相合い傘をしたくなる話

どこにでもいる小市民

相合い傘をしたくなる話

 ある日の学校帰り。校門を出ると雨が降っていた。



「うわっ、最悪〜」



 私、明梨あかりは夕方なのにどんよりと曇った空を見上げて呟く。


バサッ!


 隣を見ると、家が近所で幼稚園から同じ場所に通い、現在はクラスメイトの拓磨たくまがいた。

 彼は高身長でメガネをかけている。あまり他の人とは喋らず一人でスマホを弄っているだけの奴だが、一部の女子から結構人気があるのだ。


 彼は大きくて黒い色をした傘を広げ、そのまま一人で帰ろうとする。



「いや、普通『入るか?』とか聞くくない!?」



 私はつい声を荒げて拓磨にそう言ってしまった。これでも昔は結構仲が良かったのだ。

 幼稚園の頃「私大きくなったら、拓磨くんのおよめさんになる!」と、今から考えるとめちゃくちゃ恥ずかしいことを言うくらいには……。



「え? ……あ、入るか?」



 拓磨は突然私に声を掛けられたことに驚きつつも、私が言った通りのセリフでそのまま尋ねてきた。



「……うん。入れて」



 私は自分が図々しく思え、顔を少し背け赤くしながら大人しく傘の中に入る。



「「………………」」



 学校からしばらくの間、二人は何も話さない。聞こえるのは雨の降る音だけだった。



「……ねぇ」


「なに?」


「なんで入れてくれたの?」



 私は唐突に琢磨に話しかける。この沈黙に耐えきれなかったからだ。にしてもその質問はないでしょ。自分から頼んでおいてさぁ……。もう、私の馬鹿っ。



「なんでって……明梨が頼んできたからだろ?」


「いや、お互いクラスは一緒だけど、こうして話すのは久しぶりだったじゃん」



 クラスでは私は仲の良い友達5人ぐらいといつも一緒にいる。琢磨とは小学校高学年くらいからは疎遠だった。クラスの人たちに色々からかわれるのが嫌だったからだ。


 そのせいで、私はその時ぐらいから拓磨と距離を取り始めた。だから、さっき今やってもらったらお願いをした時も、内心自分では焦っていた。

 彼は本心では私の事をどう思っているのだろう。もしかしたら、嫌っていたのに無理やり押し入る最低な女って思われているかもしれない。



「そんなの関係あるか。お前が風邪なんて引いてみろ。俺は死ぬぞ?」


「ふぇっ!?」



 えぇぇぇぇぇぇっっっ!?!?!? 拓磨が真顔でめちゃくちゃ重たい事を言ってきたんだけど!? でもめちゃくちゃ嬉しいと思う私はもうダメかもしれない。



「間違いなく母さんに殺される」


「あ……そっちか」


「あ、でも父さんは優しいぞ?」


「違う、そうじゃない」



 拓磨の天然に振り回された事に内心腹を立てる。しかし、これは彼の素なので反論しにくい。

 クラスの誰よりもその事を知っているので、その行為はむしろ逆ギレだ。



「……ちょっ、あんた肩濡れてるじゃない!?」


 ふと拓磨の方を見ると、肩が濡れていた。私の肩は濡れていない。つまり、拓磨は傘を忘れた私を濡らさないために、自分の肩を濡らしているのだ。

 嬉しさで胸がいっぱいになる。顔も赤くなっているだろう。



「さすがに二人はきついからな」



 そんな中でも、拓磨は無表情を貫き、そう小さく呟いた。



「そうじゃなくて……あ〜、ほら……これで良いでしょ?」



 私は拓磨と肩をくっつけて歩くようにする。自然と顔は近くなり、尚更顔は赤くなっている事が自分でも分かる。



「た、確かに肩は濡れないな」


「で、でしょ!」



 拓磨の私の行動に対する無難な答えに、私は恥ずかしさを押し殺し、勢いで誤魔化そうとする。


「でも……その、恥ずかしいんだけど……」


 拓磨が初めて態度を表情に出す。目を背け、反対方向を向く。しかし身長差もあり、彼の口がにやけている所を、私はしっかりと確認していた。



「言わないで! 私もそう思ってたんだから!」


「じゃあ……やめる?」



 私が大袈裟に反応したことに、拓磨はそう尋ねてくる。



「やる!」



 当然私は大声でその事を伝え、拓磨ともっとくっついた。そしてしばらくすると、いつの間にか二人の関係性もくっついていた。その事をまだ、今の私は知らない。


 今はただ、拓磨の優しさと温もりを感じていたい……。ただそれだけだった。


 いや、最初に最悪と罵ってしまった雨に謝罪と感謝を申し上げることも忘れなかったが。

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