第20話


シャーという水の音で目が覚めました。

いつもよりボーっとする頭でなんとか上半身を起こします。

少し飲みすぎたのかもしれません。


ガチャリという音がシャワールームの方から聞こえました。


「おはよう。」

「…おはようございます…。飲みすぎました…。」

「今日は休みにするつもりだからゆっくりでいいぞ。」

「…はい。シャワー浴びてきます…。」


ハントさんに声を掛けられましたがまだボーっとしてしまいます。

ふらふらと立ち上がってシャワールームに向かいます。シャーとお湯を浴びていると少しづつ昨日の記憶が蘇ってきます。


「私は!ハントさんに一生ついて行きます!」


そんな宣言をしてしまいました。

思い出すと恥ずかしくて顔から火が出そうです。


甘い香りのする不思議な人でした。

追われていた見ず知らずの私を助けてくれて、匿ってくれました。

何も細かい事は聞かずに、ただ頷いて私の話しを聞いてくれました。

その後は女将さんと一緒に元気づけてくれました。


女将さんに聞いたらハントさんも最近この街に来たばかりで良く知らない、ただ傭兵にしちゃ珍しく良い奴だって言ってました。

確かに良い人です。

灰色の髪の毛に、少しチャコールよりの髭が渋いです。目の下の鏃のようなタトゥーも似合っていて熟練の傭兵のように見えます。顔立ちは私より少し上ぐらいの年齢なのに父さんと一緒に居た時のような安心感があります。


そういえば抱きかかえられたり、馬にも一緒に乗りましたね。大きな手でがっしりと抱えられました。いつかは普通に抱き合えるといいなぁ、あっ!顔が熱くなるのが分かりました。

少しだけ恋をしているのかもしれないです。

はっ!急がないとハントさんが先に行ってしまいますね。

急いでシャワーで全身を流して身体を拭きます。いつも通りの服に着替えてからシャワールームを出ました。


するとハントさんはいつものように椅子に座って甘い香りのする煙草を吸っていました。足元には皮袋が並んでいます。この香りを嗅ぐと少し安心します。


「ふぅー。スッキリしました。」

「そうか、朝食を食べに行くか?」

「はい、そうしましょう!」


しっかりと返事をしてハントさんと一緒に1階に下ります。


「アイス珈琲と果実水と朝食を2人分頼む。」

「あいよ!ちょっと待ってな!」


この宿『鷲の止まり木』の女将のセーラさんの元気な声を聞くと私も元気を貰えそうで思わずニコニコしてしまいます。


「今日はギルドへ行って、査定と情報収集をしよう。あとは自由時間にしようと思うんだがどうだ?」

「はい!大丈夫です!」


自由時間ですか!何をしましょうか。一緒に散歩するのもいいかもしれません。一緒に広場の屋台で買い食いもいいですね。想像すると笑みが零れてしまいます。


「お待ちどうさん!」

「ありがとう。」


目の前に朝食が運ばれました。ここのご飯は美味しいんですよね。北部の方ではこんなに美味しいものは出てきませんでしたから。女将さんにお礼を言って朝食に手を付けます。

食べ終わったので果実水で口の中をスッキリさせます。ハントさんも食べ終わってアイス珈琲を飲みながら待っていてくれたようです。


「ご馳走さん。クーチ、荷物を取ってくるからここで待っててくれ。杖は今日は要らないだろうからそのままでもいいぞ。」


思わずはいと言いそうになりましたがいけません!

折角の自由時間なのでお洒落をしたいです!


「せっかくなので着替えます!」


そう言って慌てて立ち上がります。

ハントさんは苦笑いしてますが、女性にとってお洒落は大事と母さんも言ってました。

部屋に戻ると自分のバックパックの中からこの前買った洋服を選びます。「先に行ってるぞ」と声を掛けられたので「はい」と返して自分の洋服を出します。

これにしましょう!


早速着替えて、腰にベルトを巻いて短剣をさげます。


「大丈夫でしょうか…。」


少し不安になりますが、洋服屋さんで鏡を見せてもらった時はすごく良かったですし、店員さんも褒めてくれていたので「よし!」と気合を入れて一階に下ります。


「驚いたな。」


ハントさんがポカンとした顔をしています。さては見惚れましたね。


「えへへ。どうですか?この前買っておいたんです。」

「ああ、よく似合ってる。綺麗だな。」


綺麗?!顔が一気に熱くなります。どうしましょう。嬉しいですが恥ずかしいです。


「ほら!あんたら食堂でいちゃつくんじゃないよ!いちゃつくなら部屋でやっておくれ!」


すると女将さんが茶化してきました。部屋でってまだ朝ですよ!ってそうじゃなくて、それはまだというか…。

頭を振って邪な考えを振り払います。


「すまない。ほら、行こうか。」


ハントさんが優しく声を掛けてくれます。そして扉を開けてエスコートしてくれました。

いつでも優しいんですよね。


ハントさんの横を歩きます。横に並ぶと頭一つ分ハントさんの方が大きいです。周りからはどういう風に見られているのでしょうか?恋人同士のように見えてると嬉しいんですが。でも、さっき綺麗って言ってくれたのですごく嬉しいです。獣人のように私にも尻尾があったらちぎれるぐらい振り回しているかもしれません。


