雪月花

木々暦

根ノ國道中膝栗毛より一部抜粋

 風が吹く度に鈴でもくくり付けてあるのか、左右の竹林がしゃらんしゃらんと鈴のやうな音を立てた。そよ薄木すすきは琴のこえ。空には奇妙なまあるい望月もちづきが二つつて、その一つが雲に代わつて雪を、片割れが青白い光を降らせてゐた。

 どこまでも続く石畳いしだたみは歩くたびにかあいらしいぽこぽこというふうに鳴つた。


 そのながく続く石畳の途中で、狐の面を斜めに着け、二つ月を見上げる男と出逢であつた。


「やぁ」


 男はそうつた。

 この男というのがまた奇妙きみょうな人物で、雪の降る中で薄い灰色の浴衣ゆかたを着ていた。肩口かたぐちで切り揃えられた髪で顔はわらわのやうだつたが、着ているものは男の着物だ。


 あなたはだあれ?

 すゞ子はそういてみた。


「おれかい? おれはにつかりぎつね


 男はそう答えて、につかりとわらつてみせた。すると男の頭にがつていた狐の面もにつかりと笑うので、成程なるほどこれはにつかり狐。


 この道は、どこに続いているのかしら? それともずつと続いているのかしら?

 すゞ子はさらいてみた。


 につかり狐はすぅ、と目を細めた。するとやつぱり狐のお面も目を細めるので、につかり狐はやはり狐であるらしかつた。


「この道は、狂言茶室きょうげんちゃしつに続いてゐる。そこでは弥生兎やよいうさぎと、それから人斬りのカブト職人がお茶をててゐる。雪と月と花の札をそれぞれがひいて、雪が菓子を食べ、月が茶を飲み、花が点前てまえをやる。普通、これは一座七、八人でやるのだが、何分なにぶん三人しか居ないもんで、一人で二役だの三役だのやつて、菓子は食うし手前てまえで点てた茶は手前で飲む始末。どうだい、きみもいつてみたら。奴らもきつと喜ぶだろう。でも、きみは点前をやらされるだろうねぇ」


 そう云つて、につかりにつかり哂うのだ。

 そのうち、につかりにつかり哂う狐の面より他のところが段々青く薄れてゐつて、しまいには面だけになつて石畳の上にぽこぽこからんと落ちたのだが、すゞ子がそれを拾おうとした時にはもう、石畳の上にはなあんにもなかつた。


 道を進んで行くと、につかり狐の云う通り、茶室に着いた。


 まるでいきなり目の前に現れたかのやうだつた。

 だって、道は点になるまで続いていたんだもの。


 すゞ子はお辞儀じぎをするやうに頭を低くして、狭い茶室の戸をくぐった。中ではやはりにつかり狐の云つた通り、弥生兎とと人斬りのカブト職人がお茶を点ててゐた。


 しかし何分、一人二役だの三役だのをしてゐるので、そこに居る全員が立つたり座つたりして、大層たいそうせわしいものだつた。


 茶室に入る時、人斬りのカブト職人がすゞ子に気付き、ぎろりとにらんだが、さいわいにも、茶室に刀は持って入れないために、で斬りにされることはなく、すゞ子は命拾いのちびろいしたのだつた。

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雪月花 木々暦 @kigireki818

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