洋裁店の秘密
安太レス
第1話
「あきひこぉ、ほら、見て見て。パパからメールだよ。今日ご飯ご馳走してくれるってさぁ」
目の前のセーラー服を着た女子生徒がスマホの画面を僕に見せつけた。
「そう、良かったですね。香澄先輩」
ぶっきらぼうに答えた僕であったが、僕が香澄先輩と呼んだその女子生徒は、白い歯を見せてにっと笑った。
「あはぁ、これも女の特権さ。羨ましいかぃ? 男はないだろ、こういうの」
「別に、羨ましくないです。良く知らない大人と一緒に食事なんて、ありえないし」
岡崎香澄。僕が香澄先輩と呼ぶその人は1年上の女子生徒でちょっと奇行癖のある先輩だった。
見た目は美人なのに、髪はボサボサ、爪も切りそろえず、短いスカートが風でそよいでパンツが見えてもおかまいなし。
女らしいところが少なく妙に男っぽいところがあった。たまに男っぽい口調になることもあった。
そのくせ、男子の間では頼めばいつでもやらせてくれる、肉便器として有名。
おまけに援助交際とやらもやっているといわれていた。
女子の間からも頭のおかしな女として避けられている。
本来僕はこういう人とはかかわり合いを持ってこなかった。
なるべく近づかないようにしていた。
その僕が香澄先輩と知り合ったのは理由がある。
僕は学校にいる間、パシり屋扱いする嫌な連中から逃れるようにしていた。
昼休みや放課後、校舎の裏に隠れて時間が過ぎるのを待つ。
いいように使いっぱしりをさせられ、金をせびられる。
それらから逃れるためにいつしか僕はこの校舎裏に身を潜めるようになった。
そしてそこにはいつも香澄先輩がいた。ただボーっと空を眺める先輩。
一体何を考えているのか見当もつかない。
お互い何かするわけではない。
僕もこういう女性はそれほど好まない性質だ。
これまでも何度もこうやって顔を会わせるが、会話はほとんどなかった。
あっても、時折思い出したように取り出したスマホをいじりながら、どこで男の人と待ち合わせだとか、お金やプレゼントがもらえるとかそんな話をしてくるぐらい。
だが、今日の昼休み。香澄先輩が話しかけてきたのだ。
「ねえ、あきひこ」
「なんですか?」
「あんた生まれ変わりたいと思ったことある?」
しかも、突拍子もない質問をしてきたのだ。
「何を言うんですか? 香澄先輩?」
驚く僕に彼女はおかまい無しに続けた。
「あるだろう? 今のくそみたいな自分を変えてみたいって」
そしていつになく真剣な眼差しと微笑を浮かべた彼女はまるで僕の心を見透かしているようだった。
「な、馬鹿にしてんなら僕いきますよ」
立ち去ろうとしたところで先輩がポツリとこぼした。
「あんた、あたしと同じにおいがするんだよ。だからわかるのさ」
僕は足を止めて振り返った。
「先輩に……僕の何がわかるっていうんですか?」
「わかるさ。変わるきっかけをずっと探し続けてるんだろう? 昔のあたしにそっくりさ」
自信に満ちていた。
「香澄先輩が僕と……?」
思わず絶句した。僕の本心を言い当てられたような気がしたのだ。
確かに僕は幻滅していた。今のこの世界を、現状を、そして他でもない自分自身に。
この学校も、僕を使いパシリにするやつらもそしてそれに反抗できない自分自身もーー。
そして先輩はボクとは違った世界にいると思っていたのに、先輩は僕を同類と思っていることにも衝撃を受けた。
「そうだねえ、どうせならあたしみたいに女になるってのはどう?」
「は?」
いよいよ言っている意味がわからなくて、言葉を失った。
だが、先輩の言うことに耳を傾けざるを得ないぐらいに今の僕は気を呑まれていた。
「マジ、お勧めだよ。女って楽できるしさ。あんたにぴったりさ」
「や、やめてください、そんなこと思うわけ……」
「いいや、あんたあたしみたいに女になった方が良さそうだからさ」
そういうとスカートの中に手を突っ込んでモゾモゾやり始めた。
「すっげー気持ちいいよ、女って。 逝った時に天に昇天していくような衝撃が全身を突き抜けていくんだ。男とは比べもんにならないよぉ」
先輩は男の目など気にせず自慰をする。
奇行癖の1つだ。こういうことを羞恥心のかけらもなくやるから先輩には女子の友達などいない。
学校中から痴女として見られており、男だってSEX目当てで近づく奴以外、先輩と親しい人間はいない。
「男のオナニーなんかよりずっと楽しいよ。あきひこも味わいたいだろ?」
「そんなの女の香澄先輩がわかるわけないじゃないですか」
「いいや、わかるよ。あたしはどっちも知ってるからさ。あたしは以前は男だったからね。あんたにも教えてあげるよ。女になる方法」
「香澄先輩、気は確かですか?」
僕の想像以上だ。香澄先輩は壊れた人間だ。
でも、先輩の言う言葉は何故か僕の心を捉えていた。
「ふふふぅ、聞いてみたいかい? あたしの話。ひょっとしたらあんた今の惨めな人生やり直せるかもよ」
あれから数日後の放課後。僕は今、香澄先輩から聞いたとおりの場所に向かっている。
