職業選択は自由! 転職の教会で転職に失敗しましたが、スキルアップを目指して頑張ります
マグ
転職は春休みと共に
第1話
高校1年生が終わり、明日から春休みになる喜びと、進級しても何ら変化の無い毎日への虚無感を抱えながら、ただまっすぐ帰るのが嫌だったという理由だけで、町内を目的もなくぶらぶらしていた。
だからこの町に、こんなくたびれた教会があることを発見できたのもただの偶然で。その教会の門が開け放たれていたのも、誘われるように中に入ってしまったのも、ただの偶然だ。
そして、これから俺、
外観からは古さを感じさせていたが、中に足を踏み入れると、そこは時が止まっているように美しかった。煌めくステンドグラス。手入れの行き届いた礼拝堂。そして、バラ窓から差し込む光に照らされた、羽の生えた女性の像。芸術にも宗教にも詳しくない俺が、見惚れてしまうほどにその像は美しかった。
ゆっくりとその像に歩み寄ると、像の置かれた台座に『転職の女神スフィア』と書かれていたことに気が付いた。
「転職、か。ここで祈れば、ゲームみたいに転職とかできちゃうのかね?」
最近の流行りだと、ここで祈ったら異世界に転生してチートな力を手に入れたり、無双したりしちゃうんだろうな。男としては、日々そんな夢物語を求めているわけで、少しでもそんな気分を味わってみたくなるのは仕方のないことだと思う。
そんな物語の導入部分だけでも味わってみようと、俺は女神像の前に跪き、祈りを捧げた。
「女神スフィアよ、どうか私に素敵な職業をお与えください」
「ちょ、ちょっと待って~! 祈らないでください~!」
俺が祈りの言葉を言い終わるのとほぼ同タイミングで、焦りを孕んだ女性の声が礼拝堂に響き渡った。
声の方に振り返ろうとした瞬間、空間に異変が生じる。女神の像が、突如として白光を放ち始めたのだ。目が眩むほどの光量に、俺は思わず目を瞑る。
そして、再び目を開いた時に、女神の像が人へと姿を変えていた。羽を羽ばたかせ、両手を胸の前で組んだ女性は、先ほどの像と比べられないほど美しかった。
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
鈴のように響き渡るその声は、俺の理解を越えた言葉を告げた。
俺が転職できる?いやいや、俺はまだ高校生なんですけど。就職もまだなのに、転職なんて考えられない。
「えっと、これは一体どういうことでしょうか?」
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
もう一度同じ事を告げた女神様は、笑顔を浮かべたまま指を振る。彼女の指先から白い光の粒子が舞うと、俺の目の前で四角の形状へと形を定着させた。
「え、ええっと。これは一体どういう状況で?」
あまりにもわけのわからない状況。とんとん拍子に進むストーリー。せめてもう少し説明お願いします。俺だって、まだ名前と学年の情報しか説明されていないんですが!
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
「すいません、もう少し細かい説明をお願いします」
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
女神様、村人Aみたいな感じでエンドレスリピート決め込んでくれてるんですけど!
こうなると、俺には到底理解できない異常事態だ。落ち着いて、周囲を観察して少しでも情報を得よう。
とりあえず、俺が死んで異世界転生! とかいう現代日本人の憧れ的事態ではない。残念ながら場所は先ほどの教会から変わってはいないし、先ほどから『転職』と言っておられるので、どこかの世界に転移させられる、ということもなさそうだ。
ぐるりと視線を巡らせると、修道服を着た少女が一人。慌てたような、怒ったような、微妙な表情の少女。彼女は、今にも俺に殴りかかりそうなモーションで止まっている。
「止まって、いる?」
彼女の時間が、完全に止まっていた。物理的には数秒も維持できないだろう状態で、ずっと硬直しているのだ。これは、現状を確認するためにも、触ってみるしかあるまい。
まずは少女の頬に触れてみる。幼さを感じさせるその柔らかそうな頬は、固まっているかのように硬かった。身長の割に豊満な胸やおしりも念入りに触って確認したのだが、同様の硬さを誇っていた。さらに驚いたことに、スカートの裾をめくろうにも、動く気配が一切なかった。動かないからと言って、好き勝手にはできないようである。
次は、いきなり現れた女神様に視線を向ける。先ほどから、延々同じセリフを繰り返すこのお方は、どうやら俺と同じ時間の流れにいるようだ。それならば、と思って女神様のお胸に手を伸ばした瞬間、顔面に激痛が走った!
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
まったく同じセリフではあるが、顔からは笑みが消え去り、右の拳がプルプルと握りしめられている。
って、今のグーパンかよ。村人A的な存在かと思ったこのお方は、躊躇なく鉄拳をお与えになって下さったらしい。俺にそういう趣味はないんですけど。
触らぬ神に祟り無し、とはこのことか。
俺とこの女神様以外の時間が停止した空間で、俺はどうすればストーリーを進められるんだろう。後は先ほど女神様が出現させた四角い形状の物体を調べるしかないか。
激痛の走る頬を押さえながら目を向けると、そこには、おそらく転職できるのであろう職業が表示されていた。これはもしや、チート的な力が与えられると……
取得可能職業
・見習い剣士
・見習い魔導士
・見習い闘士
よーしよーし。剣聖とか賢者とかチャンピオンとか、全くなかった。この感じだと、凄まじいチート能力とかにも期待できないだろう。
見るからに、MMOとかの初期職業選択的な感じになってる。ということは、最近のブームで残すところはゲーム内への転送的な?VRゲームとかは、現代科学ではまだまだ無理って言われてるけど、こんな辺鄙な教会にそんな技術が?
いやいやいや。ないな。どうにも厄介なところで厄介な状況に陥ったらしい。おそらくこのままストーリーを進めてはいけないやつだ。
「すいません、これってキャンセルは?」
「ようこそ転職の教会へ。あなたが転職できるのはこちらの職業になります」
よっし逃げよ!
「ぐへ!」
鼻打った。どうやら見えない壁でここから出られない様になっている。
これ、転職しなければ進まないのか……
しかし困った。職業選択の幅が狭すぎる。そして極端すぎる。
職業選択の自由って、もっと自由度が高いものだよね?選択肢があっても、「吉○家とす○家どっちでバイトする?」みたいなノリなんだけど?せめて工事現場とコンビニくらいの広さが欲しかったんですけど。
まあ、とりあえず考えよう。剣を振り回すか、拳を振り回すか。もしくは魔法を振り回すか。転職後の自分の姿が全く想像できないんですけど。
近所の喫茶店の店長が、転職後の自分が想像できない職には転職しちゃだめだって言ってたのになぁ。
それでも転職しなければいけないときはどうするか。せめて、少しでも興味の持てそうな職についてみるしかあるまい。
俺は、意を決して選んだ職業を女神様に告げる。
彼女が微笑んで指を振ると、俺の体は白い光に包まれる。
その光の中で、俺は何かが解放されるような感覚に包まれる。体を、心を、縛りつけていた何かがするりとほどけた、そんな感覚だった。
「これで転職は終了しました。お疲れ様です」
そう言い残して、女神様は光の粒子となって消えていった。
高校1年の終わり、俺は高校生からの転職を果たしてしまったようである。
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