第15話 「あれ? タオルは?」「忘れちゃった」
「一年すごくない?」
「さっきから、あの背の高い子がめっちゃゴール決めてる」
「かっこいいよね。バスケ部かな」
カメラを起動し、スマホを構えた直史のもとに、先ほどからずっと三年女子の黄色い声が届いていた。
会話のほぼ全てが、コートでバスケットをしている颯太に向けたものだった。
颯太は目つきが悪く、愛想もよくないが、そこそこ整った顔立ちと長身のおかげで、密かにモテている。
バレーの練習をしてくれと頼んだらしいクラスの女子も、颯太を狙っていたことを直史は知っていた。
「あ、シュート打った」
「格好いい~! ねえねえ、こっち見てー!」
(こりゃ動画は渡せないな)
動画を撮るのは諦めた。写真にきり変えると、スマホを構え直した。篠に颯太の勇姿を撮るように頼まれていた直史は、先ほどから応援そっちのけで、ずっとカメラを構えている。
篠の試合ばかりを気にしていて、自分の試合は全くやる気を見せていなかった颯太が、ボールを持ってはゴール下に運んでいく。直史は口に手の甲を当てて、笑いを噛み殺した。
「舛谷君」
声をかけられコートから視線を剥がすと、篠が小走りでやってきた。
髪はくしゃくしゃで、首から下げていただろうはちまきは、首に巻き付いている。慌ててやってきたことが一目でわかった。
「ちょっとだけ、実里ちゃん……友達が抜けさせてくれて」
「そっすか。間に合ってよかったですね。まだナラの試合やってますよ」
篠が顔をぱぁと輝かせる。いそいそと直史の隣にやってくると、コートに集中し始めた。
篠がいる位置を、直史は何気なく見た。颯太の隣りに立つ時とは違い、篠と直史の間には、人一人分以上のスペースが空けている。
颯太は篠をパーソナルスペースの狭い人間だと思っているようだが、実際の篠は人一倍、男と触れあうことに気を遣っている。
実際、篠が颯太以外の男に触れているところを見たことが無い。もちろん、直史も竜二も篠に触ったことは無かった。
これだけ可愛いのだから、ほんの少しの親しげな対応で、男に気を持たれてしまうのだろう。
篠が容姿を言及されたくないようだと聞いてから、直史は篠に同情的だった。
最近はようやく直史や竜二とも和やかに話せるが、最初の内の篠は確実に緊張していた。
それでも必死に取り繕っていたのは、直史らが颯太の友人だったからだろう。
だから先ほど、「颯太の写真を撮ってくれ」と頼まれた時、直史は驚いていた。颯太以外の男に、借りを作りたいタイプには見えなかったからだ。
篠は真剣な顔をしてコートを見ている。いや、一心に颯太を見ていた。
(なんでこの二人、まだくっついてないんだろ……)
馬に蹴られたくないので、直史はなにも言わない。それにこの距離感がバグった二人を見守るのが、直史は割と好きだった。
「写真、いいの撮れましたよ」
「!」
篠はバッと直史を向くと、差し出したスマホを覗き込んだ。距離は空けたまま、首だけをひょいと動かしている。
ゴール下でレイアップシュートを打っている颯太の写真を見て、篠は口元を手で覆う。どうやら、感動に打ち震えているらしい。
「すごい、舛谷君、腕ある……本当にありがとう……!」
「いやあ、それほどでも」
「……お願いします! 送って欲しい……!」
「了解です」
「L1NEでいいかな?」
「いいすよ」
篠は体操着のポケットからスマホを取り出すと、メッセージアプリのQRコードを表示させた。直史はスマホをかざし、篠のQRコードを読み取る。これで友達登録は完了だ。
L1NEで送信先の確認をしていると、体育館がわっと賑わった。どうやら決着が付いたようだ。
「あっ、やべ。どっちが勝ったかな」
直史が慌てて確認すると、一年六組が勝っていた。ほっと安堵すると同時に、最後に颯太が活躍したかどうか、篠に見せてやれなかったのを後悔した。
「すみません、篠先輩。L1NE、後にすればよかった」
「ううん。私も委員会戻らなきゃだし、助かったよ」
勝った颯太に一言声をかけようと、篠がそわそわしている。
直史達がいる場所とは反対方向に、颯太と竜二はチームメンバーと集まっている。
颯太のところに連れて行ってやろうとしたが、何やらチームメイト達がバタバタとしている。どうやら、短い休憩の後、このコートでそのまま二戦目をするようだ。
直史が説明すると、篠はこくりと頷いた。
「体休めさせてあげなきゃね。私はまた後で顔出すよ」
聞き分けのいい篠に、直史はすぐに写真を送ってやった。「きゃあ!」と小さな喜びの声が上がる。一枚送る度に喜ぶ篠に、颯太の写真をバンバン送りつけてやっていると、直史の耳に黄色い声が飛んできた。
「さっきの子、もう一試合出るみたい」
「立ってると背高いのよくわかるね」
「かっこいいよね~」
「あとで声かけいく?」
壁にもたれて座っている三年の女子が、きゃっきゃと騒いでいる。直史は篠をちらりと横目で見た。篠は気付いていないのか、目を輝かせてスマホの中の颯太を見ている。
さっきの写真以外は残念ながらぶれているが、それでもかまわないのだろう。穴があきそうなほど、画面の中の小さな颯太を見つめる。
「あ、なーんだ……彼女いるんじゃん」
(え?)
直史は篠から視線を逸らし、颯太らの方を見た。三年生らが言っていたのは、颯太のことじゃなかったのだろうかと訝しむ。
たった今までバスケをしていたクラスメイトを見たが、特に誰も、女子と話したりはしていない。
「あれ、ローラアシェリーのタオルでしょ。私持ってるもん」
「まじかー。彼女のタオル使ってんの? そんなタイプに見えないのに」
直史はぎょっとして、颯太のタオルを見た。
颯太が首にかけ、汗を拭っているのは、先ほど篠が渡したフェイスタオルだ。白地に薄い灰色で繊細なレリーフが描かれているタオルは、男が使っていてもさほど違和感は与えない。
だが、知っている者にしてみれば、女性物だと一目でわかるデザインなのだろう。
三年の女子とは反対方向に立っている、篠をそっと横目で見た。
(牽制かよ。女ってこええ)
にこにこと、篠は人畜無害な天使のような顔でスマホを見ている。
あれが女性に人気のブランドのタオルだなんて、颯太は絶対に気付いていない。断言できた。今までにも、颯太も直史も気付いていないところで、こんな風にマーキングされていたのかもしれない。
直史の視線に気付いた篠が、顔を上げた。直史がにこりと微笑むと、篠は戸惑いながら、控えめに微笑んだ。
(これがナラだったら、満面の笑みだったろうになぁ)
楽しくなってきた直史は、更ににこにこと笑った。
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