第23話 ライオネルの誤算


 ――遅い。


 ライオネルはいらだっていた。

 ナラダ海の向こうをにらみつけ、すでに三日が経っている。


 いたずらに時間を消耗しては、兵士の気がゆるむ。

 女王軍はワースの地に向かっている。

 彼らとにらみあうにはライオネルの手勢は少なすぎる。

 十分に準備を整えてから剣を交えるつもりであったのに。


「アシア王子。なぜ援軍はやってこないのです」


 アシア王子は面倒そうに顔をしかめる。

 シラナ国から連れてきた側近たちとカードゲームに興じていた彼は、視線を手元にやったまま、なおざりに返事をする。


「なに、船旅が時間通りにいかないのは分かっているだろう。私がここにいるかぎり必ず我が軍は合流する。そうあせるな」

「ですが」

「船には最新の銃をたんまり積んである。装備が整ったら勝ったも同然だ」


 アシア王子はそう言うと、「気晴らしに女を抱きたい」と注文をつけてきた。


「カードは飽きた。今日中に船はやってこないかもしれないな。暇つぶしだ、女を何人か連れてこい。今までのような女はだめだ。質が悪い。肌も汚いし痩せていて抱き心地が悪い」

「娼婦は生活が苦しいものばかりです」

「高級娼婦はいないのか。アナベラ・ヴィアのような」


 アシア王子はまるでやる気がない。

 条件に目がくらみ手を組むことにしたが、家臣たちはアシア王子とやりづらそうに接している。

 彼のために屋敷を借りたが、狭いだの暗いだの文句ばかり言って、食事や女の質が悪いとあからさまに機嫌をそこねる。


 ――失敗であっただろうか。


 たとえ戦力に不安があっても……アシア王子を仲間に引き入れたのは。

 家臣の一人があわてふためき、ライオネルに近づいてくる。


「陛下。船が近づいて参りましたが……様子が変です」


 望遠鏡のぞきこむ。

 いくつかの船は港のすぐそばまでやってきていたが、船体は傷だらけで、マストが切り刻まれている。


「どういうことだ」


 到着した船にかけよると、海兵たちが甲板にあらわれ、押し合うようにして身を乗り出している。

 船に足場をかけると、彼らは競いあって飛び出してきた。

 乗船して、ライオネルはあぜんとする。


「なにがあったんだ」


 シラナの海兵隊は、壊滅状態であった。


「荷は無事か?」


 兵士の無事を確認する前に、アシア王子が叫んだ。

 ライオネルはあたりを見渡した。

 姿が見えるのはシラナ国軍の海兵ばかり。

 敵はすでに去った後らしい。


「アシア王子。荷よりも怪我人の輸送が先だ」

「そんなものにかまっていられるか。これから戦だろう。怪我人などどのみち戦えん」


 アシア王子の言うことは戦う者として正しくはあったが、仲間の信頼を傷つけるには十分であった。

 大勢の兵士がいる場で口に出すことではない。

 兵士たちは眉をひそめている。


「銃はあるぞ!」

「金目の物も無事だ」

「なら何を取ったと言うんだ……」


 物盗りのしわざかと思ったが、考えてみれば物盗りはわざわざ海軍の船など襲わない。


 もしこれがマーガレットの手によるものなら――。

 もっとも無駄を省く方法で、戦力を奪うには。


 ライオネルは叫んだ。


「弾はあるか!?」


 船倉の方から声にならない声が上がる。

 やはり。

 銃弾がなければ銃などただの重たい荷物に過ぎない。

 怪我人を背負い、ライオネルは立ち上がった。


 ――やられた。


 血でどす黒く汚れた甲板に、略奪と暴力で穴だらけになった船体。

 あてにしていた戦力が奪われた。


 乗船していた海兵たちはふいうちの奇襲で完全に油断していたのだろう。

 戦える体力が残っている者は少ない。

 援軍はいなくなったと考えるべきだ。

 むしろ、救助に人手を割かざるをえなくなった。


「陛下。すぐに下船してください。女王軍が迫ってきています!」


 部下の報告に、ライオネルはくちびるをかみしめる。


「決戦はワースの地になると予想していたが、女王は我々を待つ気はないらしい」


 この混乱に乗じて、ワースの地を乗り越えてきた。

 すべては女王の手のひらの上。


 俺はまた、ワースの地へたどり着けないのか。


「――マーガレット!」


 ライオネルはくやしまぎれにうなった。

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