第35話


翌朝、いつも通りクーチとシャワーを浴びてから一階へと降りる。

既にマルとキクリは朝食を食べていた。


「おはよう。」

「おはようございます。」


挨拶を交わして、俺達も朝食を頼む。

全員が朝食を食べ終え、女将さんから弁当を受け取り用意をして傭兵ギルドへと向かう。


「前に来た時よりも騒がしいですね…。」


クーチが少し不安そうな顔で呟いた。

辺りを見渡せば、以前よりも武装した傭兵が多く歩いており、街中には物々しい雰囲気が漂っている。


「心配するな。きっとうまくいく。」


安心させるように声を掛けてギルドへと向かう。

ギルドに入ると受付カウンターにブルクスが居た。


「おはようブルクス。」

「おはようございます、皆さん。来て頂いてありがとうございます。」

「俺はここで情報を教えて欲しいんだが、マルとキクリはこの辺りの地理が分からないからクーチに案内させようと思うんだが、周辺で危険な様子はあるか?」

「今朝、斥候から届いた情報では、まだ、廃墟と廃墟の北に敵影は無しとの事でした。西の森も異常は無いようですから今日は問題ないと思いますよ。」

「分かった。クーチ、2人の案内を頼むな。魔物の討伐やら採取やらは気にしなくていい。マルとキクリは周辺の地理を確認しておいてくれ。」

「「分かりました。」」


指示を出すと、3人で連れ立ってギルドから出ていく。

軽く手を振って分かれたが、久しぶりに一人だと少し寂しくなるな。


「さて、情報の共有をさせてもらいたいんだが。」

「ええ、もう少ししたら団長が来ますので上の会議室に案内しますね。既に何組みか同じように話を聞きに来ている傭兵達も居ますので纏めて共有させて下さい。」

「ああ、分かった。」

「用意が出来たら声を掛けるので、カウンターで珈琲でも飲んでいて下さい。」


ブルクスに促されて、ギルドの食堂にあるカウンターへと向かうと何人か同じように待機している様な傭兵が座っていた。

空いている席に座ってアイス珈琲を頼んで煙草に火を付ける。


「兄さんちょっといいっすか?珍しい香りの薬草煙草っすね。」


隣に座っていた犬か狼の耳が頭でピコピコしている傭兵が話しかけてきた。


「ああ、臭かったか?」

「大丈夫っす。それよりも一本もらえないっすか?」

「ああ、いいぞ。俺はハントだ。」


ポーチから一本取り出して手渡す。

2人で口から煙を吐き出す。


「やっぱこれはいい匂いっすね!どこで手に入れたんすか?」

「これは貰い物でな。良かったら5本ぐらい持ってくか?」

「いいんすか?ありがとうございます!自分はヴァンスっす。狼の獣人でソロの傭兵をやってるっす。」


なんとなく体育会系の後輩のような喋り方をするヴァンスを改めて見る。

茶髪のボサボサとした髪、頭頂部からは狼の耳が覗いている。糸目ではあるものの、整った顔立ちをしている。防具は身軽そうな皮系の装備だが、右手にゴツめの金属製のガントレットをしている。腰にはショートソードを吊るしているので近接戦闘が得意そうだ。


