第4話 カテゴリー

 入学式が閉会し、僕を含む新入生たちは教室へと移動していた。

 すでに友達ができて盛り上がっている者、不安な表情で全体に付いて行く者など様々な生徒がいる。

 当然その中には駿河の姿も見えた。

 駿河はすでに数人の男子生徒でグループを作っており、彼らは駿河に仕えている侍従科の女子生徒に何かを言いつけると、その子を残し去っていった。

 ため息がつきたくなるようなその光景に、僕は胸を痛めることしかできなかった。

 

 新入生は正規生が二百人と侍従科生が十五人。クラスは『Ⅰ~Ⅴ』で五つあり、正規生五十人、侍従科生三人と均等に割り振られている。また、正規生と侍従科生のクラスは分けられておらず、基本的には同じ教室で授業を受けることになっていた。

 侍従科とは言え、これから僕は冬華ねぇや琉夏と一緒に授業を受けられる。そのことを考えると、僕は自然と胸が高鳴っていた。

 

 僕たちの教室は『Ⅰクラス』であり、校舎の最奥に当たる位置だった。

 教室へ繋がる長い廊下の途中、入学式直前の騒動から無口だった冬華ねぇは、少し後ろを歩く僕へ振り返り落ち込んだ表情で頭を下げた。


「ごめんね、識くん」

「ど、どうしたの、冬華ねぇ?」


 思い当たる節がない僕は首を傾げる。


「喧嘩しちゃった……から…………」


 冬華ねぇはしょんぼりと肩を落とした。

 どうやら駿河と騒動を起こしたことが冬華ねぇを落ち込ませているみたいだった。

 そんな冬華ねぇを元気づけるように僕は笑顔を向ける。


「僕は怒ってないよ。だって冬華ねぇは僕のために怒ってくれたんでしょ?」


 冬華ねぇは瞳を潤ませながらコクッと小さく頷く。


「むしろありがとう。怒ってくれて少しスカッとしたからさ」

「うぅーーーーっ。識くぅーーーーんっ」


 冬華ねぇは満面の笑みを浮かべると、両手を大きく広げた。そしてそのまま僕に向かって突進してくる。人目も気にせず、冬華ねぇは僕に抱き着くつもりだった。

 突然のことに避けられない僕だったが、寸前のとこで琉夏が冬華ねぇの襟元を引っ張り静止させる。冬華ねぇは喉を緩く締め付けられ、少しむせた。


「なにするのっ、琉夏ちゃんっ」


 冬華ねぇはぷくっと頬を膨らます。


「姉さんは学ばないんですか……。さっきも言ったでしょう? 侍従科の兄さんと仲良くすることは、兄さんのためではないって」

「抱き着くの、ダメなの?」

「ダメです」


 琉夏は間髪なく答える。


「手を繋ぐのは?」

「ダメです」

「授業を隣で受けるのは良いよね?」

「それもダメです」


 一切揺るがない琉夏に冬華ねぇは顔を真っ赤にした。


「うぅーーーっ。琉夏ちゃんのダメダメ人間っ!」

「だ、ダメダメ人間って。姉さんは子供ですかっ」


 またしても冬華ねぇと琉夏はいがみ合う。

 このままでは校舎前の二の舞になりかねない。僕は、早めに二人の間に割って入った。


「僕は冬華ねぇと一緒のクラスで授業を受けられるだけで嬉しいよ。今までの生活を思えば夢みたいだ」

「し、識くん……」

「前は冬華ねぇがどうやって授業を受けてるのか、友達と何の話をしてるのか想像することしかできなかったけど、今は違う。僕は学校で過ごす冬華ねぇが見られるだけで幸せだよ。……冬華ねぇはどうかな?」

「私も……っ! 私も識くんが一緒のクラスにいるって思うだけですっごく嬉しいよ。心がぽかぽかふわふわするの」

「これ以上は望みすぎだよ。ばちが当たっちゃいそうだ」


 僕は本心を包み隠さず言い切った。

 冬華ねぇと目が合う。いつもなら「識くんっ」と抱き着いてきそうなものだけど。


「……わ、分かったよ」


 僕の予想と反して冬華ねぇはくるっと身をひるがえし、背中を向ける。

 わずかに見える冬華ねぇの耳は朱色に染まっていた。


「い、いこっかっ」


 冬華ねぇは口早にそう言うと、ずんずんと一人で歩いて行ってしまった。

 琉夏はそんな冬華ねぇの後ろ姿を見てため息をつく。


「兄さん、私たちも――」

「琉夏もだよ」

「……ふぇ?」


 琉夏は素っ頓狂な声をあげる。


「琉夏と一緒に居られるって思うだけで、僕は幸せだ」

「——」


 琉夏の顔がみるみると真っ赤に染まった。


「わ、わわわわ私だってっ。本当は兄さんと隣で授業……受けたいですし、手だってつ、つつつ繋ぎたいし…………、だ、抱き着いたりそのえと……」


 ごにょごにょと口ごもる琉夏にそっと近づく。周りに誰もいないことを確認すると、僕は琉夏の頭の上にぽんっと手を乗せゆっくりと撫でた。


「琉夏も僕のためを思ってくれたんだよね? だから、ありがと」

「お、おもってっ!? は、はわわわわ――っ」


 琉夏はぐるぐると目を回す。

 そして定まらない目つきでぼそりと呟いた。


「すけこましです……兄さん」


 琉夏もくるりと身を翻すと、冬華ねぇの後を追うように静かに歩いて行った。

 そしてポツンと一人取り残されて、ふと冬華ねぇと琉夏に言ったことを思い出す。そして急激に顔が沸騰しそうなほど熱くなった。


(…………さ、さすがに恥ずかしい)


