第10話 襲来

★★★(河内ゆり)



私は今、T市支部の支部長室に居ます。

センパイを見守る暇が、今、ちょっと無いです。

支部長としての仕事で、必死に働いてます。

デスクに座り、パソコンを複数操作し、複数のデータベースからデータを引っ張り出す作業……

ハヌマーンの速度とノイマンの情報処理能力。

その二つを駆使し、焦りを押し殺してデータ分析していました。

舞い込んだ問題を解決するために必要なデータを。


今はこれが最優先なんです。

大惨事に繋がります。放っておけば。



……あの後、あの駅で、私は1人腕を組んで思案してました。


時間になっても誰も来ない。これはどういうこと?

もしや、あの会話は暗号会話で、聞いた通りの内容では無かった?

本当の集合場所、集合時刻は別!?


色々想像しましたが、あくまで想像ですからね。

確かめようにも、この状況でセンパイに電話掛けるのはありえないでしょう。


ひょっとしたら今絶賛デート中かもしれないわけで。

そんなことしたら「デートの邪魔するなんて。ゆりちゃんはウザい空気読めない後輩」って思われます。

いざとなればそれはいた仕方ないことですが、今はそういう段階ではありません。

だから、やれない。


……じゃあ、どうすれば?


色々考えていると。

私のUGN支給のスマホ端末が震えました。


……私の方に連絡が来たんです。UGNの方から。



とんでもないことになりました。

私がここの支部の支部長に就任して早々、まさか本当に事件が起きるなんて!



★★★(水無月優子)



ついに雄二君とキッスできました……

長かったです。


最初の疑似キッスほどの衝撃は無かったですけど。やっぱり燃え上がってしまいました。

この人は、やっぱり私の運命の相手なんです。


二人で岩場で、並んで座っています。

彼の隣で。彼に寄りかかりながら。


雄二君は、そっとそんな私の肩に手をかけてくれていました。


……素敵です。

うっとりとしてしまいます。


彼も、気づいてくれたんでしょうか?

私たち、最高だって。

結ばれるべき相手だって。


彼の表情を盗み見ます。

ちょっと、テレた感じです。


あぁ、すごく可愛いですね。


見てると、彼が私の視線に気づき、恥ずかしそうに視線を逸らします。

彼にとっても最初だからですね。

あぁ、きゅんきゅんしますね。


雄二君、初めての人で良かった……


色々、独り占めです。


「あ、そうだ」


ふたり、ゆったりと幸せを噛みしめていると。

何か思い出したのか、雄二君が口を開きました。


「何?」


「父さんのことだけど……」


ちょっと、仕事できる有能な部下の人が急に辞表を出して辞めていったから、その人の担当のお客さんを俺が担当しなきゃいけなくなった。

悪い。お前の彼女には是非会いたいが、時間がちょっと取れない。


父さんがそう言ったと、雄二君はそう私に教えてくれました。

雄二君、ちゃんと約束を覚えていてくれて、伝えて、聞いてくれたんですね。

私が、お義父様にお会いしたいってことを。


仕事が出来る部下が急に辞表を出して辞めたせいで、今、てんてこまい。

残念です。お義父様、大変ですね……。お気の毒です……。


でも、あの人、犯罪は犯していないまでも、倫理感メチャクチャでしたし、学生時代、サークルの人間関係引っ掻き回して数個ぶっ潰してしまった前科あるので、会社に置いとくと危険だったと思いますよ?

大きな目で見れば、絶対良かったと思います。


でも、私がお義父様の会社に勤めていたら、戦力ダウンした分をお支えするんですけどね。義理の娘として。もどかしいですよ。

お仕事も大事ですけど、決して働き過ぎないで下さい……


「うん、しょうがないよね。お仕事だもんね。大人の世界だもんね」


私は彼に微笑みました。

事情が事情ですもんね。ここでブーたれて文句言うようなダメな女じゃありませんよ私は。


「……ゴメンな。分かってくれて嬉しいよ。優子」


彼の優しい声。

ギュッ、と私の肩を抱く手が強くなりました。

彼の逞しい身体に、私の身体がより密着します。

拒否なんて当然しません。する理由が無いです。


「そんな。謝らなくていいよ」


フフッ、と笑って。

彼の耳にそっと囁きました。


「お義父さんに会う前に、もっと、も~っと仲良くなる時間が取れた、とも思えるよね?」


……カワイイ!

言った瞬間、彼、赤くなりました!

一体何を想像したんでしょうか?


聞いてみようかな?

いいよね?


「……仲良くなるって、具体的に何を想像したの?言ってみて?」


できるだけエッチに聞こえるように言ってあげました。

彼の股間を視界の端で注視しながら。


……あ、ちょっと盛り上がってる。


嬉しい!!


