イオリ、魔王と合流する

 魔王が封印されている遺跡を目指す馬車の中。


 気を失っていたイオリがマコトに抱きしめられながら目を覚ました。


「イオリ、気がついた?」


「勇者さま、申し訳ございません、気を失っておりました。

 神官さまはどちらにいらっしゃるのでしょう?」


「もういいんだよ、僕に敬語は使わなくて」


「そうはいきません、神官さま! 神官さま!」


「イオリ、神官と騎士は僕が倒した。

 もうイオリをいじめる奴はいないから安心していいの」


「勇者さま、何ということを。

 街へ戻り大神官さまに……」


「いいの! もとのイオリに戻ってよ。

 僕はもう勇者を辞めたの。

 この世界でイオリと一緒に暮らすことしか考えてないよ」


「勇者さま……どうしてそんなことを?」


「僕らは大神官達に騙されていたんだ。

 帰還なんて最初からできなかったんだよ。

 討伐が終われば、僕らを殺して、帰還したことにして終わり」


「それは本当なのですか?

 大神官さまは私の恩人のですよ?」


「魔王なんていなかったんだ。

 反逆した元勇者を魔王として封印していただけなんだ。

 それに、今まで、街に戻ってきた勇者なんて1人もいないんだよ。

 それなのに元の世界の荷物を預かるとかおかしいでしょ?」


「なにかの間違いではございませんか?」


「敬語はやめて。元のイオリとして話して」


「ですが……」


「イオリ、僕の言うことが聞けないの?」


「そう言うわけでは……」


「もう大丈夫だから、こわい神官はいないから。

 怯える必要はないんだよ」


「そう言えばイリスさまはどうされました?」


「僕が殺した」


 イオリは途端に泣き始めた。

 マコトはイオリを抱きしめる。


「怖い思いさせてごめんね。

 本当にもう大丈夫だから。

 これでよかったの。

 僕を信じて」


「イリスさまは私の幼馴染で恋人だったのです。

 勇者さまは、なぜそんなひどい仕打ちを……?」


「ちがうよ、僕がイオリの幼馴染で恋人だ」


「何を仰るのですか?

 私は……」


「ちがうよ、イオリは洗脳されてるんだ。

 僕たちは同じ異世界からきたんだ」


「違います、私は……」


「だから違うっていってるでしょ!

