第14話 くされチンポ野郎

 佐倉さんからのスマホのメッセージを確認して、僕は学校から佐倉さんへの家へと戻った。メイドさんから紅茶をもらってソワソワしていると、佐倉さんが帰ってくる。


「佐倉さん、お帰り!」

「ッ~~!」


 玄関で佐倉さんを出迎えると、急に反対側を向いてうずくまり、変な声を出しながら顔を手で覆っている。


「あれって大丈夫なんですか?」

「病気なので放っておいてください」


 メイドさんに聞いたところ、問題ないとのことだ。

 ゴミを見るような目で佐倉さんを見ている。雇い主の娘に対してやけに辛辣だけど良いのだろうか。

 佐倉さんが落ち着くのを待って客間に移動した。

 メイドさんが流れるような手つきで紅茶を出してくれる。


「すごく美味しいです」

「ありがとうございます」

「あの、今度紅茶の入れ方教えてもらえませんか?」

「良いですよ」


 メイドさんはプロフェッショナルだ。

 ぼくは仕事ができる人が好きだから、彼女も好感に値する人物である。

 姉に奉仕するぼくと、主人に奉仕するメイドさん。奉仕という部分で共通する部分があるから仲良くしたい。


「わ、私も! そのとき試飲係するから呼んで!」

「いや別に必要ないけど」

「そ、そんな……」


 メイドさんの紅茶と比較されてしまうのは少し恥ずかしいから、佐倉さんを呼ぶことには抵抗がある。折角ならより一層美味しくいれられるようになってから、彼女に提供したい。

 だから断ったのだけど、妙に落ち込んでいる。

 そんなに紅茶が飲みたかったのだろうか。だったら申し訳ないことをした。


「綾乃の相手の情報あげるから、お願い!」


 願ってもないことだったので了承する。

 ぼくは佐倉さんに、お姉ちゃんの意中の人の情報を集めるよう依頼していた。

 その情報と引き換えに交換条件を出されることは覚悟していた。どんなことでも引き受けるつもりだったけれど、紅茶をいれるだけで良いのなら好都合だ。


「くされチンポ野郎はどんなやつなの?」

「名前は武田颯太。私や綾乃とは違うクラスで、男子ハンドボール部ね。お付き合いしてる人はいないみたい」


 お姉ちゃんは女子ハンドボール部だ。直接一緒に練習する機会は少ないだろうけど、同じハンドボール部だからなにかと接点は多いはずだ。

 中々に厄介な存在と言える。


「佐倉さんから見てどういう人物?」

「ん~、普通かな?」

「普通じゃ分かんないよ!」

「だって興味なかったし……」

「佐倉さんって意外と役にたたないね」


 期待していたのにガッカリだ。

 もうちょっと有用な情報を持ってきてほしい。

 ジト目で佐倉さんを見つめた。


「ちょ、ちょっと待って! 私は興味ないけど、勉強もスポーツもできるし、結構モテてるらしいよ。彼のこと好きって女子は結構いるみたい」

「優良株ってことか……」

「そうなるのかな? 性格も真面目でいい人だと思う」

「見た目はどんなの?」

「ふっふーん、その質問を待ってました! 武田くんの写真、撮ってきたよ」


 自慢気にふんぞりかえった。

 デカい。

 ぼくは何度かあの大きな山の感触を味わった。彼女のおっぱいを意識するたびに、その感触が脳裏に蘇ってしまう。

 でも今はもっと大事なことがある。


「好きでもない人の写真を撮りたくなかったけど、弟くんのために撮ったの」


 佐倉さんは写真魔だ。

 でも、だからこそ、撮る対象にはこだわりがあるらしい。気に入った相手の写真しか撮らないそうだ。

 そんなこだわりを曲げてまで、ぼくのために動いてくれた。

 佐倉さんはいい人だ。ぼくの心はジーンとなった。


 送られてきた写真を見る。

 なるほど好青年だ。きっと誠実な性格をしているのだろう。人のよさがにじみ出ている。

 凄くイケメンという訳じゃないけど、結構かっこいい部類だと思う。

 爽やかスポーツ男子高校生って感じだ。

 想像するのも癪にさわるけど、スポーツ女子高生なお姉ちゃんと揃って並べば似合っていることだろう。


「ぐぬぬ」


 どうやら彼はちゃらんぽらんなクズ人間ではなさそうだ。これではくされチンポ野郎と呼べないではないか。

 腹立たしい。


「チンポ野郎、許すまじ!」


 認めてやるぞ武田颯太。

 お前はくされチンポ野郎から、チンポ野郎に昇格だ。


「そういえば1年のときに、告白されたなー」

「え?」

「1年のときは私と同じクラスだったけど、断ってからも友人として接してくれてるし、いい人だよ」


 前言を撤回する。

 なんてムカつく男だ。クズだ。

 こんなやつくされチンポ野郎で十分である。


「ぼくは認めないぞ! くされチンポ野郎にお姉ちゃんを渡しはしない!」


 その後も、くされチンポ野郎に関する情報を教えてもらい、いつの間にか日が沈みそうになっていた。


「それで今日はどうするの? 家に戻る?」

「うん、戻るよ。お姉ちゃんからもくされチンポ野郎のこと聞かないといけない」

「寂しくなるけど仕方ないね。今日も綾乃に何度も弟くんのこと聞かれたし」


 お姉ちゃんもぼくを心配してくれているらしい。

 それも当然だろう。

 お姉ちゃん視点からすると、ぼくが突然家を飛び出したようにしか見えないはずだ。

 佐倉さんも詳しくは説明しないでいてくれたようだし、混乱しているに違いない。

 荷物を整理し、一日ぶりの我が家へと向かう。

 佐倉さんは門の外まで見送りにきてくれた。


「頑張ってね」

「うん、怖いけど頑張ってみる」

「逃げたくなったり、辛くなったら、いつでもここに来ていいからね」


 思えば佐倉さんには非常にお世話になった。

 お姉ちゃんに好きな人ができたと知って、ぼくは動揺した。

 佐倉さんがいなければ、こうして立ち向かうことができなかったかもしれない。


「ありがとう佐倉さん、大好き!」


 感謝を口にして、ぼくはお姉ちゃんが待つ家へ走るのであった。

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