第33話 一緒に風呂入るか
『ごめんなさい』
佐倉さんから、スマホで謝罪のメッセージが届く。
これで何件目だろうか。
布団にくるまるお姉ちゃんを見て、スマホのメッセージを見て、思わずため息をついた。
「はぁ」
こっちはこっちで面倒くさいことになってしまった。
お姉ちゃんが目撃したことの事実を確認するために佐倉さんに連絡したら、やらかしてしまったことに気がついてとんでもなく焦っている。
焦った彼女からのメッセージを整理すると、もうすぐお姉ちゃんからクッキーを渡されるから告白するように武田に発破をかけていたそうだ。煮え切らない態度の彼に対して、お姉ちゃんのことを好きなんでしょと問い詰め、それを肯定していたところをお姉ちゃんが目撃したらしい。
好きだと言った対象はお姉ちゃんで、佐倉さんではない。
結局のところ、お姉ちゃんのしょうもない勘違いだ。
お姉ちゃんもなんというか間が悪いというか、そそっかしいというか。呆れてしまう。
『ごめんなさい。2人は絶対に結ばれてもらわないといけないのに私のせいで台無しになって』
佐倉さんも反省している……というか、反省しすぎていて、謝罪のメッセージが何度も送られてくる。確かに佐倉さんは迂闊だったとは思うけれど、そこまで自分を責めるほどのことはしていないだろう。
今回の出来事で責任がある人物を挙げるとするなら、それは勝手に勘違いして勝手に落ち込んでいるお姉ちゃんだ。
気にしないで大丈夫だとスマホで根気強くやり取りをして、佐倉さんはようやく落ち着く。
「ふふ」
普段は余裕の態度を見せることが多いけれど、時折慌てる姿を見せてくれることもある。そんなときに相手をすることは大変ではあるけれど、なんだかぼくが佐倉さんの特別な人になれたような気がして嬉しくなってしまう。
「恭子か?」
佐倉さんとのやり取りに夢中になっていて気が付かなかったけど、いつの間にかお姉ちゃんが布団から顔を出してこっちを向いていた。
「私がこんな状態なのに、恭子を優先するのか?」
「ちが――」
「お前も恭子を選ぶのか?」
ゾッとするような低い声を出しながら、お姉ちゃんは身体を起こした。
「みんな恭子を選ぶ。学校で恭子といるとき、よく男子たちからの視線を感じる。でも、その視線の先はあたしじゃない。いつだって隣の恭子に注がれている」
佐倉さんははっとするほどの美人だ。黙って立っているだけでも、周囲の男性を魅了してしまう色気がある。誰もが佐倉さんに注目してしまうのは、男としてのさがだ。仕方のないことだ。
でも佐倉さんの隣にいるお姉ちゃんにとっては辛いことだろう。女としての自信を打ち砕かれるかもしれない。親友として傍にいる時間が長いからこそ、誰よりもその残酷な現実に直面してしまう。
「あたしだって、もっと女らしくなりたかったさ! もっと男子たちの視線を奪いたかった! でも恭子には絶対叶わないんだ……」
お姉ちゃんは自分の女性としての魅力が薄いと思っている節があったし、磨くことを諦めているようだった。それは佐倉さんという強大な比較対象が存在しているからなのだろう。
「恭子には勝てない。そんなこと分かりきってる。でも、もしかして武田は違うんじゃないかって思ったのに、結局武田も恭子が好きだった」
お姉ちゃんは佐倉さんへの強いコンプレックスを吐き出した。その有様は、まるで佐倉さんを憎んでいるかのようだった。
2人は親友だ。いつも仲睦まじく、信頼し合っているように見えた。ぼくには親友と呼べる存在はいないから、その関係を羨ましく思っていた。
でも、ぼくには2人の表面的な部分しか見えていなかったのだ。
「佐倉さんのこと、嫌いなの?」
「嫌いな訳ないだろ。恭子と親友になれたことは、私にとって最高のできごとだと思ってる。でも、嫌いになれたら、今みたいな惨めな思いにならないですんだのかもしれない」
目に涙を浮かべて自嘲した。
「親友に嫉妬するだなんて、無様で醜い女だろ?」
親友への嫉妬心を露にする姿は、ぼくの知らなかったお姉ちゃんの一面だ。
確かにそれは綺麗で見栄えのいいものではないのだろう。でもそんな姿もぼくに見せてくれたことを嬉しく思う。より一層お姉ちゃんを知ることができた。
お姉ちゃんには美点も欠点も多くある。
悪いところもひっくるめて、ぼくはお姉ちゃんを弟として愛しているのだ。
「佐倉さんだって、お姉ちゃんに嫉妬するって言ってたよ? 色んな人と仲良くなれるお姉ちゃんのことが羨ましいって」
「恭子は孝彦にそんな話をするのか。ずいぶん親密なんだな」
責めるような口調に、少し動揺してしまう。
「ま、まぁ、よくしてもらってるとは思うよ」
「もしかして私に隠れてデートしてないだろうな」
以前、佐倉さんと映画館デートをすると伝えたとき、お姉ちゃんんは強い拒否感を見せていた。そのときは理由が分からなかったけれど、今ならはっきりと分かる。佐倉さんへの嫉妬だったのだ。
そりゃあ、佐倉さんもぼくに理由は言えないよなぁ。
佐倉さんに映画デートに行けないことを伝えたとき、お姉ちゃんが反対する理由が分かるけど、自分の口からは言えないと語っていた。佐倉さんは自分がコンプレックスの対象になっていることに気が付いていたのだ。
親友でありながら、あるいは、親友であるがゆえに、彼女自身にできることはなにもなかった。ただ、見守ることしかできなかったのだ。
ある日、千載一遇のチャンスが訪れる。お姉ちゃんに好きな男ができたのだ。しかも、佐倉さんとも交流がある男子だ。その人物がお姉ちゃんと結ばれたなら、きっとコンプレックスはマシになる。
だから佐倉さんは、お姉ちゃんと武田を絶対にくっつけたかったのだ。
「お前も私じゃなくて、恭子を選ぶのか……」
「違うよ! ぼくの一番はお姉ちゃんだよ」
ぼくの一番がお姉ちゃんなのだと、本心をどれだけ語っても、お姉ちゃんには響かない。お姉ちゃんの中で、自分は佐倉さんに劣っていると決めつけてしまっている。
どうしたものか。なんとかしてお姉ちゃんに立ち直ってもらわないと。
頭を抱えながら思考を巡らす。弟としていったい何ができるのだろう。
「なぁ孝彦。一緒に風呂入るか?」
「――なんですと?」
お姉ちゃんを慰める方法を色々と考えていたけれど、すべて吹き飛んで、脳内はまっさらになった。
ぼくは大きく、そして何度も頷いた。
――お姉ちゃんとお風呂だ!!!
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