第39話 綾乃と颯太、恭子と孝彦

 颯太と手を繋ぎながら、あたしの家についた。

 家の前には孝彦と恭子が立っている。

 あたしは慌てて、繋いだ手をほどいた。


「あれ~、ほどいちゃうの?」

「う、うるさい!」


 手を繋いでいた姿を目ざとく見つけた恭子が、ニヤニヤしながら問いかけてくる。

 あたしと颯太が交際を始めたことは孝彦に伝えている。なぜか傍にいる恭子も当然、知っているのだろう。

 見た目に反してイイ性格をしている恭子は、あたしをからかう気満々だった。


「大体なんで恭子がいるんだよ」

「それはもちろん、可愛い弟くんが、お姉ちゃんが盗られちゃうよぉ、って泣いてたから慰めてあげてたの」

「はぁ!? 何言ってるの佐倉さん」

「照れなくていいよ。こうやって身体で慰めてあげたでしょ?」


 恭子が孝彦を後ろから抱きしめる。

 孝彦は何やってるのさ、と鬱陶しそうな素振りは見せているけど離れようとしない。

 恥ずかしがって拒絶するような様子もなく、自然に受け入れている。

 どういうことだ!


「離れろ」

「別にいいでしょ、ねぇ弟くん」

「……まぁ、別に」

「良くない!」


 孝彦をエロをまき散らしている恭子の元から引っ張りだす。

 恭子はあたしの親友だ。でも同時にあたしの弟を狙う泥棒猫でもある。

 孝彦は渡さないぞ!

 不満げな恭子の視線から目をそらしつつ、ごほんと咳払いをした。


「改めて紹介する。武田颯太……あたしの彼氏だ」

「あーっと、よろしくな」

「……ふん」

 

 孝彦に彼氏を紹介する日が来るとは感慨深い。

 正直、あたしより先に孝彦に恋人ができると思っていた。なんとか姉としての面目躍如といったところか。


「お姉さんから、よく話を聞いてるよ。仲良くしてくれると嬉しいな」

「誰がお前なんかと仲良くするか」


 普通だと思うけど、周りから見ると孝彦はシスコンらしい。

 だからもしかしたら、颯太に反発するのではないかと心配していたが、案の定といったところか。

 どうしたものか。


「お姉さんはいつも君の話をしてくれるから、もう他人のような気がしないんだ」

「ブラコンで引いたりしないの?」

「するもんか。君のことを話すときのお姉さんはとても綺麗なんだ」

「……ふーん」

「俺ももっと君のことを知って、お姉さんと一緒に君の話をできるようになりたい」


 どうしよう。すごく嬉しい。

 2人の会話を聞いて、あたしは感極まっていた。

 あまり自覚はないけれど、あたしはブラコンらしい。恭子にもよく言われるし、仲良くなった男子がそれで引いてしまうときもあった。

 でも、颯太は違った。彼は6人兄弟の長男で、弟や妹のことをとても大事にしており、あたしの気持ちに共感してくれた。そのことだけが颯太のことを好きな理由じゃないけれど、切っ掛けになったのは間違いない。

 だから颯太が、もっと孝彦のことを話せるようになりたいと言ってくれて、あたしは心の底から嬉しく思った。


「気持ち悪いんだけど」

「まぁそう言うなって。これから接する機会も増えるだろうし、仲良くしてくれよ」

「ふん! 勝手にすればいいでしょ!」

「ははは、そうさせてもらうよ」


 相変わらずツンツンしている孝彦の頭を、颯太がワシャワシャと撫でる。

 孝彦は嫌がるそぶりを見せているけれど、手を払いのけたりはしていない。

 どうやら嫌ではないらしい。さすが6人兄弟の長男だ。

 2人のじゃれ合いを眺めていると、恭子が近づいてくる。


「上手くいきそうで良かったね」


 あたしは頷いた。

 もしも恋人が孝彦と上手くやっていけないなら、きっとその人との交際は長続きしないだろう。


「弟くんから聞いたよ。バカな勘違いして、綾乃はそそっかしいよね」

「ぐっ」

「武田くんは私じゃなくて綾乃のことが好きなんだって何度も言ったのに、中々信じようとしないし、興味ないのに私が武田くんを好きにならないか心配してくるし、かなり面倒くさかったねぇ」


 なにも言い返せない。


「でも、本当に良かった。2人はお似合いだよ」

「そうかな。へへへ」


 親友が、あたしと颯太の相性を認めてくれると嬉しくなる。


「ありがとな」

「急にどうしたの?」

「颯太に聞いた。あたしたちの仲を取りもとうとしてくれてたんだろ?」

「まぁね。でも中々進展しないし、弟くんと一緒にやきもきしてたんだからね。挙句の果てに勘違いして自棄になっちゃうし」

「ぐっ……」

「でも自棄になったからって姉弟でお風呂に入ろうとするのはどうかと思う」

「孝彦はそこまで話してたのか」


 なんでもかんでも話しすぎだと思う。

 とんでもなくバカなことをしようとしたという自覚はある。痴態を親友にバラされるのはさすがに恥ずかしい。


「あのときのあたしはどうかしてた」

「じゃあ今後は弟くんと一緒にお風呂に入らないって約束して」

「別にいいけど、なんで恭子と約束する必要があるんだ?」

「まぁまぁ良いじゃない。ほら、約束ね」


 小指を差し出してきたので、指切りげんまんの仕草をして約束した。

 わざわざ約束する理由を追求しようとしたところ、恭子が話題をそらす。


「クッキー渡した後、武田くんに告白されたの?」

「まぁ、そうだな」

「なんて言って告白されたの?」

「俺の家族になってほしいって言われた」

「わぁ、大胆!」


 颯太は家族のことをすごく大事にしてる。

 そんなあいつが家族になってほしいって言ってくれたから、最大限の好意を示してくれてるんだって感じた。

 あたしには自分は女性としての魅力があまりないと思う。はっきり言って自信が全くない。でも、颯太が好意を示してくれたから、少し自分に自信を持ってもいいのかもしれないと思うようになれた。


「もうプロポーズでしょ」

「そういうのはまだ早いって」

「まだ早い、ねぇ」

「なんだよ」

「別に~? でも武田くん、ほぼプロポーズみたいな言葉で告白するなんて、意外とかっこいいところあるんだねぇ」

「なっ!? 颯太はやらないからな!」

「分かってるよ。武田くん"は"、取らないから安心して」

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