「ハントだ。人間で3人の仲間がいる。ヴァンスはずっとソロなのか?」

「そうっす。なんとなくソロのほうがやりやすくて。」


少し影のある表情で返事をするヴァンスにも何か事情があるようだ。


「そうか。」


深く聞くことはせずにプカプカと煙草を吸う。


「皆さんお待たせしました!2階の大会議室にお入りください!」


受付カウンターからブルクスが声を張り上げる。


「お、呼ばれたんで自分行くっすね。」

「ヴァンスも参加するのか?」

「あ、ハントさんもっすか?自分も参加するっす。この街には世話になってますから。」

「それじゃあ、一緒に行こう。」


ヴァンスと連れ立って2階へと上がり大会議室と札の掛かった部屋へと入る。

部屋に入ると檀上にある椅子にクマズンが座っていた。軽く手を上げられたので、こちらも手を上げて返しておく。

後ろの方の椅子にヴァンスと横並びで座る。その後もぞろぞろと傭兵達が入ってきて席がどんどん埋まっていく。


「んあ゛、腰抜けのヴァンスじゃねえか。お前も参加すんのか?とっとと帰った方がいいんじゃねえのか?」

「「「ぎゃっはっはっはっは!!!」」」


通りがかった傭兵が唐突にそんな事を言うと、そいつの連れらしい傭兵達も大声で笑った。

チラリとヴァンスをみると両手を膝の上で握りしめてプルプルと何かを堪えている。


「おい!何とか言えよ腰抜け!」


ガンとヴァンスが座っている椅子の足を蹴る。


「おい「いいっす。ハントさんは黙ってて大丈夫っす。」」


俺が言いかけるとヴァンスに止められる。


「ん?あんたこいつと一緒に組んでんのか?だったら気を付けたほうがいいぜ。こいつは仲間を見捨てて逃げるような奴だからな。」

「ハントさんは関係ないっす。俺の事はほっといてくださいっす。」

「ああ?腰抜けがなんか言ったか?ほら出口はあっちですよ~?」


プルプルと我慢しているヴァンスを見ていると会議室に怒声が響いた。


「うるせえ!!くだらねえこと言ってねえで早く座りやがれ!!!」


壇上のクマズンの怒声が響いた。

ヴァンスに絡んでいた傭兵達は舌打ちをすると黙って椅子に座った。


「すいませんっした。」


小声で謝ってきたヴァンスに気にするなと返してクマズンの方を見る。

チラリとこちらに目線を合わせてすぐに話し始めた。


「全員、急な呼びかけに集まってくれて感謝する。ここグロースの領主と契約している荒鷲団の団長のクマズンだ。さて、今回の件だが改めて伝える。バンデットレイヴンがグロースに向かって来ている。恐らく接敵は5日後ぐらいになるだろう。うちの斥候部隊からの報告だから信頼度は高い。規模は1000名前後、団長と副団長の姿もあったそうだ。全員知っているだろうが、奴らは残忍で非道だ。万が一、俺らが負けようもんなら全てが奪われる。全てだ。北部に行ったことがあるやつなら分かるだろうが、荒れ果てた街に、奴隷のような住人、この平和な東部がそうなるという事だ。」


北部にはまだ行ったことがないが、そんなに酷い状況なのか。


「それでだ、ここからが大事な事だ。奴らが街に来るまで待っているつもりは無い。先制攻撃を仕掛けるぞ。遠距離攻撃ができる傭兵と斥候を主体に2部隊、近接攻撃主体で本隊を作る。のこりはうちの団員中心になるだろうが後方支援部隊だ。帰りに、そこにいるブルクス達にどの部隊に何人参加できるか、大体の人数で良いから伝えてくれ。それと毎日最新の情報を傭兵ギルドに張り出す。必ず毎朝確認しに来てくれ。」


ふむ。先に遠距離部隊で敵の足並みを乱してから本隊で突撃するという事か。


「さて、一番お前らにとって大事な事だが、今回の報酬は参加者一人につき50000ドルグだ!終わったらうちの拠点で打ち上げもする!もちろん費用は領主様と荒鷲団持ちだ!」

「「「うぉおおおおおおお!!!」」」


傭兵達から喜びの声が上がる。


「俺達ゃ傭兵だ!金で雇われて金の為に戦う!だが!この街を壊しちゃいけねえ!世話になってる街だ!街があって、住民がいてくれるから俺達ゃ美味い飯を食っていい女を抱いて万全の態勢で戦える!絶対に勝つぞ!!」

「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」

「それじゃあ解散!ちゃんとブルクス達のところに寄ってから出て行けよ!」


ガタガタと椅子が動く音がして、バラバラと会議室を出ていく。


「ヴァンスは近接だから本隊か?」

「そうっす。でももう俺とは話さないほうがいいっす。煙草ありがとうございましたっす!」


俺が返事をする間も無く早口で捲し立ててヴァンスは会議室から出て行った。

辺りを見渡してだいぶ人が減ったことを確認して煙草に火をつけて煙を吐き出す。


「腰抜けか…。」


天上を見上げながら煙を吐き出す。

そんな奴には見えなかったがな。


「久しぶりだな、ハント。」


視線を天井から前に戻すとクマズンが居た。


「そうだな。元気だったか?」

「ああ、それより来てくれて礼を言う。」

「いい。気にするな。この街にも荒鷲団にも世話になったからな。」

「クーチちゃんはうちの後方部隊で預かるから任せてくれ。」

「それなら安心だな。あと、魔術師と盾使いの仲間が居るからそれぞれ報告しておくよ。」

「おお、仲間ができたのか!それは良かったが残念だな。ハントにはうちに入団して欲しかったんだが。」

「それは無理だな。」


即答で断る。


「まだ何も見て回ってないからな。」


プカプカと煙草の煙を吐き出す。


「そういえば、クマズンはヴァンスを知ってるのか?」

「ん?誰だ?」

「俺の隣に座っていた狼の獣人だよ。」

「いや、知らないな。ただ、同じ傭兵をあんな風に言う奴らが嫌いだから注意しただけだ。」

「ふふ。そうだな。」

「気になるなら話しかけてみりゃあいい。俺から見ても腕は良さそうに見えたぜ。」

「そうなんだよな。とても腰抜けには見えないんだが。」


ヴァンスに会ったら聞いてみるかと思いながら立ち上がる。


「さて、それじゃあ俺も行くか。」


椅子から立ち上がって出口へと向かう。


「ハント!死ぬんじゃねえぞ。」

「ああ。安心しろ。」


軽く手を振って会議室を出るとブルクスが居た。


「ああ、ブルクス、斥候と魔術師が1人づつ、全身鎧盾使いが1人、クーチが1人だ。」

「あははは!クーチが1人って当たり前じゃないですか。クーチちゃんは私と一緒に後方支援部隊に居る事になるので安心してください。」

「ブルクスと一緒なら安心だな。」

「ええ。任せて下さい。」

「頼むよ。それじゃあまた明日。」


ブルクスにも軽く手を振り、ギルドから出る。


さて、そろそろ昼か。どうするかなと考えていると通りの先に、先ほど見た狼の獣人が歩いているのを見つけた。

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