第4話 硬そう。と言うか、折れそう?

 何度かデートを重ねた。先輩はデートだなんて思っていないだろうけれど、誘いやすくて好都合だった。

 それが十に足るか足らぬかと言うところで、輝斗のスマフォの方に一言「別れた」とだけメールが送られてきた。

 ようやく僕の努力が実ったんだ。などと心を弾ませながら、メールではご愁傷さまですと返した。


 翌日、先輩は学校に現れなかった。


 心配になってメールを送ったが、返信はなかった。胸がキシキシと痛んだ。どうしてこれほど苦しいのだろう。思い通りになったというのに。最初からこうするつもりで作戦を企てたというのに。すべては先輩のためだと思って動いていたのに。考えたけれど、答えは出なかった。

 僕は先輩の家に行くことにした。見ないであろうメールを送りつつ。


 部屋の呼び鈴を鳴らしたら、ぼっさぼさの髪の毛の先輩がぬぼぉっと出て来て、アパートを間違えたのかと思った。光を失くしたまぶたの中のオニキスが、ぼんやりと僕の顔を映している。


「先輩」

「悪いな。心配かけて」

「いえ。ご飯食べてないかなと思って」


 ビニール袋をガサッと動かすと、入るよう促された。


 夕食の準備をしつつ、先輩に休んでいる理由を聞いた。まあ、別れたからなんだろうけれど、詳細が知りたかった。


 突然のことだったらしい。浮気するような人とは付き合えないと一方的に言われ、弁解する間もなく着拒されたのだとか。悲しみに暮れた先輩は飲めないお酒をがぶ飲みして、そのままくたばっていたらしい。机にはほよろいが3本……って弱過ぎでしょ!?


 それにしても先輩がこれほどショックを受けているとは。

 ぼーっと壁を見つめている先輩を見て、ようやく胸の痛みの正体に到達した。先輩に別れた方がいいと助言出来たのは、別れたとしても本人の判断だと思えたからだし、安瀬見あぜみの浮気写真を暴露出来たのも、別れたとしても安瀬見のせいだと思えたからだ。でも今回は違う。僕の判断で動いて、先輩の印象を悪くさせて破局させたんだ。


 どうしよう。


 はっ。なにをいまさら。全部僕が望んだことなのに。無責任にもほどがある。でも責任と言ったってどう取ればいいんだろう。


 無言のまま二人でご飯を食べていると、不意に先輩の視線が上がった。


「今日は泊まっていくか?」

「ふぇ!? そそそそんな!」

「なにを慌てているんだ?」


 あ。そうか。今の僕は輝斗だったんだ。危なっ! 今完全に女の子ボイス出るところだった。


「いえ、なんでもないです。はははっ」


 心臓がバクバク言うたび胸骨がきしんで痛い。


「お前がまだ高校生の頃、この部屋によく泊まりに来たよな」

「そうですねえ。懐かしい……って言っても3か月前の話ですけどね」


 二人で声を合わせて笑った。先輩が、ようやく笑ってくれた。

 そうだ。いつもやっていたことだ。泊まることは異常なことじゃあない。




 シャワーを浴びさせてもらってさっぱりしてから、先輩の寝巻を借りて布団に横になった。肩が落ちてしまって袖は僕の拳をすっぽり隠したけれど、横になってしまえば関係ない。電気は全部消さずに常夜灯がともっている。先輩が真っ暗だと寝れないからだ。


 寝息が聞こえた。そちらに目を向けると寝顔があった。なんだか難しそうな顔をしている。僕はと言えば全然寝れないでいた。3か月前はさっさと寝ていたのに。なんだったら先輩より先に寝ていたのに。


 あ。先輩の鎖骨凄く尖ってる。硬そう。と言うか、折れそう?


 僕は気付いたら手を伸ばしていた。オレンジに照らされた鎖骨へと。なにをしているんだろうなんて言う常識的な問いかけは、壁と天井が持って行った。今この布団の上にあるのは、好奇心だけ。触れるか触れないか、と言うところで、ガシッと腕を掴まれた。声を上げそうになるのを必死に抑えた。先輩の表情を見ようとする前に胸板が目の前を覆った。


「ごめん」


 先輩の掠れた声が頭の上で響く。抱きしめられて、身がすくまる。


「ごめん」


 何度も何度も先輩は謝っていた。誰に対してか。多分夢の中に居る安瀬見あぜみに対してだ。うなされるほどの罪悪感。僕はなんてものを先輩に植え付けてしまったのだろう。作ったのは僕で、背負ったのは先輩。理不尽な罪。


 先輩の上ずった声は、聞こえなくなっても僕の胸をキュウキュウと締め付け続けた。先輩が寝ている間に謝ってすっきりしてしまえるほど、ズルくもなれなかった。

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