第17話 (つきまとってるのなんて、私なのに)


 次の日も球技大会だった。

 颯太の最初の試合相手は、まさかの二年三組――篠のクラスである。


「お前だろ。花茨はないばらにつきまとってんの」


 運動場の端で準備運動をしていると、颯太は二年の男子に声をかけられた。声をかけてきたのは二人いて、一人は「ごめんね」と言って颯太に手を合わせている。


 先輩に声をかけられた颯太は、ストレッチを止めて背筋を伸ばす。


「はい?」


 部活の先輩では無い。体つきから運動部でも無いだろう。見たことのない男子だった。


 颯太が向き合うと、相手が少し怖じ気づいた。予想よりも颯太の体が大きく、愛想の無い顔をしていたからかもしれない。


「昨日、花茨のタオル持ってただろ。一年のくせに、昨日もこれ見よがしに声なんか出しやがって。つきまとってんじゃねえよ」


 顔を顰めて男子が言う。

「花茨」という人名に聞き覚えは無かったが、男子が誰のことを言っているのかは思い当たった。訂正しようと、颯太が口を開く。


「いえ、あれは――」


「ナラ君? どうしたの?」


 颯太が説明しようとすると、篠が背後から現れた。自分のクラスの応援に来たのだろう。


「……声聞こえたけど、何かあったの? ナラ君に用事?」


 颯太に話しかけてきた男子に、篠は怪訝な声を出した。珍しく、少し顔を顰めている。


「おい、垣野内かきのうち。もういいだろ」


「あ、いやっ俺は――こいつが花茨につきまとってたから」


 篠は垣野内と呼ばれた男子から顔を逸らし、颯太に笑顔を向けた。そして、場にそぐわない、明るい声を出す。


「ナラ君、私につきまとってくれてたの?」


 えっ、と颯太は思わず声を出した。


 なんだか色々流れを掴めていない気がするが、篠の笑顔から不穏な事態を察した。颯太は目を見開き、篠を凝視した。


「……花茨、さん?」


「なあに?」


 篠はこてんと首を傾げる。

 とても可愛いが、今はそれどころでは無かった。


「……篠さんじゃ?」


「花茨 篠だよ」


 にこにこと、当然のように言われる。颯太はぽかんとした。


(じゃあ俺、ずっと名前で……?)


 ずっと名字だと思い込んでいた。

 初対面で告げられた名前を、ファーストネームだと思う人間は少ないはずだ。


「ナラ君は?」


「あ、楢崎 颯太です……」


「颯太」


 花が綻ぶような笑顔を浮かべ、可憐な声が名前を呼んだ。


(名前を、呼び捨て?!)


 突然の展開についていけてない颯太の腕を、篠がぎゅっと掴んだ。そして、呆気にとられてこちらを見ていた垣野内の方を向く。


「もう、颯太のこと借りてもいい?」


 垣野内はもの凄く嫌そうな顔で颯太を睨み付けた。

 たとえ上級生でも、睨まれたら、睨み返してもしょうがない。颯太がすごむと、垣野内らは踵を返し、チームメイトのもとへ戻っていった。

 垣野内が離れて行ったのを確認した篠は、颯太の腕にくっついたまま話を始めた。


「試合前にごめんね。話しておきたいことがあって」


 一連の全ての説明を、篠はする気が無いらしい。新しい話題に移ろうとする篠に「ちょっと待ってください」と、掴まれていない方の手の平を見せた。


「なあに? 颯太」


 花茨先輩と呼んだ方がいいのか聞こうとしていた颯太は、押し黙った。向こうがこちらを名前で、それも呼び捨てで呼ぶのなら、なんだか今更のような気もし出したからだ。


「……いえ。話ってなんすか?」


「あのね、もうすぐ夏休みでしょ。ずっと部活? つきまとってくれる日、ある?」


 にこにこと微笑む篠に、颯太は口を開き、閉じた。


 そしてもう一度口をぱくぱくさせたあと、観念したように、片手で顔を覆った。


「……休みの日伝えたいので、L1NE教えてください」


「! うん」


 篠はポケットからスマホを取り出すと、パスコードを打ち「はい」と颯太に差し出した。


「……え?」

「登録して?」

「えっ」


 やり方がわからないのだろうか。颯太は篠のスマホを受け取った。篠は颯太の腕を掴んだまま、寄りかかるように体重をかけてスマホを一緒に覗き込む。


 腕にぴったりとくっついてスマホを覗き込む篠を、颯太は見下ろした。


「――マスにもさせたんすか?」

「ううん。舛谷君の時は自分でやった」


 へえ。と言って、颯太は親指を動かした。


「L1NEどこすか」

「こっち。二ページ目にある」

「うわっ」


 操作を間違い、画像ページを開いてしまった。慌てて顔を背け、スマホを篠に見せる。


「すみません。間違えました。ページ閉じてください」

「別に見てもいいよ」

 焦る颯太に反して、篠はのんびりと言った。


「えっ?! いや、見ませんよ」

「見たいの無いの? あ、これほら。昨日ね――」


 颯太が持つスマホに、人差し指を滑らせて篠は動かした。

 顔を逸らしていた颯太は、篠にそそのかされて画面を見る。篠のスマホの中には、昨日直史が受け取っていたツーショットの写真があった。


「由貴ちゃんに、はちまきでカチューシャ作って貰って、実里ちゃんと撮ったの。こっちはね――」

 次々と写真を送りながら、篠は説明を続けた。


 颯太が全てに相槌を打ちながら、一枚ずつ見ていると、竜二に呼ばれる。


「おーい! ナラ! 集合!」

「おう! ――すみません。篠先輩」

「ごめんね。いっぱいおしゃべりしちゃった。また後で来るね」


 慌ててスマホを渡すと、篠は受け取って手を振った。


「颯太、頑張ってね」

「はい」


 頷いて竜二の方に走りかけたが、相手チームの中に先ほどつっかかってきた垣野内がいるのを目にして、颯太は後ろを振り返った。


「……勝ちます」

「うん。がんば!」


 両手をぐーに握った篠が、小さく手をフリフリした。





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