 思い出して僕らの昔のことを。

 もう大丈夫だから」


「……勇者さま、私も殺してください。

 イリスさまなしではもう生きられません」


「だめだよ、真実を思い出して!」


 パイモンが馬車を走らせながら指を鳴らす。

 イオリが気を失った。


「ひどいね、みてられない。

 魔力で昔の記憶に鍵がかかってるのかもしれないね」


「解除できる?」


「専門外。ベレトなら可能かも」


 マコトが言う。

「次の目的地はどこなの?」


「ベレトの封印を解こうと思ってる。

 プルソンより近いからね。

 その前に近隣の町によって補給と情報集取かな」


「了解。僕とイオリはこの世界のことほとんど知らされてないんだ。

 いろいろ教えてもらえると助かる」


「ボクもあまり詳しくないんだよね。

 戦ってばかりだったからね。

 プルソンと合流したらいろいろ聞けるはずだよ。

 かなりの知識を持ってるらしいから」


「みんな初対面?」


「いあ、ベレトとは面識あるよ。

 ベレトはプルトンとも面識あるね。

 ベレトも気さくでいい奴だよ。

 ちょっと真面目だけど」


「真面目な性格なのか、たしかにこの世界で反逆しそうな性格だね」


「うん、まさにそれ。

 頼もしいから安心していいよ。

 そういえば最近の勇者召喚は二人ずつなの?」


「いあ、ボクは巻き込まれただけ」


「なるほど。でも、魔王が増えてないのは何でなの?」


「『契約の乙女』って聞いたことある?」


「初耳だね」


「やっぱりか。

 多分、『契約の乙女』を殺せば、相方の勇者も死ぬ」


「保険をかけてるのか。

 イオリちゃんがそうなの?」


「うん」


「一蓮托生の女子がいるなんて羨ましいね。

 変な儀式をたくさんやらされた?」


「やったよ、エロいやつ」


「その手の儀式は大抵、悪魔が絡んでるね」


「治癒の女神だって主張してたけど?」


「女神ねぇ……それ、バキュラって悪魔だね。

 命を捧げて快楽を得るの。

 結ばれた男女の命は一蓮托生。

 快楽に抗うのは難しいし、繋がれば繋がるほど性欲もます仕組み。

 治癒の女神に契約の乙女ね……よく考えたね」


「解除はできる?」


「禁欲すれば勝手に解ける。

 威力が強い分、効果時間は短いの。

 1週間もあれば解除できるよ」


「禁欲ってどのレベル?」


「儀式でやったことはやらない感じ

 とりあえず性欲減らしたほうがいいから、今から我慢しなよ」


「わかった。

 ところで平和な生活に適した地域って知ってる?」


「ボクもそれを知りたいね。

 ここは、悪魔崇拝者が支配する大陸だからね。

 住人は人間かどうかも怪しいよ。

 海の向こう側の情勢はプルソンならわかるかも。

 情報は古いと思うけど」


「今いる大陸すらちゃんと把握してないんだよね……」


「まぁ、ボクも似た感じだよ。

 地理情報はかなり高価だよ。

 この世界は」


「なるほどな」



……



 1週間ほどかけて、街の近郊に到着した。

 パイモンは、馬車の周辺に結界を張る。

 イオリを気絶させて、マコトとパイモンは街へ向かった。


 しばらくすると、マコトとパイモンが戻ってきた。

 マコトはイオリを起こして荷物を渡す。


 中には、黒のニーハイソックスとガーター、黒のワンピース、黒い靴が入っていた。

 

 マコトが言う。

「町に行くから着替えて」


「かしこまりました」

 イオリは従順に渡された服に着替える。

 髪をまとめなおして、お化粧を直す。

 

 パイモンが馬車を進め、町に入り、宿屋の前に停車する。


 マコトとイオリは、自分の荷物を持って馬車を降りる。

 

 パイモンが言う。

「じゃ、馬車を止めてくるね」


 宿屋に行き、パイモンと合流してから個室を2部屋借りる。


「イオリ、シャワー浴びておいで」


「ありがとうございます、マコトさま」


 イオリは服を脱ぎ、部屋に備え付けのシャワーで身を清める。

 時間をかけて髪も洗う。

 さっぱりした気分で、服を着て、髪を乾かす。

 鏡台の前に座り、お化粧を直し、髪の手入れをしはじめた。

 

「マコトさま、ご奉仕させていただけないでしょうか?」


「え? あ、いあ、とりあえず、今はいい。

 何か必要なものある?

 お化粧品とか生理用品とか大丈夫?」


「いえ、十分揃っております。身に余る光栄です。

 生かしていただいた上に、ご配慮いただき感謝しております」



 街には、3日滞在し、情報収集と買い出しを行った。

 

 ベレトはいまだ健在で、封印もまだ効力が残っているらしい。

 50年くらい昔に勇者一行が再封印を成功させたとのことだった。


 パイモンが言う。

「再封印か。騎士達が勇者諸共封印の儀を行って、契約の乙女を殺した感じかな」


 マコトが馬車を走らせながら言う。

「僕の時も騎士達が不穏な動きをしてたからおそらくそうだね」


「マコトの異能なら壊せるはず、封印の魔力に干渉できるからね」


「都合の良い異能を手に入れて良かった」


「魔王にとっては救いの勇者だね、いあ魔王か」


「もうどっちでもよくなった」


「たしかに」


「1週間で遺跡に到着する予定だよ」


「了解」


「イオリちゃんは大丈夫?

