過ぎ去りし夏に思い巡らせ

大宮 葉月

いつもと違う夏を過ごした人達に、いつもの夏を雰囲気だけでも

 遠くから祭り囃子と太鼓がどんどん鳴る音が聞こえてくる。

 

 季節は夏。セミ達が短い命を精一杯鳴らしている。うるさくて、でもいつもと変わらないそんな夏の夕暮れ。くれゆく夕陽の光を帯びた山の方から、ひぐらしのもの悲しい鳴き声が聞こえてくる。


 前を行く親子連れの小学生と思しき男の子。青い子供用の浴衣を着て今から元気にはしゃいでいる。前を向いて歩かないと転ぶぞ! と日焼けして真っ黒な父親がしょうがないといった雰囲気で注意する。どうやら仲の良い家族のようだ。


 お祭り目当ての様々な人達が織りなす行列は例年以上だ。今年は外国から来た人達も多そうだ。慣れない浴衣を着て下駄をからんころんと鳴らし、お国の言葉で楽しそうに笑っている。

 言葉が分からずとも楽しいという気持ちはなんとなく伝わってくるものらしい。

 

 

 参道には今が稼ぎ時と言わんばかりのお祭りといえばこれ! という定番のメニューの美味しそうな匂いが、自然と食欲を刺激する。


 ソースが掛けられ青海苔がまぶされたお好み焼きやたこ焼きに、色とりどりのシロップが掛けられたかき氷。チョコレートがコーティングされたチョコバナナや、食べてる途中で手がベトベトになるリンゴ飴。他にも食べ歩きしやすいジューシーなフランクフルトにステーキ串、ホクホクのバターがとろりと溶けるじゃがバター、串焼きして醤油をかけて炙ったイカ焼きなどだ。


 どれも美味しそうでついつい財布の紐が緩んでしまう。


 ベンチや屋台の一角のテーブルではテイクアウトした縁日メニューで、一杯やってる大学生らしき集団もいた。スマホを構えてSNSに挙げる写真を撮影したりと楽しそうだ。


 食べ物の屋台を通り過ぎると、いよいよお祭り会場である神社の境内だ。

 入り口は混み合っていて、人の流れに任せているといつの間にか賑やかな人々の中にいた。


 輪投げに的当て、くじ引きに並んでる商品はどれも魅力的だ。

 視線を移せば小学生らしき女の子達が水で破れやすい網とお碗を持って真剣な表情で、水槽の中で呑気に口をパクパクさせている金魚を掬おうとしている。


 中でも紫の朝顔が刺繍された浴衣を着ている、周りの女の子達とは控えめな印象を受ける小柄な少女が、何匹も金魚を掬っている姿に周りの人達も驚きの声を上げていた。


 水面の上でお碗を構え、破れやすい「もなかの網」を器用に使い最小の動きで金魚を掬う様子はまるで手品のようである。結局十匹程掬うと網は破れてしまったのだが、遊びに来ていた友達どうしで仲良く分け合ったようだ。


 その場にいるだけで楽しい気持ちになれるお祭り会場の奥では、大人数で踊れる「盆踊り」の会場も用意されていた。中央の櫓の上には四方を向くように和太鼓が並び、スピーカーから流れている東村山音頭に合わせどんどんどんと、鉢巻きをして背に「祭」の一文字が書かれたはっぴを着た太鼓打ち達が熟練の技で会場を盛り上げる。思わず踊りたくなる和太鼓の拍子に、浴衣を着てこなかったことを少しだけ後悔した。


 



 祭りの雰囲気を堪能しているうちに、日はすっかり暮れていた。

 夜の7時を過ぎてようやくまだ薄らと明るかった西の空も夜の帳に覆われた。


 ドン。ばららららららっ——————。


 南の方角にある海水浴場の沖合から夜空に火花が打ち上げられる。

 夏の夜空を彩る、艶やかな火の花。


 最初に打ち上げられたのは菊花火だ。

 橙色の火の粉が尾を引きながらまるで星のような菊の花を夜空に咲かせる。

 やがて火花の先が紅、青に変化し残滓を残して火の花は散る。


 次に打ち上げられたのは牡丹花火だ。

 空高く打ち上げられた火薬玉が炸裂し、星を作った。紅色の輝きが勢いよく花弁の外へと飛んでいく。火花が散ってから次の火薬玉が打ち上げられるので、まるで音と光の速度が逆転したようだ。


 宵闇に花開く火花に見惚れる。夜空の宴はこれからが本番だ。


 


 次々と打ち上げられるのは三重芯菊・四重芯菊。


 夜空に焚き火のような形の火花が幾重にも重なり、蕾から三重の菊が勢いよく弾ける。

 ぼっぼっぽっという音が一直線に飛んでいった後、大きな花を咲かせる迫力ある光景に境内からは驚きの声が上がる。


 周りを見渡せば腕を組んだ様々な年代のカップル達が、火が作り出す花々の美しい共演を腕を組んで仲睦まじく眺めている。


 夏は人を開放的にする。それも今宵は祭りの夜だ。

 日頃の様々なしがらみや、生きる為になすべき事をいっ時でも忘れ、暑さですらも夕涼みに変えてしまうのがお祭りの魅力なのだろう。


 

 どん! どん! どん!、と花火が打ちあがるペースが段々と早まる。


 何処かで見たようなキャラクター達の顔が夜空にぽっと現れては消える。

 あれは、最近本屋さんでよく見かける漫画のキャラだろうか。


 

 漫画のファンらしき小学生が「○○郎と○○子だー!!」とはしゃいだり、中学生と思しき子達がスマートホンのカメラを消えないうちにと夜空に向ける。いわゆる型物花火はなおも続き、火花が形をなす度に歓声が上がった。



 楽しかった花火もそろそろ終わりのようだ。

 過ぎゆく夏を惜しむように次々と打ち上がる夜空を彩る光の乱舞。


 弾けるたびにどよめきが上がり、同じ空を見上げる友人同士の絆は深まり、思い人と過ごす時間はより心のアルバムにしかりと残ることだろう。


 光と焔の共演の最後を飾るは柳の枝のようにしだれる黄金こがねの枝。

 次々と打ち上がる火薬玉が連鎖するようにはじける。光の線が曲線を描きそれが十重二十重と重なって、空から地表に落ちていく。


 夜空を覆う光の大波を人々は思い思いに眺めていた。






 楽しい時間というのはあっという間に過ぎるものだ。

 夏とは長いようで短い。この時期に地中から這い出て、翅を精一杯伸ばして鳴く短い命を謳歌するセミ達のように。

 

 されど過ぎゆく季節を惜しむように、全力で楽しむからこそ思い出はいつまでも色あせず残るのだろう。


 


 お祭りからの帰り道、民家の庭で腰を屈めて慎重に小さな火花を落とさないように競い合っている幼い兄妹を見かけた。


 じじじ⋯⋯と不安定な火の玉は揺れてぽとりと地面に落ちる。



 気づけば秋のが風に混じり始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

過ぎ去りし夏に思い巡らせ 大宮 葉月 @hatiue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