劣等眼の転生魔術師 ~ 虐げられた元勇者は未来の世界を余裕で生き抜く  ~

柑橘ゆすら

1章

チート魔術師、転生する



「すまない。アベル。ボクたちのパーティーから外れてくれないか」



 とある日のこと。

 俺ことアベルは、このパーティーのリーダー、勇者のロイからそんな言葉を切り出された。


 突然のことで俺は二の句を告ぐことができない。



「もう世界は概ね平和だ。キミがいなくても魔族の残党はボクたちが倒せる。キミほどの大魔術師がこんな最前線にいなくてもいいと思うんだ」



 そう、俺たちはこの世界を救った。 

 この世界に暗黒の時代をもたらした厄災の魔族である《黄昏の魔王》を、ロイが率いる俺たち勇者パーティーで協力で討伐したのだ。


 もうこの世界には俺たちより強い生物は何処にもいない。



「そんなことなら気にしなくていい。俺は好きでこのパーティーにいる」


「アベル」



 強い口調でロイが俺の言葉を遮った。



「キミだって本当は気付いているんだろう? キミの持つ《琥珀色》の眼は、この平和になった世界には不要なものだって」



 今度こそ言葉が出なかった。

 ロイの言葉が頭の中でゆっくりと滑って行くのが分かる。


 この世界では、《眼》は口ほどに《実力もの》を言う。


 自分の適性魔術の系統が、己の眼の色に出るのだ。


 火の魔術に適性があれば、燃えるような赤い《灼眼》水なら《碧眼》、風なら《翠眼》といったふうに。


 けれども、それとは別に、もう一色。

 全属性に適性があり、鍛え上げれば最高峰の力を持つ眼の色があった。



 それが、俺の持つこの黄金に輝く《琥珀眼》だった。



 琥珀色の眼は、この世界では《最強》にして《最悪》の象徴だった。


 何故ならば、人間と対立をする魔族のうち、実に九割以上が俺と同じ《琥珀眼》を持っているからである。



「これはキミにとっても悪い話じゃないんだ。この後に必ず訪れる安寧の世になれば、次は人間同士の睨み合いだ。その時、キミは必ず不吉の象徴として迫害されることになる」



 そうだな。

 ロイの主張は間違ってはいない。


 この世界では《琥珀眼》を持った人間は、『魔族の生まれ変わり』と称され、物心ついた時から村人たちから石を投げられることになる。


 それに俺はただの魔術師ではない。

 勇者パーティー最強と称され、魔王を打ち倒したほどの魔術師であった。


 世界を統べる魔王を倒せるほどの勇者なんて、人間にとっては、魔物と区別のつかない存在なのだろう。



「もちろん、ただパーティーを外れてくれという話じゃないんだ。ここから西に離れたところに島があっただろう? 

 昔、みんなで行ってクラーケンを倒したあの孤島だよ。今はもう魔物もよりつかないあの孤島に別荘地を用意したんだ。キミはそこで幸せな――」


「もういい」



 笑えてくる。

 この勇者様は、長年連れ添った仲間である俺をちっぽけな孤島に幽閉しようというのか。


 俺の顔なんかもう見たくないと。出て行けと。



「望み通りに抜ける」


「そうか。すまない。別荘地の手続きはこの書類に──」


「だが、お前の案に乗る気はない」



 ロイが目を丸くした。

 その翡翠色の眼に忌々しさを覚えつつ、俺は奥歯を鳴らす。



「安心しろ。俺はもう二度とお前たちの前に顔は出さない」


「アベル!」



 俺はクルリと踵を返すとロイの元から立ち去っていく。


 ロイが慌てて何かを叫んでいる。言い方が違ったとか、他意はないとか。


 そうなんだろうな。本当に、そうだと思う。

 別にこの男が悪いわけじゃないんだ。俺だってそれくらい知っている。



 ――本当はとっくに気付いていた。



 平和になった後の世界では、俺のような《琥珀眼》の魔術師は確実に迫害の対象となることを。


 悪いのはロイじゃない。

 王国民でも、パーティーメンバーでもましてや俺でもない。



 ――悪いのは、無知で未熟なこの世界だ。



 だから俺は完成させたのだ。

 おそらくこの世界で俺以外の人間に構築することが絶対に不可能であろう《転生魔術》を――。


 移動魔法で来たこの場所は、俺の隠れ家だ。

 洞窟の奥、壁をすり抜け、石畳の廊下を走り、鋼鉄の扉を開いた。


 ここは、俺の研究室。

 何重にも結界を施した、とっておきの隠れ家。 


 だが、もう何年来てないか分からない。研究室には埃が雪のように積もっていた。



 ──仮に平和になった世界の文化が成熟をして、より知識と教養を蓄えたなら。


 ──たとえば、200年後。今よりも魔術師たちのレベルが遥かに上がっている世界なら。


 ──琥珀眼のことを受け入れる器の大きな世界になってくれているはずだ。



 遠い未来に一縷の希望を託した俺は、埃まみれの書物と、薬品、幾つかの宝石を取り出した。


 転生先の肉体については既に用意してある。


 分解をしてしまえば人体の構造などは実に簡単だ。


 俺たち人間の体を構成している元素は全部で29種類。

 人体を作っているおよそ6割は水であり、そこに炭素、アンモニア、リンなどの幾つかの成分が重なり合っているに過ぎない。


 俺は魔術によって人間を構成する物質を解析、コピーして幾度となく実験を繰り返すことによって自分の理想とする肉体を作り上げた。



 ――よし、これで完成だ。



 俺は棺桶の中に横たわり、天井を見つめる。

 急速に眠気が襲ってくるのは、この転生術式の効果。徐々に魂が剥離されていく為だ。


 瞼が重い。

 次に目が覚めた時は、この世界の時間は遥か未来へと進んでいることだろう。



 そして俺は眠りについた。



 さて。

 実を言うとこの時、俺は1つのミスを犯していた。


 それは俺が生前の仲間たちに《転生魔術》の件を全く伝えていなかったということである。


 このミスがきっかけで、後の世界の住人たちに多大な迷惑をかけることになるのだが……。

 まぁ、その件に関しては追々に語っていくことにしよう。

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