 周りから見たら、きっと顔はゆでだこのように真っ赤なんだろう。

 僕は顔の熱が冷めるまで教室の外にいることにした。


     *


 入学初日の日程はガイダンスのみとなっている。午前中で全日程が終わるので、そのあと僕たちはお弁当を食べ校舎を周る予定をしていたが……。

 僕を含めたⅠクラスの侍従科生の三名は、校舎裏に建てられた実技棟の三号室へと呼び出されていた。

 

 そこは研究室を彷彿とさせる部屋だった。背丈を超えるほど大きな機器が敷き詰められ、ガラス窓で区切られた奥の空間には何らかの配線が伸びている。その配線の先端にはぽつんと一つの椅子が置いてあった。

 どの機器も見たことはないが、高価な物であることは間違いない。

 僕たちがそれを見て呆気にとられていると、一人の男性が機器の間から顔を覗かせた。


「おや、予想より少し早いね」


 茶髪に黒縁眼鏡、そして顎には無精ひげ。小柄でひょろっとした体型で頼りなさそうな雰囲気だが、それと同時にただならぬ気配を感じさせる青年だった。


「急に呼び出してすまないね。私の名前は灰谷はいたに。この実技棟を任された研究者だよ」


 灰谷さんはそう言うと、申し訳なさそうな表情で頭をかく。

『灰谷』という名前には聞き覚えがある。能力者の人体構造の謎をこれまでいくつも解明してきた、エデンガーデンが誇る天才研究者の一人だ。


(そんな人が僕らに何を……)


 警戒する僕たちに、灰谷さんは苦笑して続ける。


「そんなに警戒しないでくれ。今日は君たちの『カテゴリーランク』を調べるだけだよ」


 灰谷さんはそう言うと、機器を傷つけないよう細心の注意を払いながら僕たちに近づく。

『カテゴリーランク』とは能力ギフトを『S』から『E』の合計六段階に振り分けた評価のことだ。

 能力者から発せられる特有の磁場——通称『マナ』の強弱を測定する。いまだ能力は未解明ブラックボックスだが、より強力なそれはマナの強弱との相関性が認められていた。

 さらにそれだけではなく、当人の実力や近似した能力事の定められた評価項目に当てはめることによってランク付けされている。

 僕は入学時に提出した書類を思い出し首を傾げた。


「提出した書類の中に僕たちのカテゴリーランクが表記されたものもあったと思いますが……」

「もちろん全て拝見させて貰ったよ。本来なら今から測定する必要はないんだけど、念のためね」


 どこか後ろめたそうな表情をする灰谷さん。


(何か事情があるみたいだ……)


 この実技棟に呼び出されたのは、総じて低ランク評価を受けているであろう侍従科の生徒のみ。わざわざ入学式当日にもう一度測定をする必要があるのだろうか。

 測定するだけなら、侍従科の生徒でなくても良いようなものだけど。

 それに灰谷さんの『念のため』という言葉。どうにも低ランクの能力者に使われるものではないような――

 ふと僕の中で一つの可能性がよぎった。


「睦月学園は僕たちのランク評価を疑っているんですか?」


 僕のその言葉に灰谷さんは目をまんまると見開く。そしてため息をつくと、額に手を当て顔を俯かせた。


「正解。とはいえ、これは学園じゃなくてエデンガーデンの指示だけどね」


 灰谷さんは一呼吸おいて続ける。


「能力はどれも危険な面を含んでいる。けれど、高ランクのそれは別格だ。この閉鎖的なエデンガーデンで反乱でも起こされたら機能が麻痺してしまうからね。君等が『ランクを偽っている』なんてわずかな可能性すら排除しておきたいんだよ」


 誰もが能力ギフトを使える時代だが、それこそ限られた人しか使えなかった時代は能力ギフトによる犯罪やテロ行為が多発し、一時は国の機能が麻痺するまで陥った。危うく第三次世界大戦まで発展する所だったと聞く。

 その経験を生かし二度とそのような事態を招くことがないように、世界政府は各国へ全国民のカテゴリーランクの把握を徹底するよう通達した。

 日本では五年に一度の国勢調査の内容にカテゴリーランクの項目を設けている。さらに、国外への旅行や留学などをする際にも都道府県知事への報告が必要とされていた。

 

 今では治安維持を担う警察や対テロ組織の隊員の能力強化に伴い検挙数は激減したものの、未だに能力ギフトを悪用した犯罪はある。

 エデンガーデンはそれらの抑止力として常に個々のカテゴリーランクを把握し、管理する必要がある――と、灰谷さんは簡潔にまとめてくれた。


「測定事態は簡単だし、時間も取らせないつもりだから、協力してくれると助かるかな」


 灰谷さんはそう言うと、僕たちを別室へと案内した。

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