人間からしたらいいやつなんだろうが特定のカノジョは持たず、女の子達と遊び回っている。

 いったいどこのハーレム王だ。

 何より腹立たしいのはどの子も可愛いこと。

 それはこの学校の生徒だけに止まらず、他校の生徒までいる。

 お願いします。その方法、俺にも教えてください。

 と心の底から思うが、こいつに借りを作るのが嫌なので口には出さない。


「人聞きの悪いこと言うなよ。ただ一緒に遊んでるだけだ。手を出したりしてないからセーフだよ。セーフ」


 こいつは「肉体関係は持たない」ということにこだわりを持っているらしい。

 ただ一緒に遊ぶだけの女友達だと。

 しかし……。


「相手の気持ちを知っているのに、気付かない振りをしてる時点でアウトなんだよ」


「別に振りをしている訳じゃない。実際に確証はないし、告白もされていない」


 だがほとんどの女の子達は間違いなく本気だ。

 互いに牽制し合い、水面下では女同士の激しい戦争が起きている。

 こいつはそれに気付いてはいるが、それでも放置しているのは一応ある理由がある。まあそれは今、語ることでもないだろう。

 ただ被害が俺にまで飛んで来ないことを願うばかりだ。


「お前、いつ刺されてもおかしくないからな?」


「大丈夫だよ。みんないい子達ばかりだ。そんなことする子はいないよ」


「……だといいな」


「それならお前だって似たようなもんだろ? いや、お前の方が顔はいいんだから俺以上だろ? その性格だしな」


 俺が? この馬鹿みたいにモテるこいつと似ている? こいつ以上?

 冗談ではない。なんたる暴言だ。

 まあ、性格に難があるのは認めるが。


「失礼なやつだな。俺は高校に入るまで彼女もいなかったぞ。しかも付き合ったのも今までたった二人だけだ。浮気もしていない。彼女一筋だった。健全なお付き合いだ」


 俺はこれまで昨日フラれたカノジョも含めて、人生で二人のカノジョがいた歴史がある。

 しかし二人の付き合っていた日数を合計してもやっと一ヶ月程度の期間のみ。

 二度告白され、二度フラれた。

 まあもう過ぎたことだが。


「いや、俺なんか彼女いたことないんだけどな」


 こいつ、あれだけの美少女達に囲まれて、しかも想いを寄せられておいてこの言い種。

 こんなんだから男友達が少ないんだ。


「だけどお前はカノジョの扱いが酷すぎるぞ。最初のカノジョと別れる時どうしたか、忘れたなんて言わせないぞ」


 最初のカノジョの時?

 俺は何か変なことを言っただろうか?

 少し考え込む俺を見てツカサは大きく溜め息を付く。


「お、お前、本当に忘れたのか? あの時は確か相手の親御さんに反対されたんだろ?」


 あー、そうだった。

 カノジョの親御さんは厳しい人で高校生での男女交際を認めない人だった。

 その親御さんに秘密で付き合っていたのだが付き合い始めて一ヶ月も経たない頃、親御さんに交際がバレて別れることになったのだ。


「あの時は仕方なかっただろ? 親が反対して別れるしかなかったんだから」


「違う! 問題はその時のお前の言葉だ。お前、それをカノジョから聞いて『ああ、そうか、それじゃ仕方ないな。それじゃあ』って別れたんだろ」


 よく覚えていたな。俺なんかほとんどうろ覚えだったぞ。


「ドライ過ぎるわ! 引くレベルだわ!」


「仕方ないだろ、あれはあっちの親が厳しかったらしいし。親にバレた以上、身を引く他ないだろ」


「それでも、もう少し言いようはあっただろ」


「だから……あの後、お前に指摘されて反省は、した」


 少しだけ思い出した。

 まだ俺とツカサがそれほど面識があった訳でもない頃。

 こいつは俺を叱った。


『彼氏になった以上、例えそれが別れ話であったとしてもきちんと配慮しろ! 言葉を選べ! それが付き合った男の責任だろ!』


 こいつをいい奴なんだなと思ったのだが、その数日後、こいつの女性関係の酷さを知って思い直すことにした。

 だがこいつの言うことは一理ある。

 俺自身も思うところがあったので、一応は反省したのだ。


「いや、お前は反省していない。絶対に反省していない」


「全く信用されてないな、俺」


「信用されていると思ったのか、クズめ」


「いや全く思ってないぞ、クズよ」


「まあその話は今はいい。それよりも今回のカノジョだ。なんで別れたんだ? ちゃんと聞かせろ」


 こいつもクズだが、言うことだけは正論を吐く。クズだけど。

 こいつに話せば客観的意見と一般的基準の反応を得られる。

 話を聞いておいて損はないだろう。


「普通に家でテレビを観てただけなんだけどな……」


「テレビを観ていただけで何でフラれるんだ。お前が何かしたに決まっているだろ。ちゃんと話してみろ」


 俺が「何かしたに決まっている」という言葉には少し引っ掛かったが、しかし今回の結果からして反論は出来ない。

 俺はそのまま話を続けた。


「あー、そうだなーー」

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