魔法少女の背中にスイッチがあるって知ってた?

うにまる

なんか、巨大な隕石が落ちてくるらしいよ?


 その日の朝、可愛らしいコスチュームを身にまとった魔法少女は、右目をこすりながら家を出ていった。


 モコモコのパジャマ姿だった私は、玄関先でいつもと同じ挨拶を魔法少女と交わしていた。


 「今日も地球を守るの?」


 「うん。 私以外に、いないから」


 あのやり取りからどれくらい時間が経っただろう。


 私はバラエティ番組を見ながらレモンティの入ったコップを傾けた。


 今回もまた、ボロボロになって帰ってくるんだろうな。


 もう、押しちゃおうかな。


 私はそんな衝動に駆られる。


 テレビの中では男女がニコニコと笑いあっていた。


 魔法少女の背中には、小さなスイッチがある。


 そのスイッチを押すと、魔法少女は魔法少女でなくなってしまう。


 その事実を私だけが知っていた。


 魔法少女は背もたれを使わず椅子に座り、寝るときは決まってうつ伏せ。


 スイッチはいまだに押されないまま、魔法少女はずっと敵と闘っていた。


 もし私が背中のスイッチを押したなら、魔法少女はボロボロにならなくなるだろう。


 けれど、私が背中のスイッチを押したなら、魔法少女はおろか、私や地球はあっけなく終わりを迎える。


 魔法少女さえもスイッチの存在を知らない。


 知っているのは私だけだった。


 いつの間にか、テレビはバラエティ番組から報道番組に変わっている。


 ニュースキャスターは使命感溢れんばかりに原稿を読んでいた。


 そうなんだ、いずれ世界はそうなるんだ。


 私はレモンティを一気に飲みきった。


 ぴんぽーん。


 はーい。


 がちゃっ。


 ただいま。


 おかえり、今日もボロボロだね。


 私は魔法少女のつえを持ってあげた。


 魔法少女は私に背中を向けて、靴ひもをほどいている。


 「ねぇ、なんか地球に巨大な隕石が落ちてくるらしいよ?」


 「それはとっくに知っているよ」


 「また行くの? 地球を守るために」


 「行くしかないよ。 魔法が使えるのは、私だけなんだから」


 魔法少女の声は、とても綺麗だった。


 私の手から、魔法の杖がこぼれ落ちる。


 重くにぶい音が床を叩く。


 それは、魔法少女が振り返る寸前のこと。


 私は魔法少女を後ろからぎゅっと抱きしめた。

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魔法少女の背中にスイッチがあるって知ってた? うにまる @ryu_no_ko47

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