2人でいつもより空いているギルドへと入ります。

傭兵達からの視線を感じるのでハントさんの後ろに隠れるように移動します。

大きい背中です。いつもは大きいバックパックを背負っているので分かりにくいですが改めて見ると大きいです。あのバックパックは特別製で物が沢山入ると教えてもらいました。マジックバックのようなものなのでしょう。実際に見た事はありませんが、かなり貴重な品らしいです。


「さて、昨日の追加情報についてですが。あの集団以外のバンデットレイヴンは北部のアジトにいるようです。特にこちらに南下してきているという事も無く、しばらく襲撃などの心配はないでしょうね。というのもですが」


ブルクスさんはちらりとこちらを見てきました。気遣ってくれているのでしょう。


「彼らは治癒士を手に入れてこいという命令に従って動いていたそうで、連れてくるまで帰ってくるなと言われていたそうです。ハントさんが廃墟で見掛けた後、団長を含む本体はアジトへと戻り、残された者だけで探して来いと命令されたのが今回の経緯のようですね。なので、しばらくは襲撃は無いと安心してもらっていいですよ。とは言っても、傭兵は血の気が多いですから絡まれる可能性もあるかもしれませんが。」


報告を聞いて少しホッとしました。またバンデットレイヴンに追われたくはありませんから。それにハントさんにも迷惑ばかり掛けるわけにはいかないです。強くならなきゃいけません。


「あ、危ない。忘れるところでした。今回のハントさんの働きと普段の依頼のこなし方が評価されて傭兵ランクが2に上がりましたのでタグを更新しますね。」

「はい、これで傭兵ランクが2になったはずです。」


ハントさんはレベルもランクも低いんですが、動きは熟練のそれなんですよね。父と母のいた傭兵団にもし所属していたら上から数えたほうが早いぐらいの腕前だと思います。特に弓は外さないですし、短剣と体術も見事でした。

ハントさんは迷宮都市の情報をブルクスさんから聞いて


「すまないブルクス。参考になった。ここを出る前にまた声を掛けるよ。」

「はい。それではまた。」


礼を言ってギルドの外へ向かいます。その後ろをなるべく離れないようについて行きます。


「さて、この後は自由時間なんだが。」

「どこに行きましょうか!」


ここで別行動になってしまってはお洒落した意味がないので早めに言い切ります。


「それじゃあ、適当にぶらぶらするか。」

「はい!」


一緒に歩けるのが嬉しくて思わず笑ってしまいます。


その後適当に買い食いをしながらプラプラと散歩をしました。

とても優しくて、とても楽しくて幸せな時間でした。

できることならこれからも一緒に居て欲しいです。


ハントさんと一緒に宿の部屋へと戻ります。

ハントさんは椅子に座って煙草に火を付けました。甘い香りが部屋に漂います。私も向かい合うように座ってチラリと様子を伺うと、ハントさんはどこか寂しそうな顔をして「ふぅ~」っと煙を大きく吐き出しました。


「今日は楽しかったです!」

「そうか。なら良かった。」


それを消すように大きな声でニコリと話しかけます。


「さて、明日と明後日は西の森で路銀を稼いでその後で迷宮都市に向かおうか。」

「はい!私も頑張ります!」

「そうか。一緒に強くなろう。」


するとハントさんは優しく微笑んでくれました。

こんなにやさしい顔をしたハントさんは初めてかもしれません。

思わずドキドキしてしまいます。顔も赤くなっているかもしれません。


「さて、飯を食って寝るか。」


ハントさんはサッと立ち上がって、部屋から出ていきました。

私も立ち上がって後をついていきます。


1階でいつも通りハントさんはビールを頼みました。

私は果実酒を頼むことにします。2人で乾杯をしてから食事に手をつけます。


「あんたたち、良い雰囲気なのは構わないけど大きな音は出さないでおくれよ。他の客の迷惑になるからね。」


女将さんがニヤニヤと声を掛けてきました。

思わず想像して顔が熱くなります。

ハントさんの方をチラっとみるとハントさんも少し顔が赤いようでした。少し可愛いなと思ってしまいました。

母さんも言ってました。この人だと思ったら自分から攻めなきゃいけない。傭兵なんていつ死ぬかも分からないんだからね。って。

少しだけ勇気を出すためにもう一杯づつ2人で飲んでから部屋へと戻ります。


部屋に戻るとハントさんは椅子に腰かけて煙草を吸い始めました。


「先にシャワーに入ってきていいぞ。」

「あの‥」

「ん?どうした?」


勇気を出します。


「あの…一緒に入りませんか?」


顔から火が出そうです。ギュッと目を瞑ってまともにハントさんの顔がみれません。


「…いいのか?」

「ハントさんなら…。これからも一生ついていきますって言ったのは嘘じゃないです。私を見つけてくれて、私を保護してくれて、守ってくれて。まだ出会って短いですが、一緒にいると安心できて、その…、あの…。」


うまく言葉がみつかりません。

するとガバっと抱きしめられました。甘い香りが鼻をくすぐります。

ハントさんのこの匂いを嗅ぐと安心します。


そしてそのまま夜が更けていきました。

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