自殺クラブ

無理

第1話 私について

私がのりちゃんと出会ったのは、高校に入ってすぐのことだった。初めての高校生活に緊張する暇もなく入学式が終わり、自己紹介も挨拶も早々に、歳の割には若作りの女担任は

「友達を作りましょう!」

と言って席替えをした。私、田中紗季子(たなかせきこ)もくじを引き、前から三列目の席に移動する。同じ中学の友達は別々の高校に行ってしまったので私は実質一人だった。そのことを思い出し、椅子に座って少しむくれていると、隣の椅子がキイと音を立てた。誰か来たらしい。少し横を見ると、ボブの茶髪の私より少し小さい女の子がいた。

「蒼井中学校の、田中さんだよね?私は隣の赤松中学の乗田柚(のりたゆず)よろしくね。」

にこりと笑って手を差し出される。

「よ、よろしく」

私も手を握り返すと小さくポヒッと気の抜けたような音がした。

「へへ、引っかかった〜」

乗田さんの小さいブーブークッションが仕込まれていたのだ。

「えっ、びっくりしたー」

思わず息をつくと乗田さんは面白そうに体をころころ震わせて笑った。

今までの友達にはいないタイプの子だった。

柚という名前が嫌いらしい乗田さんに、「のりちゃんって呼んで」とお願いされたのがそれからすぐで、私達は日に日に仲良くなっていった。のりちゃんはコロコロと笑う。私があまり笑わない代わりにのりちゃんはツボが浅かった。そしてどんなことにも幸せを感じていた。ある日は「庭のチューリップが咲いていた」や、別の日には「今日は楽しみにしていたアニメを見る」など。小さな楽しみにもかかわらず彼女はよく私に話した。

「たなちゃんは私のだから」

ふふふんと私が事務連絡で話していた男子を鼻であしらったあと、私の腕にべったりと絡み付いてくる。

「たなちゃん!」

私が遠くにいてもすぐに見つけて手を振ってくる。

そして私が部活の人間関係で泣いていれば、静かに抱きしめて私の話を辛抱強く聞く。一生懸命慰めてくれる。

彼女はまるで子犬のような人だった。

その日は偶々だった。正門の前にのりちゃんのマフラーが覗いているのを見たとき、私に好奇心が湧いた。何よりのりちゃんにはいつも驚かされてきたのだ。肝試しに行けばお化けに混じって脅かしてくるし、悪戯も増えている。「ここらで一つこっちからも…」なんてことを考えながら足音を忍ばせて近づいた。


「たなちゃんは、単純だからね。」

のりちゃんらしき声がそう言った。

「うんうんって頷きながら聞いてやればすぐに私を頼る。勝手に話し出す。いやぁ、簡単だったよ。部活の話聞き出すのは。」

のりちゃんが、数人の女子と話していた。その顔に今までの子犬のような表情はなく、まるで別人のようだった。

「さすが柚、てか、仲良かったんじゃないの?いっつも一緒だったじゃん。」

「は?あっちがいっつもくっついてくるから仕方なくよ。こっちは迷惑してんの。可哀想なたなちゃんは、私以外に友達いないんだもん。ま、そうしたんだけどね。でも、それもそろそろ、飽きてきたな…

どうしよっか。」

スッとマフラーが動く。隠れていた私に、影がさす。

「ね?たなちゃん。」

あぁ、そう言われれば、のりちゃんは私を一回も『せきこちゃん』とは呼んでくれなかった。

そこから先は、どう帰ったかあまり覚えていない。確かなのは、翌日からのりちゃんは彼女達のもとへ入り浸るようになり、私はまた一人になったということだった。そしてその日を境に、私の周りではテンプレのようないじめが始まった。靴にケシカス、落書きされた教科書、トイレをしていれば上から汚水が降ってくる。

「だって、汚物は消毒しなきゃ。」

そう言ってケタケタと笑う彼女達とのりちゃんに恐怖を感じた。

(なんで私が。)

