祈り虫

satou

第1話

「そろそろだねえ」


こいつがそう言ったから、そろそろなんだなって思った。そろそろか。あたしは正直、あんまりやる気がない。


「本当にやんの?」


「やるでしょ。何のために、僕ら一緒にいたんだい」


そう言われると、なんでだろう。何のために?


あたしは、その答えを見つけようと、こいつを眺めた。あたしよりずっと小柄で、よくほかの仲間にも虐められて、時に襲われて、そのたびにあたしが助けた。それは何のためだろう。


「この時のためでしょう?」


こいつ、笑っている。なんか、今ちょっと、なんかわかりそうになったんだけど。ダメだね。もともと、あたし、深く考えるようなタイプじゃないし。


「考えることないよ。君はとても素晴らしいことをしようとしてくれてる。その為に僕が必要で、だから僕はここにいるんだ」


あたしに比べて、こいつはよく考えてる。あたしが考えないから、代わりに考えてるのかもしれないけど。いいやつだわ、ほんと。


「でもさあ…」


あたしはまだ、やる気が出ない。少し前までめちゃくちゃ暑かったのに、最近じゃ風がすごく冷たい。食べ物もなかなか手に入らなくて、やる気が出ないのはそのせいだと思う。


また暑くなって、食べ物がいっぱい食べられるようになって、元気になったらやればよくない? あたしがそう言うと、なんか悲しそうな顔された。なんかまずいこと言ったかな。


「それならなおさら、急いでやらなきゃだよ。ねえ、君が元気じゃなきゃダメなんだから。次なんかない」


「そういうもんなの?でもさあ、うーんと、誰だっけ…忘れたけど、やらなくても問題なかったってやつもいたよね」


なんとか思い出して言ってみたけど、こいつは相変わらず、あたしより上手。


「確かにいたね。でも、彼らには結局、何も残らなかった。生み出された子たちは弱弱しくて、数も少なくて、ほとんど死んでしまった」


ああ、そういやそんなことも言ってたっけ。いや、忘れてたの。ほんと。フリじゃないよ。


…あたしらが会ったのっていつだっけ。ずいぶん前な気もするし、ついさっきな感じもする。でもこいつはずっと変わらず小さくて、弱いくせに、あたしのことをあたし以上に考えてくれてる。だからきっと、いや絶対に、こいつの言うことが正しいのだ。


でもあたしはやる気が出ない。どうして。


「難しく考えないで、大丈夫だよ。全てが終わったら、君はまた元気になる」


元気になるのか。そりゃいいね。そしたら、またこいつといろんなとこに行ける気がする。葉っぱから葉っぱに、一緒に飛び移ってさ。競争しようか。まあ、いつも通り、あたしが勝つんだけど。なにその顔。笑ってるの?悲しいの?


「さあ、やろう」


そんなに近寄ってきてどうしたの?ああもう、誤魔化されてもくれないんだ。まじでやんなきゃだめ?


「ちょっと待ってよ。まだあたしは、なんであんたといるか、分かんないんだって」


「さっき言っただろう。このためだ。元気のない君には、これをやるために、僕が必要だった」


必要だからか。まあなんて言うか、わかりやすくて、ゴーリ的な理由。そして単純すぎる理由。あたしにぴったりではあるけど、どうもしっくりこない。


「まあ、僕が君と一緒にいた理由は、違うけど」


こいつ、あたしに聞こえないように呟いたつもりだったみたいだけど、聞こえちゃった。あたし、耳だけは良いんだ。


ねえ、違うってなにが?あんたの理由を聞いたら、あたしも思い出すかもしれない。教えて。


ちょっと、それ以上近寄らないでよ。こいつ、いい匂いがする。空きっ腹に刺さる。ああもう、普段から考えるのに慣れてないのに、これじゃ余計に無理じゃん。のしかかってこないで。あんたなんか、軽すぎて何にもならないよ。




ぐるりと視界が反転。あたしが上で、こいつが下。ああ、何も考えられない。






あたしの牙が、こいつの目に食い込む。


こいつ柔らかいし小さいから、少し力を込めるだけで、大丈夫。


顔半分が取れると、ますます小さいね。


なに?なんか口が動いてる。


何て言ってるの?


顔を寄せて、もう一度噛みつきながら、耳を澄ませる。




「愛してる」




あ。




何のために。どうして。僕ら一緒にいたんだい。




そうだよ。そう…




だから言ったじゃん。あんたの理由を聞いたら、あたしも思い出すかもしれないって。言わなかったけ?そんなのどうでもいいか。わかったんだから。ねえ、聞こえる?だめかな。もう顔がないから、だめかな。あたしが食いちぎっちゃったから。






「おかあさん、みてぇ。ばったさんがいるよ」


「違うわ。みーくん。これはバッタじゃなくてカマキリっていうの。すぐそこにある真っ白いふわふわのは、卵だね」


「かまきり?」


「そうだよ。バッタとは違う虫さんだよ。外国ではね、‟祈り虫”とも呼ばれるの」


「どうしてぇ」


「ほら、いまやってる動きを見て。両手を合わせて、一生懸命お祈りしてるように見えるでしょう?これを見た海外の人たちが、お祈りしてるんだって思ったの」


「ふーん」


「あら、なんだか不満そうだね。みーくんには、カマキリさんが何してるように見える?」


「うーんとねぇ…」






「いっしょけんめい、ごめんなさいしてるようにみえる」

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祈り虫 satou @satou999

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