彼、ごくん、と唾を飲んで、口を開き


「それは……」


そう、言いかけた瞬間でした。


RURURURURURURU!!


……なんという間の悪さでしょうか。

鞄の中に放り込んでいた私のUGNスマホ端末が鳴ったんです。


二人、ビクッと震えます。


こんなときに!!


雰囲気が壊れてしまいました。

このラブラブあまあま空間が!


なんなのよ!もう!


ゴメン、ちょっと出るね、と断って、私は内心イラつきながらスマホ端末を取って通話回線を繋ぎました。


「もしもし?」


『センパイ!お休みの日に申し訳ありません!』


電話を掛けてきたのは、ゆりちゃんでした。



★★★(北條雄二)



「もしもし!」


俺の目の前で。

優子が声に怒気を孕ませながら電話に出ていた。


……うう。嬉しい。

俺とああいう雰囲気になるの、本当に喜んでくれてるんだな……。

喜び、悲しみ、怒りを共有してこそパートナー。

そう思うから。

こうして、同じ感情を抱いてくれてることが本当に俺は嬉しかった。


まぁ、雰囲気壊れたのは残念だけどね。


……と。


「うん、なるほど。……え?」


最初、怒りを抑えてる感じだった優子だったが。

段々、顔が真剣になってきた。


「なんでまた南極にそんな」


「どうしてその日のうちに連絡しないのよ!」


「そんな、時間無いよ!え……S区?今、S海水浴場に居るんだけど……」


俺をちらちら見ながら通話を続けている。


……何かあったのか?


「うん。雄二君居るから手伝ってもらう。だから、ゆりちゃん、雄二君に払う報酬を本部に掛け合ってね。なるべく多く。ちょっと金欠気味だから今の雄二君」


……何の話?俺に払う報酬って?


話が見えない。

混乱する俺をそのままに、優子は通話を切った。


そして。

さっきまでの甘い、恋人の顔ではなく、真剣なエージェントの顔で俺に向き直る。


「雄二君。とんでもないことになったみたい」


その一言で、俺の方もスイッチが切り替わった。



★★★(水無月優子)



『センパイ、実は2週間くらい前に、南極海で日本の捕鯨船と環境テロリストの船の船員が船を残して全員行方不明になる事件があったんです。報道方面では規制かかって伏せられてますけど』


『その原因なんですが、おそらく南極海に発生した<海の魔物>のレネゲイドビーイングなんじゃないかという見立てで』


『海の魔物っていうのは、ようは海外でクラーケンとか、シーサーペントとか呼ばれてる、そういうやつです。日本だと海坊主だとか、海入道って呼ばれてますね』


『広大な海にはそういう得体のしれないものがいるはずだ、って人間の想像力にレネゲイドウイルスが感染して発生するんです。そういうのが。たまに』


『何で南極海にそんなものが出たんだ、ですか?……情報部の見立てでは、最近ネットで『南極海のニンゲン』って噂が囁かれるようになったから、その影響だろうって見解ですね』


『世界中のUGN支部が、この件について調査してたんですけど、南極海はすでにもぬけの殻。どこに行ったんだと行方を捜してたんですが』


『……1日前に、沖ノ鳥島近海を行き過ぎた、と。そこの支部長から連絡が今日入ったらしく』


『なんで1日前なんだ、ですか?寝ててよく分からなかったそうですよ!!ええ。そうですね。意味不明ですね!!』


『兎に角、過去の文献、古文書、南極海から沖ノ鳥島近海までの距離、そういうものを計算、分析してですね』


『……どうにも、H県K市S区の海岸にあと30分以内に到達するとの予測が……え?今、センパイ、S海水浴場に居るんですか!?』


『お願いします!海の魔物を食い止めてください!海の魔物は人間の恐れが生んだレネゲイドビーイングなので、ほぼ例外なく人間を害します。放置すると大変なことになるんです!』