「私が、何かをしたっていうの。」

ねぇ、のりちゃん。

そう言って汚水に濡れた顔を上げると、視線が刺さった。まるで、家畜が足元にすり寄ってきたときのような、鋭い視線。それでも怯まず前を向く。私はいじめられてから一度も泣かなかった。泣いたら相手は調子にのることを知っていたからだ。

だけどのりちゃんの顔は見えなかった。

「え、ねぇ何ガチになってんの。」

「こんなの遊びじゃんね。」

他の子達が鼻で笑うようにして言う。しかし私はのりちゃんを見つめていた。

「のりちゃん、私は何がいけなかったの。」

のりちゃんがその言葉にピクリと動く。私の方に歩いてくる。私はまだ、のりちゃんのことを信じていた。友情は、ある筈だと。

「ごめんね、たなちゃん。」

と謝り、また一緒にいれるかもしれないと。

のりちゃんが私の目の前で止まる。

「ごめんね、たなちゃん。」

私も周りも息を呑んだ。

(やっぱり私は、)

「私、たなちゃんのそう言うところが、いっちばん嫌いなの。」

死んで欲しいと思うくらいにね?

「…え」

「私がどれだけたなちゃんの言動のせいでストレス抱えてたか、知らないでしょ。それなのにたなちゃんはいいね。『都合のいい可愛いのりちゃん』がいて。扱いやすい馬鹿な子だって見下して。

本っ当、そういうところが大っ嫌い。」

死ね。


口から乾いた空気しか出ない。張り詰めた何かが切れたように、涙が溢れる。

(私は、ずっと、親友に利用されていた。)

その事実だけが頭を周り夜が眠れなくなった。食べ物の味を感じなくなった。いじめはひどくなっているし、相談はできなかった。口に出したら、その事実を認めてしまいそうで。

数日後、私は学校の屋上に立っていた。

何もかも白昼夢のようで、私は足元もおぼつかないまま立っていた。

柵はもう超えてある。数階下に見える地面が揺れて見える。死ぬことはもちろん怖いが、

私にとってそれ以上に怖いのはまたこの日々を生きることだった。

荒くなる息を無理やり押さえつける。淵まで足を踏み出す。一瞬体が揺れたあと、空が見えた。目をぎゅっと瞑る。


(お母さん、お父さん、ごめんなさい。私はもう、生きられない。)

走馬灯が駆け巡った。


その時。

ガクンッ

体が急に止まった。いや、左腕が、誰かに掴まれていた。上を見ると窓が開いている。そこからピンと伸びた真っ白い細い手が、私の左手首をガシッと掴んでいた。

「うおっしゃあ、つーかまーえたぁ…新入部いーん!」

「うわあああっ」

一気に体が上へと持ち上がり、中へと引きずり込まれた。床に倒れ込み、体を少し打ち付けた。

「いったた」

「あーはは!この最強美少女ソラ先輩に助けられて良かったね!後輩!なにせあたしは天才秀才完璧で、女神のように慈悲深い思慮にあふれた人格だから!一切心配することはないからね!その代わりソラ先輩ってしっかり呼ぶこと!私のような超人を褒め称えていたら1日が終わってしまうからね!その代わり先輩ってつけなかったらデコピンするからね!痛いやつ!それよりあたしに助けられてどう?どう?お礼の言葉は簡単にでいいよ〜?例えば『ありがとうございました。あなたのような美しくお優しい先輩に救っていただけて私は感謝感激あめあられ「ちょっと!」

ん?」

私は思わず目の前の「ソラ先輩」の言葉を切る。だってこの人、うるさいし何より私の話を聞かない。

(だけど、今はそれよりも)

「なんで私を止めたんですか。私は、死にたかったのに!」

行き場のない怒りがソラ先輩に向かう。

「くだらない偽善心で邪魔しないでください、私は。」

絞り出すように言った言葉に、ソラ先輩がきょとんとした顔をしていた。

「私は、死にたいんです!!」

「いや、あんた死んでるよ。」

「は?」



(は?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自殺クラブ 無理 @muri030

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