第4話 正体

「ほら、見たことか」


 有り体に言って目が点状態へと陥った俺に対し、ワンピース姿の少女が若干の呆れをその表情に乗せながら、反応を返した。


 フルクメリア大陸。アーガレスト地方。

 なんだそれは。おじさんそんなの聞いたことないです。


 ははーん。さてはこの子、重度の妄想癖持ちだな?

 地方名はともかくとして、現実世界にそんな大陸名は存在しない。脳内のファンタジー世界を俺に向けて発信しているわけだな。なるほどなるほど。


 と、一蹴出来れば俺も大分気が楽だったんだけどなあ。

 俺は間違っても優秀な人間じゃないが、職業柄様々な人間をそれこそごまんと見てきた。


 話をしているそいつが嘘を吐いているのか、何かを誤魔化しているのか、はたまた本音で喋ってはいないのか。曲がりなりにも積み上げてきた知見は、そういう類のものを割と高精度で見抜いてくれる。

 俺の数少ない特技と言っていいだろう。


 その勘が、彼女が嘘や戯れを言っていないことをビンビンに感じ取っていた。

 何これ。マジで異世界転移とかそういうやつなの? つらい。


「はは……冗談、じゃなさそうですね……」

「まあな。ここで嘘を吐いてどうする?」


 ですよね。

 そもそも自分の家が突然ぶち抜かれてこんな僻地に運ばれている以上、何をか言わんやではあるのだが。


「今全てを理解しろとは言わないさ。こっちに来た者は皆、最初は混乱するからね。運がいいのか悪いのかは知らないが、君はこちらの世界に飛ばされて来た。君たちの言語では……異世界、とでも言うのかな?」

「ははは……もう、何がなんだか」


 特段語れるほどの趣味を持っていないとは言え、そういうものと全く触れてこなかったわけじゃない。

 漫画、アニメ、映画、小説、演劇……特に、現実世界とは異なるファンタジーを舞台とした作品、というものは、現代社会で普通に生活していれば目に付く機会は存外豊富にあるものだ。更にその歴史も古く、今を生きる人たちにとってはある種馴染みの深いものではあるだろう。


 そういう世界に憧れを抱かなかった、といえば嘘にはなる。

 嘘にはなるが、そんな世界は有り得ないという常識が、年を重ねるごとに身に付いていくのもまた事実。

 いきなりこんなところに放り出される想定など、しているわけが無かった。


「けどまあ、分かりましたよ。納得せざるを得ないってことくらいは」


 端的に言えば、もうどうにでもなーれって感じ。

 大いに諦観の入り混じった納得ではあるが、それでも不可解にダダをこねて騒ぎ回るほど、俺は子供じゃあなかった。それがいいことなのか悪いことなのかは分からないけれど。


「ふむ、君は理解が早いね。助かる。過去にはこうやって無理やり納得させたりもしたんだが」


「は? ……うわ! ちょっ! ええっ!? はあ!?」


 うっわびっくりした! なんじゃあれ!

 言葉を終えた彼女は中空に右手を翳す。数瞬もせぬ間に彼女の右手に火の玉が灯ったと思ったら、それを岩壁に勢いよく放り投げやがった。

 爆散する壁、放たれる熱風、派手に転がる大小の岩。それら全ての事象が夢ではないぞと強烈に殴りかかってくる。


 魔法。

 頭の中に浮かんできた単語はまさしくそれだった。


 マジかよ。ちょっと洒落になってないでしょこれ。なんだ、俗に言う剣と魔法のファンタジー世界というやつか。もうホントにわけわかめ。誰かたすけて。


「ははは、その反応も久々に見たな。やはりコレは楽しいね」

「ちょ……えぇ……?」


 この女、ぶっ飛んでやがる。いや、もしかしたらこの世界ではこれが普通なのかもしれない。俺の常識では計り知れぬ世界にやってきてしまった以上、現実世界で培ってきた三十余年の経験などこの世界を知る上では何の役にも立たない。


 とりあえず、今俺が居るこの世界が普通じゃないってのは分かった。あんなものを見せられたら否が応にでも納得するしかない。

 手品の類も考えられるが、見るからに殺傷能力の高い火球を無から生み出せる手品など聞いたこともない。見た感じヴァンは何も手にしていないし、ワンピースにも何かを隠せるスペースは無さそうだ。


 ただ何にせよ、現状唯一の手がかりであり、恐らく友好的な存在であるヴァンに逆らうという選択肢は無くなった。


 だって俺まだ死にたくないし。

 勝てるわけねーだろこんなの。別に喧嘩するつもりもないけどさ。


 この世界の女性は皆こうなのか、それとも目の前の金髪玉肌の少女が特別なのか。それはまだ分からない。

 祈る神が居るのかどうかは分からんが、とにかく今は俺の平穏無事を祈らせて欲しい。頼むぞ神様。


「さて、それじゃあここで立ち話もなんだ。我の居城で話をしよう。我も訊きたいことがあるし、ハルバも色々と気になることはあるだろう?」

「あ、はあ……はい……」


 居城て。

 出来れば落ち着くマイホームがいいんですけど。


 ちらりと後ろに目をやるが、視界に入るのは壁とドアだけであった。開け放たれたドアから廊下の向こう、手狭なキッチンスペースが顔を覗かせる。

 そういえばこの世界の文明レベルが未だ不明ではあるが、まあ魔法がある世界なんだ、早々低いってことはないだろう。

 テレビや冷蔵庫、炊飯器なんかはもしかしたらこっちじゃ異質かもしれないが、電気が通ってなければただの板だし、ただの箱だし、ただの釜である。


「しかし、広い洞窟だなあ……」

「何、直に慣れるさ。空間は広いが、道自体は単純だからね」


 堂に入った歩き方をする少女の後ろをこそこそと付いて行く大人ってのは何とも格好がつかないが、今は仕方がない。

 現状ヴァンは俺のライフラインそのものである。彼女との繋がりが途切れた瞬間詰む。そんな事態は御免被りたい。


「そうだね。歩きがてら、自己紹介の続きでもしようか。我はここに棲む古代龍種というやつでな、もう何千年生きているかは忘れた。今の我は人間体に変身している状態でね。後で本体も見てみるか?」


「えっマジ」


 目の前の少女、人間じゃない模様。

 ハハハ、ナイスジョーク。

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