第26話 お姉ちゃんの異変

 水族館デートが終わって数日が経ったころ、突然お姉ちゃんが聞いた。


「男ってどんな映画が好きなんだ?」

「どうしたの?」

「いや、その……この前の水族館のかわりに、今度は私がデートに誘おうと思って」


 くされチンポ野郎! もげろ!

 それはともかくとして、ぼくは弟として、お姉ちゃんに聞かれたからには真剣に答える義務がある。たとえどれだけ武田とかいう憎き相手を利することになろうとも、お姉ちゃんにちゃんとした答えを返すことが弟の役目だ。


「今どんな映画やってるか分かる?」


 まずは上映中の映画を把握しなければならない。

 どんな名作をあげたところで、今観れなければ意味がない。

 お姉ちゃんは電車で30分でいける距離にあるショッピングモールの劇場で放映されている映画のスケジュールをスマホで見せてくれた。


「うーん、まずこの『好きだと叫びたい』は避けるとして」

「えっ!? 第一候補だったんだけど、ダメなのか?」


 若い女性に人気の少女漫画が原作の映画だ。鳴り物入りで実写化され、よくテレビのCMでも見かける。男勝りでスポーティなのに、意外と恋愛ものが好きなお姉ちゃんらしいチョイスだ。


「相手次第だけど、男はこういう系が苦手な人もいるし避けた方が無難だよ」

「面白いと思うんだけどなぁ」

「個人的には『キングジョー』かな」


 こっちは逆に男性に人気の少年漫画だ。

 歴史ものだから、お姉ちゃんはあまり興味がないかもしれない。

 お姉ちゃんは熱血バトルものよりも、あまーいロマンスものが好きなのだ。


「これ知ってる。前に武田たちが学校で読んでた」

「ならちょうどいい。観終わったあとに、漫画の話も聞いてみればいい。きっと気持ちよく語ってくれるよ」

「そんなもんか……分かった! それで誘ってみる。ありがとな、孝彦!」


 ぼくの頭をがしがしと撫でて、浮かれた様子で自分の部屋に入っていく。

 きっと今から誘うのだろう。


「はぁ」


 敵に塩を送ることになってしまった。

 一応ぼくは2人のことを妨害しないと決めたけど、かといって応援するつもりもなかったんだけど。

 でもお姉ちゃんに聞かれたら答えるしかない。

 釈然としない気持ちだ。

 ぼくも『キングジョー』観に行きたいなぁ……。




    ◆




 土曜日の夜、お姉ちゃんは誰から見ても明らかなぐらい浮かれていた。

 浮かれすぎて、夕食が終わった後の食器を自発的に洗い出したほどだ。

 明日の映画館デートが待ち遠しくて仕方がないのだろう。

 映画が終わった後にショッピングモールを回るつもりで、モール内に何の施設があるかをスマホで楽しそうに確認している。


「ぼくも明日、『キングジョー』を観にいくことにしたんだ」

「もしかして同じ時間だったり?」

「違う映画館に行くから大丈夫だよ」


 お姉ちゃんたちが行くショッピングモールよりも遠いけど、ぼくが行く劇場の方が大きいし、スクリーンや音響の質が良いのだ。


「友だちと行くのか?」

「友だちというか、佐倉さんと」


 ぼくと佐倉さんの関係性はなんだろう。

 もちろん恋人じゃないし、かといって友だちでもない気がする。

 姉の親友ではあるけど、それだけでもない。


「恭子と2人で? なんで?」


 スマホを机の上に置き、先ほどまでのニヤニヤ顔は消え去った。

 なぜかぼくを責めるような口調だ。


「なんでって、なんで?」

「恭子と行く必要はないだろ」

「行く必要がなくても、一緒に行っちゃいけない理由にはならいよね。佐倉さんと話してて、一緒に映画を観に行こうって話になったから」


 お姉ちゃんに映画について相談された後、佐倉さんに愚痴を言っていたら、一緒に観に行くことになり、もしお姉ちゃんたちと遭遇しても気まずくなるから、少し遠くの映画館を選んだ。


「それは……デートなのか?」

「佐倉さんがどう思ってるかは分からないけど、少なくともぼくはそのつもり」

「ダメだ! 絶対ダメ!」

「えっ?」

「恭子とデートなんて、あたしは許さないからな」

「お姉ちゃんの許しなんていらないよ」


 あんまりな言い分にムッとしてしまう。

 佐倉さんは素敵な人だ。

 弟が自分の親友に好意を抱くことは、たしかに複雑な気持ちになることかもしれないけど、だからといって禁止される謂れはない。


「それにこの前、恋愛はいいものだって言ってたじゃないか。なんで急に意見を変えるの?」

「変えてない。恋愛はいいものだと思うし、お前も自由に恋愛すべきだ」

「ならどうして?」

「相手は恭子以外にして」

「佐倉さんがダメな理由はなに?」

「それは……特にない、けど、ダメなものはダメだ」


 意味が分からない。

 はっきりと理由を提示してくれたなら、ぼくだって検討するだろう。

 でもお姉ちゃんはあいまいな返事しかしない。


「理不尽な命令は聞けないよ」

「どうしても……佐倉と映画を観にいくのか?」

「うん。もともと観たかった映画だし」


 お姉ちゃんはチラッとスマホに目を落とし、そして頭を抱える。

 しばらくして、お姉ちゃんは言った。


「じゃああたしと行く?」

「デートについてくなんていやだよ」


 そんなもの、ただの空気読めない弟だ。

 妨害するならするで、ぼくはもっと違うやり方をとる。


「そうじゃない。あたしと2人で行くんだ」

「デートはどうするのさ」

「武田にはあたしから断っておくから気にしないでいい」

「なんでそうなるんだよ!」

「孝彦は、あたしより恭子が好きなのか?」

「ぼくが一番好きなのはお姉ちゃんだ」

「じゃあその証として、恭子とデートするのは止めてほしい」


 理由が分からない。

 わざわざ好きな人とのデートをキャンセルしてまで阻止しようとするなんて普通じゃない。

 でもお姉ちゃんにとって、佐倉さんの存在がなにかの琴線に触れてしまうことは確かなようだ。

 納得はいかないけれど、お姉ちゃんがそこまでの覚悟を見せている以上はこっちが折れてあげる必要があるだろう。

 ぼくは佐倉さんとの映画デートを取り止めると伝えた。


「あたしを選んでくれてありがとう」


 お姉ちゃんは、安堵の笑みを浮かべていた。

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