第6話 跳躍者

「居城、と言ってもそんな大層なものではない。ちょっと広いだけの場所だ」

「そうなんで……そうなのか」


 ヴァンの本体を見せてもらってからしばらく。

 ようやっと立てるようになった俺は、ヴァンの先導を受けながら彼女の居城へと足を運んでいた。


 ちなみに、パパ呼びは断固として拒否させて頂いた。いや、実際はしどろもどろかつ、やんわりとした断りを重ねただけなんだが。

 結局、俺からの対応を出来うる限りフランクにするというところで一旦は落ち着いた。落ち着きはしたが、中々本心から気軽に接するというのは難しい。応対一つとってもヴァンの機嫌を損ねやしないかと、内心冷え冷えである。


 しばらくは身も心も休まらない日々が続くのだと思うと、ちょっとしんどい。

 けどまあ、少なくとも視覚的には癒される。それくらい、ヴァンは美人だからな。人間体の時に限るが。


「ここは元々が天然の洞窟でね。我が棲む前から大体はこんな感じだ」

「へえ……何と言うか、スケールが違うな……」


 歩きがてら、彼女の説明に相槌を打つ。


「一部は過ごしやすいように改築させてもらったが」

「こわ」


 独力で洞窟を広げないで欲しい。


 ヴァンの居城というこの場所は、山の中腹をそのまま刳り貫いたような形をしていて、その中でもいっとう広い空間を寝床としているようだった。

 道すがら、時々外に触れる場所を通ることもあった。

 ふと視線を預ければ、広大な大地が広がっている。俺の目に映る限りでは村や街といった人工建築物は見当たらず、正に自然のど真ん中といった感じだ。


 確かヴァンは、アーガレスト地方、と言っていたか。

 どこからどこまでがその地方に当たるのかは分からない。しかし、厳しさすら覚える大自然の営みが眼前に広がる様は、都会のマンションに住んでいる分には中々お目にかかれないシロモノである。

 そういえば最近旅行とか全然行ってなかったな。まさか異世界旅行をする破目になるとは思いもよらなかったが。


「君が転移してきた場所は、我のテリトリーでも端の方なんだ」


 敷地とかじゃなくてテリトリーって言うんだね。おじさん改めて世界の違いを思い知る。


「それで知らない気配があったものだからね、見にきたわけだ」

「気配とか、分かるんだな……」


 驚きと呆れと、ちょっとした恐怖が綯い交ぜになった感情が、口から漏れ出る。

 気配て。いよいよもって人外染みてるな。人外だけど。


「着いたぞ。やはりここが一番落ち着くな」

「……どこからどう見てもただの代わり映えしない洞窟なんですがそれは」


 広大な空間のど真ん中、案内を終えたらしいヴァンがその場で腰を下ろす。

 どうやら此処が居城の本丸らしい。見る限り建物だとか装飾品だとか、そういう類のものは見当たらなかった。


 まあ、如何に人間の見た目を模しているとは言え、その本質は龍である。決して人間ではない。居城というからには宮殿や城のようなものをイメージしていたが、そもそも彼女が一人で棲む分には建物など必要ないのだろう。

 俺の持つ知識では、龍というのは貴金属や宝石を好むものが多かったが、所詮は架空の物語で身に付けた知識だ。ヴァンに適用される保証はないか。


「さて、それじゃあハルバ。色々と訊きたいこともあるだろう。我に分かることなら教えてやるぞ」

「えーっと、そうだな…………」


 いざ質問タイムが始まると、思いの外言葉に悩む。

 分からないことが分からない、といった感じだ。どこから訊けばいいものやら。


「うーん……先ずは跳躍者の説明からお願いしたいかな」

「うん、分かった」


 この世界のこと。

 ヴァンのこと。

 これからのこと。

 色々と気になることはあるが、何よりまずはここからだろう。


 何故俺が突然この世界に飛ばされたのか。どうしてもここは気になってしまうのだ。


「跳躍者というのは、時折この世界に現れるものを指す。それは人間に限らない」


 彼女の説明を要約すると、こうだ。


 大体数十年から数百年かに一度、全く別の世界から突如として、人間だったり他の生物だったりが飛ばされてくることがあるらしい。その仕組みやパターンなどは完全に不明。少なくともヴァン個人で解明出来るものではないとのこと。

 飛び出す先は完全にランダムっぽくて、ヴァンは昔同じように転移してきた人間に出会ったことがあるそうだ。また一方で、人間の国に転移したやつも過去には居るようだった。


「ん……やっぱりヴァンは、他の跳躍者と会ったことがあるんだな」

「ああ、ある。外の世界の人間は話が面白くてね。いい退屈凌ぎになるんだ」


 そう呟く彼女の横顔はそれはもう美しく、傾国の美女と評して差し支えない。こんなとびっきりの美人世界中探したってそう居ないだろう。中身は龍だけど。


 しかし今はヴァンの気まぐれに助けられているのも事実なので、彼女の機嫌を大きく損ねることだけは避けねばなるまい。

 割とハードモードなんですがこの先大丈夫なんでしょうか。わたくし古代龍種の好みなんて一ミリも存じ上げていません。


「それで……その跳躍者たちは、元の世界には帰れたのか?」

「ふむ」


 次いで、気になっていた疑問をぶつける。

 この回答如何では、俺の今後の身の振り方が大きく変わってくる。是非とも抑えておきたいポイントだ。


 現状、ヴァンに見限られた時点で漏れなく死という概念がズンドコ騒ぎながら近付いてくるわけだが、俺としては当たり前だが死にたくはない。

 正直、元の世界に帰れるなら帰りたいという気持ちはある。ただ一方で、この世界に興味を持っているのもまた事実だ。一応それなりの仕事に就いてはいるが、充実していたかと問われれば回答が難しい。更に親しい間柄の者も特におらず、親とも死別していることも後押ししている。

 しかしながら、この訳の分からない世界で生き残れるかと言われれば、それはそれで極めて難しい気がする。何せここには今のところ人間が俺しかいない。とにかく情報が無さ過ぎるのだ。


 帰る手段があるのであれば、それは抑えておきたい。

 もしなければ、この世界で生き残る術を見出さなければならない。


「多分、帰る方法はないと思うぞ。少なくとも我は知らないし、今まで元の世界に帰った跳躍者の話も聞いたことがない」


「……仕事、見つけなきゃなぁ」


 この世界での働き口ってどんなのがあるんだろうな。

 肉体労働だけは勘弁して欲しいところだ。

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