 精神的に不安定みたいだけど」


「うん。僕も気になってる

 今は、鏡の前で髪の手入れをしていないと落ち着けないらしい」


「それで鏡とにらめっこばかりしてるのか」


「あいつら、ゆるせない」


「同感だね」


「同士がいて助かるよ」


「それも同感」



 3日経つと関所についた。

 街で闇ルートで入手した通行証を見せ、通過する。


 マコトが言う。

「無事通過。意外と緩いね」


 パイモンが馬車を走らせながら言う。

「この辺りは、ベレト以外の脅威はないからね」


「仮初の平和で腐敗に塗れて生きてるって感じかな」


「そうだね」


「ここの世界の住人は、人間なの? それとも化物の一種?」


「何千年もの悪魔崇拝で、魔族化が進んだ亜人種ってところだね。

 他種族への差別もひどい」


「異世界の住人を拉致して使役して平気で殺せるわけだ」


「その通り。被害者は増える一方だよ。

 召喚の儀式そのものを根絶させない限りはね」


「そんなことできるの?

 やり方知っていればできちゃうわけでしょ?」


「ベレトは有識者の命を狙い続けていたよ。

 根絶するためにね」


「真面目なんだね。

 仲間になってくれるかな?」


「なってくれるはず。帰還するか抗戦するか逃げ延びるか、いずれにしても仲間は必要だし」


「ベレトと合流するあたりで、大神官が僕の反逆に気づくね」


「そこからは時間との戦いかな。知恵者のプルソンと合流して、作戦を練らないとだね」


 4日後、ベレトが封印されている遺跡に到着した。

 周辺には誰もおらず、封印の解除は順調に進んだ。

 半日かけて、封印を解除し、ベレトと合流した。


 時間がないので自己紹介だけしてから、馬車に乗ってもらい状況を説明することになった。


 パイモンが言う。

「まぁ、そんなわけで、協力してもらいたい」


 ベレトが言う。

「俺は問題ない。大歓迎だ。どうするかはプルソンに任せよう」


 マコトが馬車を走らせながら言う。

「助かる。ありがとう」


「いあ、マコトがいなければ解放されることはなかったんだ。

 むしろお礼を言うのは俺の方だ。

 しかし、契約の乙女とはよく考えた物だな。

 いかにも悪魔崇拝者らしいやりくちだ。

 俺もまさか勇者ごと封印されるとは思っていなかった。

 封印が完成した途端に俺を足止めしていた勇者は死んでしまったからな。

 驚いたよ」


 パイモンが言う。

「プルソンの封印を解除するのに半日かかるとすると、敵を足止めしないといけない状況になったら武が悪いか、どうしたものかな?

 そろそろ神託府の軍勢が動き出すだろうしね」


 マコトが言う。

「大軍勢が必要になると思うから、足は遅いはず。

 プルソンのところまでどれくらいかかる?」


 ベレトが言う。

「半月くらいは見た方がいいな」


 マコトが言う。

「こちらの方が足が早いから、先行して追いかけてくる足の速い部隊がいてもギリギリ行けるかもね?

 問題は、そのあとどう振り切るかかな、そもそもこの大陸に逃げ場があるのだろうか?」


 ベレトが言う。

「西部に、人間の独立国がいくつかある。

 悪魔崇拝者とは敵対してるはずだから、逃げるなら西だな」


 パイモンが言う。

「へー、大陸の西はそんな感じだったのか。

 平和に暮らせそう?」


 ベレトが言う。

「プルソンに聞いただけだ。

 それ以上はなんとも言えない」


 マコトが言う。

「世界地図が欲しいね……」


 ベレトが言う。

「全くだ」



 馬を休ませるため、水辺にキャンプをはった。

 イオリは、皆の衣服の洗濯を請け負った。

 洗濯を済ませ、馬車の中に干し、魔力で動作する乾燥機を使って乾かした。

 食事ができたら、進んで給仕をして、皆を労った。

 

 パイモンが言う。

「イオリちゃんも一緒に食べようよ」


 イオリが、パイモンのカップに水を注ぎながら言う。

「私は皆さまの後に済ませますのでお構いなく」


 ベレトが言う。

「女性神官がいるみたいで勇者時代を思い出す……」


 マコトが言う。

「イオリ、一緒に食べよ?