『え?センパイの彼氏さんも傍に居るんですか!?ええ。分かりました。報酬の件、抜かりなくやりますので、お二人で協力して、お願いします!』


……今から30分以内に、ここの浜辺に人食いモンスターがやってくるみたいです。

倒さなきゃいけませんね。私はUGNのエージェントで、戦闘員ですし。


「雄二君、とんでもないことになったみたい」


私は彼を見つめて、今ゆりちゃんから連絡を受けたことを手短にまとめて伝えました。

彼はそれを黙って聞いてくれた上


「……分かった。行こう。急がないと」


さも当然のように立ち上がって、荷物を仕舞い、準備をはじめました。


嫌だ。何で俺が。他の人に任せよう。

彼は、そんなことを一切言いませんでした。


相手が、伝説級の怪物レネビだということを理解できてるハズなのに。

恐れが無いはずがないです。


でも、彼は迷いなく私と一緒に戦うことを選択してくれました。


……それは彼が私のことを理解してくれているから。

私は、赤ちゃんのときに両親をジャームに殺されて無くしました。

ここで、人食いモンスターであるレネゲイドビーイングの上陸を許せば、同じような人を沢山生むことになるんです。


拒否なんて選択肢、最初から無いです。

私の結論が決まっている以上、彼の結論も決まってるってことなんですよ。


……ありがとう。

本当に、大好きだから。


でも。


「ちょっと待って雄二君」


……気休めだけど。


私は自分の鞄からごそごそと。

黒いバンダナを2つ、引っ張り出しました。


片方を彼に差し出します。


「……一応、顔を隠しておこう。UGNが色々手を回してくれるとは思うけど、手間はなるべく減らしておきたいじゃない?」


これで顔を隠しましょう。

ホント、ただの気休めですけど。


彼は、これ意味あるの?と疑問顔でしたけど。

黙って口元にそれを巻き付けて、顔を隠してくれました。



★★★(???)



わ~い!


やっとついた~!!


あのおいしいごはんがわんさかいるばしょに。


たべほうだいだ!!


ぼくはあるていどすすんだところでたちどまり、しょくしゅをのばした。


……ぼくはからだがおおきいからね。

みずのなかでないと、からだのおもさでうごきがにぶくなる。


それにつかれるし。


だからのばすんだ。しょくしゅを。


ぼくのしょくしゅはとてもべんりで、さきにくちがついている。

だから、しょくしゅをのばすだけで、ぼくはごはんがたべられるんだ。

えへへ。いいでしょ?


しかも、しょくしゅにはしょっかくがついてるから、めのかわりにもなる。

だから、ぼくはみずからあがるひつようは、まったくない。

しょくしゅのとどくはんいにえものがいるばあいは。


だから、とおくににげられるととてもこまるんだ。


そのばあいは、おかにあがるしかなくなるし。


……まぁ、それにかんしても、たいさくがないわけじゃないけどね。


ぼくは「わーでぃんぐ」をしようした。



★★★(下村文人)



「……佛野さん、良く寝てるよね」


「まぁ、午前中散々泳いだみたいだし、そこにきてラーメン食べてお腹膨れて、眠くなったんだろ」


ビーチの端っこ。他人の邪魔にならないような場所。

そこで千田さんと二人、敷いたレジャーシートで身を丸めて横になって寝息を立てている徹子を見やり、会話していた。

徹子を挟むようにして、並んで座っている。


「……食べてすぐ寝て。佛野さん、太らないのかな?」


「いや、そういう話はこいつからは聞いたこと無い。多分、そういう悩みと無縁ってわけじゃないぞ」


「……あ、じゃあそういう努力、佛野さんしてるんだね。……うーん、じゃあ普段は自己管理をしっかりやってるってことなんだね……」


そうそう。

こいつは意外に努力家なんだよ。

ガッツもあるしな。


見た目と才能に胡坐書いて、努力ゼロで人生を謳歌してる奴じゃ無いんだ。

誤解しないでやってくれ。


まぁ、人間のクズなのは間違いないんだけどな。

僕と同様に。


千田さんが徹子を見る目は、友人を見る目そのものだった。

かつてのように、怒り、嫌悪、嫉妬の入り混じったものではなくなっている。


……まぁ、こいつに原因が全くない、なんて口が裂けても言えないけど。

こうして、徹子のことを不当に悪く言って排除しようとしない人間が増えてくれるのは、相棒として嬉しい。


「……まぁ、佛野さんってぶっ飛んだ変な生き方してるから、悪玉化させられるのはしょうがないんじゃないかなと思わないでもないけど」


千田さん、徹子を見ながら、苦笑交じりに


「良く知らないくせに、勝手なことを言ってる奴って、やっぱ私も嫌……だ……」


パタッ。


空気が凍るのを感じるのと。

千田さんが意識を失って倒れてしまうのは、ほぼ同時だった。


何者かが、ワーディングを展開したのだ。

ワーディング……オーヴァード以外の生命体を行動不能にする、オーヴァードなら誰でも使用できるエフェクト。

効果は非オーヴァードには絶大だ。無敵と言っていいと思う。

何故って行動不能になるんだし。


しかし、問題点がある。オーヴァードには一切効果が無い上、使ったことは周辺のオーヴァードに広く感知され、結果として自分がオーヴァードであることをバラす事態を引き起こすからだ。

だから、普通は軽々しく使用したりしない。

藪蛇になるかもしれないから。


だから、僕は思った。


……ここでか!?

こんな、人が多い、こんな場所で!?

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