第33話 正念場

 マーガレットは荒い息を吐きながら、国民たちに目をやった。

 怪我をこしらえた者、体中泥だらけになっている者はいるが、彼らはトマスの指示のもと、マーガレットを信じて待っていてくれたのだ。


「シラナ国の兵が引いていく。ここは大丈夫よ。あとはセシリオに任せていくから」

「アシア王子は王宮に向かったわ。あなたはここにいていいの? ずいぶんと兵士を連れてきてしまって……」

「エドマンドと騎兵隊を王宮に配置してあるわ。私もすぐに向かう」


 彼が望んでいるのは女王の首だ。

 アシア王子はマーガレットが王宮で待ち受けていると思い込んでいるはずだ。

 大聖堂へ向かったことで攪乱できるなら好都合である。


 いくらなんでも、マーガレットを無視して玉座に座ることはできないだろう。

 わざわざくだらない伝言をたずさえた使者までよこしたのだから。 


「女王陛下。命令通り、俺たちは残った兵を片付けてから行く。次はどうする?」

 馬をさばきながら、セシリオが指示をあおぐ。

「……怪我人を誘導して。グレイ家の家臣たちが集まってきているわ。彼らに後方支援を任せたの」

「グレイ家の家臣に?」

「ええ」


 牢に捕らえられていたグレイ家派の貴族たちを解き放ち、すべてをライオネルに託した。


「彼らにだって、王冠を狙われていたじゃないの」


 アリスの言葉はもっともである。

 マーガレットは「もう行かなくちゃ」とさえぎった。


 親友の様子に、アリスは確信めいたように言った。


「考えがあるのね」

「ライオネルの案に乗ることにしたわ。信じるわ、なにもかもを」

「神のご加護を」

「あなたも無事で、けして死なないで」

「死ぬタマなもんですか。女子修道院のみんなが食中毒になったとき、私だけピンピンしてたの忘れたの?」


 マーガレットは噴き出した。

 それから顔つきを引き締める。


「セシリオと一緒に、教会を守ってね」




 王宮前には、女王軍とシラナ国軍が剣を交えている。

 エドマンドの姿を見つけたマーガレットは、矢も盾もたまらず走り抜けた。


「エドマンド!」


 彼は目の前の敵をさばき、すぐにマーガレットの脇についた。

 エドマンドはくやしそうに言う。


「女王陛下。アシア王子を仕留め損ないました」


 城門には敵軍が集まっている。

 門はすでに壊されている。


 アシア王子は、すでに王宮内部に侵入したか。

 大聖堂で時間を食いすぎた。

 王宮で働く者たちはすでに避難させているが、城の内部に入られてしまってはこちらが不利になる。


(かくなる上は、隠し通路を使うほかない)


 エドマンドも同じ考えのようだ。

 顔を見合わせ、敵を攪乱しながら進む。

 隠し通路へつながる道を目指したが、やにわに敵が立ちはだかった。


(次から次へと)


 マーガレットへ向かい槍を突き出す兵士を、エドマンドがなぎ払う。

 敵もそれなりの猛者のようだ。

 エドマンドの攻撃にひるむことなく、次の一手に出る。

 槍を捨て剣をとり、すさまじい勢いでエドマンドに腕を振りあげる。


 エドマンドは叫び声を上げた。


「後から追いかけます!」


 まだマーガレットが王女であったとき、さんざん彼女に付き合って隠し通路を使ってきたエドマンドだ。

 順路は心得ている。

 彼を信じ、馬を進める。

 食料庫のそば、地下に掘られた隠し通路の暗闇へ、迷いなく進んでいった。


 



 女王が使っているらしき私室には、鍵がかかっていなかった。

 使用人たちはすでに避難したのか、人っこひとり見当たらない。アシア王子は舌なめずりをして、部屋に入った。


 寝台に、金髪の女が腰をかけていた。


 薄いドレス一枚に、レースのショールをかけている。

 花嫁衣装に見えなくもない。


「マーガレット。そうして待っていてくださったとは、お心変わりされたと思ってよろしいか?」


 マーガレットは青い瞳を細め、こちらを見ている。

 間違いない。

 マチルダから譲られた肖像画とうりふたつだ。


 第二妃にと彼女を望んだが、すげなく断られた。

 これはアシアのプライドを傷つけた。

 恵まれた待遇でマーガレットを王宮に迎え入れるわけにはいかない。

 国のために、もっとみじめな思いをしてもらおうではないか。



 女王であった美しい娘をずたずたに傷つけて、リカー王国を手に入れてやる。


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