 あいつらの文化を真似する必要はないよ」


 パイモンが言う。

「そうそう、そうしなよ」


 ベレトが言う。

「それがいい」


 イオリは戸惑いながら言う。

「でもこれくらいしかお役に立てないのでやらせてください」


 マコトが言う。

「しかたがないから、今日は気が済む様にやってみて」


「ありがとうございます。食器の後片付けも私にやらせてください」


 イオリは皆の食事あと簡単に食事を済ませ、後片付けをした。


 一行は、仮眠をとって、夜明け前に、出発した。


 パイモンが走らせる馬車の中で、ベレトはイオリの診察をしてくれた。

 魔法医学の心得があるのだ。


 マコトが言う。

「洗脳みたいなことはされてない?」


 ベレトが言う。

「んー…解除しておいたが怪しい魔力の兆候があった。

 記憶の封印と、思い込みを強くさせる魔法だな。

 それと、魔力以外での強い洗脳の傾向がみられる。

 魔法と併用して別の記憶を刷り込んだんだろう。

 思考停止、劣等感、あげたらキリがないほど精神が抑制されてる」


「じゃ、昔の記憶がもどるの?」


「最初は混乱するだろうが、そのうち戻るだろう」


「よかった。そのほかは時間がかかる感じかな?」


「そうだな。

 薬物療法と言う手もあるが、

 この世界ではその手の薬は入手できないからな」



 途中、3つの関所ぬけ、順調に進んでいた。

 

 パイモンが言う。

「早馬の気配が近づいてる」


 マコトが言う。

「とりあえず、馬車に結界を張るね」


 マコトは、魔法を詠唱する。


 ベレトが馬車を走らせながら言う。

「この気配、神託府の斥候だな……屠るか?」


「様子を見て、ボクが始末する」

 そう言うとパイモンは馬車の後部へ移動する。


 パイモンが指を何度か鳴らす。

「片付いたよ。

 おもったより遅かったね。

 質も悪い」


 ベレトが言う。

「魔王が集結しているから、警戒して出足が遅れたのかもしれないな」



 半月ほどの強行軍でかなり余裕を持ってプルソンが封印されている遺跡に到着した。


 封印の状態もベレトの時に比べ劣化が激しかった。

 マコト達は早速封印の解除に取り掛かった。

 敵の襲来を警戒しつつ、作業を行なったが、数時間ほどで解除できた。


 プルソンは予想外の解放に驚いていた。


 ベレトがプルソンに簡単に事情を説明し、馬車に乗り込んでから自己紹介と説明を行なった。

 プルソンは状況を理解し、西ではなく、東の港町へ向かうことを提案した。

 東の海の先にある島国に向かうほうが得策と判断したからだ。


 ベレトが馬車を走らせながら言う。

「プルソン、本当に東で大丈夫なのか?」


「うん。東の島国にある人間の国家の方が国力もあり自由で安定しているんだ。

 異世界から召喚された勇者に対する理解もある。

 西は排他的で情勢が不安定だから、保護してもらえない可能性が高い」


「そういうことか」


「しかし、元勇者が4人も集結するなんて嬉しいね。心強いよ」


 パイモンが言う。

「プルソンは異世界への帰還する方法について何か知ってるの?」


「帰還か……。

 神託府を制圧して詳細を調べてみない限り実際に可能なのかわからないと思うな。

 でも、悪魔がらみだろうから、どんな制約があるかわからないよ。

 勇者召喚だって、一回あたり、かなりの被害者が出てるらしいからね。

 それに、異世界と言ってもたくさんある。

 仮に可能だとしてもどこに飛ばされるかわからない。

 ただ、本当に可能だとしたら、魔王を封印せずに帰還させてるはずだよね。

 もしくは、適当な異世界に転移させてるはず。

 この世界で、ぼくたちが平和に暮らせる術を模索する方が建設的だろうね」


 ベレトが言う。

「4人いれば、神託府の壊滅くらいできるんじゃないか?」


 プルソンが言う。

「すぐ復興されちゃうよ、代えはいくらでもいるのだから」


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