第6話 機械人形

 まるで体が燃え盛っているかのような熱さと、全身を駆け巡る激しい痛みで僕は目が覚めた。

 真っ先に目に飛び込んできた景色は、ひび割れたコンクリートの天井だ。そして蜘蛛の巣が張り巡った四隅と、不気味な青白いタイルの壁。窓がないせいで部屋は薄暗く、換気もままならないため、じめっとした湿気がたまっていた。


 まるで独房のようなその部屋の中にはむせ返るほど生々しい血の臭いが充満しており、絶えず僕の鼻腔を刺激する。

 隣にある銀色のトレーの中には、メスや骨剪刀こつせんとうと言った手術道具が無造作に放置してあり、そのどれもが血で真っ赤に染まっていた。

 しかしそれももう四度目のせいか、僕はその無残な光景を見ても驚くことはない。いや、むしろ無限に続くかと思われた地獄の日々がこれで終わりならば安堵すら感じられた。


 僕が行った手術は至ってシンプルだ。

 脳に12対、脊髄に31対存在する神経。それとほぼ並行して存在する、人が能力者たる所以ゆえんの器官――通称『第二Second神経Nerve』を取り除くというもの。

『手術』——そう呼ぶには生易しい。人体改造と言った方が的を射ているその行為は、全行程に約一年もの歳月を有した。

 そうして、今日がその最後の日だった。


 意識が戻り数分経った頃。コツコツコツと徐々に近づく足音が聞こえた。その足音はこの部屋の前で止まり、そして頭上から声がかかる。


「おはよう。しき


 妙に色っぽく艶のある声が冷たいこの部屋に響き渡る。

 首が固定されていて動かないが、その声の主は誰だか簡単に予想がついた。


「気分はどうかしら? とはいえ、痛みで呼吸もままならいのでしょうけど」


 そう言って僕の顔を覗くのは、左目尻の泣きぼくろが特徴的で、妖艶さと微かに魔性さを併せ持つ女性。この人の名前は各務かがみ一季かずき——生まれた時からこれまで何度も見ている、まぎれもない僕の母親だ。

 一季は、まるでガラス細工に触れるかのようにそっと僕の顎を撫で、唇に触れる。そして不気味に頬を歪ませた。


「ふふっ。おめでとう、これで貴方は存在するはずのない無能力者よ」


 嬉しそうに笑みを浮かべる一季は、きっと僕のことを『息子』ではなく『便利な道具』程度にしか思っていないだろう。

 とはいえ、いまさら一季この人に母親なんて求めていない。それどころか、そんな姿をされたら逆に気味が悪い。


(僕がこの人に求めるものはたった一つだけだ)


 僕は朦朧とする意識の中、わずかに感覚のある口を必死に動かす。

 血の味が口いっぱいに広がり吐きそうになりながらも、言の葉を紡いだ。


「と…………ぇと、る、かは……」


 声を上げることができる僕に一季は一度驚いた表情をして、すぐに元に戻る。


「ええ。約束通り、あの二人には何もしないわ」


(……よかった)


 僕は安堵すると共に、意識が闇の中へと落ちる。

 そんな僕の様子を見ながら、一季は呟いた。


「けれど貴方も約束は忘れないようにね。これから貴方は――」



     ✝



 フレイが呼ばれたあと、すぐに灰谷さんと同様の白衣を着た女性の研究員に安桜さんが呼び出された。

 それから待つこと数十分して、灰谷さんが僕を呼びに戻ってきた。

 灰谷さんの後ろについて歩きたどり着いた場所は、全面真っ白で無機質な空間だ。不気味なほど静寂に満ちており、僕のわずかな息遣いですら大きく聞こえる。


「ここは……」

「実技兼測定室ってところかな」


 灰谷さんはそう言うとおもむろに手を上げ誰かに合図を送った。

 ――ブォォォン……。

 重苦しい起動音がどこからともなく聞こえ、真っ白な部屋にうっすらと青白い光の線が灯る。無機質で冷たい雰囲気だった部屋が、瞬く間に近未来的な空間へと変貌を遂げた。

 少しの間、僕はその光景に目を奪われる。


「さて。うちの測定は少し特殊でね。実戦形式をとらせてもらってるんだ」

「実戦、ですか?」

「うん。――ああ、とはいえ生徒が傷つかないようになってるから安心していいよ」


 灰谷さんが言い終えると同時に、彼の背後に大きな影が落ちる。

 ――ガシャンッ、とおおよそ生身の人間では出せない金属音を立てながら、それは灰谷さんと僕を見下ろすように立ち上がった。


 流線型を描いた白銀のボディ。楕円形のパーツがいくつも組み合わさり、人間を模している。頭はあるものの、顔はなくのっぺらぼう。

 しかし二足で直立するその姿は、傍目には人間そのものにしか見えない。

 これは……。


機械人形パペット、ですか」

「正解」


 灰谷さんは表情を変えずに頷く。

 機械人形パペット――それはまだ日本が能力犯罪者に有効的な対策が出来ていなかった時代に作られた、いわば対能力者用の完全自立型軍事ロボット。

 その動きはコンピュータによって最適化され、さらにデータに基づく予測も加え、人間に近しい動きながら人間には絶対にできない挙動をする。それによって、たった一体でもカテゴリー『D』程度ならば互角に戦えるほどの戦闘力を有していた。

 そして灰谷さんのいう実戦形式というのはつまり――なのだろう。

 左足を後ろ、そして少し内側へ。腰をゆっくりと下ろし半身になった僕を見て、灰谷さんは満足そうに頷いた。


「話が早くて助かるよ」


 灰谷さんはそう言うと、機械人形パペットの背後へ。


「じゃあ、始めてくれ」


 その言葉と同時に、機械人形パペットの全身を駆け巡り緑色に発光していた回路ラインが、赤く変色した。

 が僕を見つめた。

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無能力者の僕は天才姉妹に挟まれている 白米 @MapleNote

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