第38話 白川綾乃

 白川綾乃、高校2年生。あたしにもついに春がやってきた!

 苦節17年。

 がさつだとか、男勝りだとか、男女だとか。泣きたくなるようなことを言われ続けたあたしだけど、ついに彼氏ができた。

 色気より食い気の人生だったけれど、こんなあたしにも好きな人ができて、紆余曲折があったけれど、ついに結ばれることになった。


 孝彦に発破をかけられ、あたしは武田の……いや、颯太の家の前で手作りのクッキーを渡した。颯太は嬉しそうにクッキーを受け取り、なんとあたしに告白してくれたのだ!

 

 一連のやり取りは颯太の家族にばっちりと目撃されてしまい、そのまま夕食に誘われることになった。

 夕食は騒がしかった。彼の家は六人兄弟で、颯太は長男だ。ワンパクな弟や妹たちは、兄の恋愛シーンに興奮して、颯太でも手がつけられないほどに暴れまわっていた。

 でも、悪くないと思った。

 あたしの親は海外に行っているから、普段の食卓は孝彦との2人だ。それはそれでかけがえのないものだとは思うけれど、こうして賑やかな食卓も素敵なものだ。

 颯太の家に突然現れたあたしという異物にも、彼らはみな温かく迎え入れてくれて、あっという間に夕食の時間は過ぎ去った。

 彼氏の母親と一緒に食事をするという大イベントだったけれど、子どもたちに振り回されっぱなしで緊張している暇もなかった気がする。


「お邪魔しました」

「いつでも来てちょうだい」


 颯太のお母さんは、恰幅のいい素敵な女性だ。六人の子どもを逞しく育てあげているパワフルな女性だ。子どもたちを相手にしているときは縮こまってしまうぐらい迫力があるけれど、あたしのことは優しく迎え入れてくれた。

 颯太に恋人ができたことが相当嬉しかったのか、目に涙を浮かべて喜んでいたことが印象的だった。


「騒がしてくごめんな」


 彼らと話すことが楽しくて、ついつい長居してしまい、すっかり日は沈んでいたので、颯太が家まで送ってくれることになった。夜の道を散歩しながら、颯太は夕食時のことを恥ずかしそうに謝ってくる。


「謝ることないだろ。むしろ楽しかった」

「ほんとか!?」

「短い時間だったけど、とても仲の良い家族なんだって分かるよ。いずれはこんな家庭を築きたいなと思えるような素敵な人たちだった」

「白川……」

「白川じゃなくて綾乃だろ?」

「ごめんつい。あ、綾乃と付き合ってるって実感がまだ沸いてなくて」

「あたしも同じだ」


 颯太と恋人になれたことがまだ信じられない。


「本当にあたしでいいのか? 恭子の方が好きなんじゃないのか?」

「佐倉に好きって言ったのは誤解だって言っただろ?」


 クッキーを渡したときに、あたしは自分のとんでもない誤解を知った。

 なんという早とちり。穴があったら入りたい気分とはまさにこのことだろう。

 孝彦にもひどい迷惑をかけてしまった。姉として最低なことをしてしまった。


「でも、一年前に恭子に告白したんでしょ?」

「こっぴどくフラれたし、もうそういう気持ちはないよ。それに、俺は綾乃の方が魅力的な女性だと思う」

「どうしてそう思うんだ?」

「綾乃が弟のことを大切に思ってるって知ったから」

「なんだよそれ」

「俺も、弟や妹たちのことが可愛くて仕方がないんだ。あいつらのためなら、どんなことだってできてしまえる気がする。周りからはよくブラコンとかシスコンって言われるし、ドン引きされることもある。元々明るくて可愛い綾乃のことは気になってたけど、綾乃は俺と同じで、自分の弟のことが大好きなんだって、綾乃と俺は同じなんだって思えば思うほど、どんどん好きになった」


 すごく嬉しい。

 あたしは弟が大好きだ。

 孝彦はすげーできた弟だ。自慢の弟だ。

 あたしが自慢できることはなにかと聞かれたら、まず最初に孝彦が弟であることを挙げるだろう。

 あたしも颯太と同じで、孝彦のためならなんだってできてしまえる気がする。


「あたしも、颯太と同じ気持ち。嬉しい」


 あたしはまだ高校生だ。恋愛経験も今までなかった。

 これから颯太とどうなっていくかは分からない。

 でも、颯太となら、家族も含め、みんなが幸せになれるのではないかと思った。


「なぁ」


 夜道を2人で歩きながら、あたしは提案した。


「手、繋がないか?」

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