(どうかしている……香澄先輩だけじゃなく僕自身もだ)
心の中で自嘲気味に呟いた。
(あんな壊れた先輩の言葉を信じるなんて)
だが先輩が言ったことはあたっていたのも確かだ。
僕は変わりたかった。
―あきひこ、あんたも気づいちまってるんだろ? 今の自分なんてひと思いに捨てちまえば楽になるってさ。昔のあたしも気付いたのさ。今は、もう幸せさ―
傍から見た先輩は幸せには見えなかった。俗にいう、う〇こずわりでスカートもおっぴろげて締りのない顔で秘所を弄んでいる痴女。
淫乱で羞恥心のかけらもない。
でもこれはこれで先輩の心の世界では幸せなのかもしれない。
僕は先輩よりもましだーーあんな人間にはなりたくないと思っていたが、それは間違いだったのかもしれない。
それに比べて僕は……自分を卑下して悶々とした日々を送っているーー。
どっちがましかなんていえないじゃないか。
「あった、本当にあった……」
僕は思わず唾を飲み込んだ。
ここが先輩の言っていた店か。
人通りの少ない裏道にひっそりと佇むその店を眺めた。
場末の洋裁店。
だが門構えはそれなりだ。
大きなガラスのショーウインドウには学生の制服が飾られてている。
うちの学校はもちろん、周辺の高校、他県の学校のまであるらしい。
言葉通りだった。
ここではあらゆる制服を取り扱っている。
ただし、女子用の制服のみーー。
「その店は女子の制服専門の店なんだ。しかも、ただの店なんかじゃない」
たしかに様々なタイプのセーラー服、ブレザー、ブラウス、スカートが所狭しと陳列されていた。
ある意味壮観だーー。
僕はしばし眺めた。
だが、通りに面したショーケースは僕が思い浮かべているものはなかったけれど。
中に入って確かめてみないとわからない。
それに女子の制服を眺め続けるのは、街中ではばかられた。
意を決して店内に足を踏み出す。
こういう店に入るのは始めてだ。
今まで洋服なんて量販店の店に陳列されているものしか買ったことないし、こういう仕立てや洋裁のような製作現場を持つ店なんて縁がなかった。
いかにも服職人の店という雰囲気がある。
入り口のガラスドアにも○○学園制服取り扱い、という張り紙がいくつもべたべた貼られている。
そしてついにドアを開けた。
店の中ではさらに色んな学校の制服が陳列されていた。
ただし全て女子専用。学生服でみるからに男子の僕だと不自然だ。正直学校の先生に見つかったらその場で捕まえられて親を呼び出されそう。
まだ店に入っただけだ……。
そう心の中で言い聞かせた。
その上店の人に声をかけるには……勇気が必要だった。
僕の目的が何なのか直接、声をかけて伝えないといけない。
「あ……あ…う」
陳列棚に挟まれた通路を抜けて、レジの前に立った。
だが声がでない。
でも……やらないといけない。
僕はこの時のために貯めたお小遣いを全て下ろした。小学校の頃からずっと貯金してきたお年玉もーー。
そしてこの店をやっと探し当てたんだから。
「あの……」
店のレジに立っていたのは若い女性の店主だった。
肩にかかったウエーブの髪をかきあげる。
「あら、いらっしゃい。何かご注文ですか?」
口ごもる僕に話しかけてきた。
やさしそうな顔だ。
とりあえず不審者として追い出されることはなさそう。
少し緊張感が和らいだ。
そして握り拳に力をこめた。
まずは採寸をお願いしろ、というのが香澄先輩の証言だった。
「さ、採寸をお願いします」
ついに言葉を発した。
「あら採寸? わかったわ。採寸して欲しいのは君の学校の学生服かな? みたところ、城東実業高校みたいだけど。この店は見ての通り女子の制服が主だけど、頼まれれば、男の子のものもできるわよ」
お姉さんは当然の返しは当然だった。僕の着ている制服は地元の学校で、よく知られている。
ドキドキ胸が鳴る。
緊張と恥ずかしさで思わず、「はい」と答えてしまいそうになる。けれども最後の勇気を振り絞った。
「いいえ、双葉、双葉女子高の制服で採寸をお願いします」
ついに言った。
もしあの先輩の話が本当じゃなかったらどうしよう―ー
下手したら変質者で通報されちゃうかも。
だが……店のお姉さんは、笑顔に変わる。
「あなた、特注のお客のようね。大丈夫よ。こっちへいらっしゃい」
お姉さんは僕を奥の方へと手招きして誘う。
「どうやら君はうちの噂を聞いてやってきた子ね」
店の裏方へと僕を招いた。
どっと安堵の汗が背中に流れた。
本当だった。やっぱりここだったんだ。
ここが噂の洋裁店。先輩の話は間違いではなかった。
ここで作られた制服を着るとその学校の生徒になれるという不思議な制服を仕立てる店。ただし女子専門。
まさか本当にあったのか――。
(いや、まだわからない)
緩みそうな気持を抑えた。
連れてかれたのは裏の小さな窓の無い小部屋。そこは布きれやハサミ、大きなミシンなどの機械などがあった。
洋裁の仕事をする場所だった。
「すぐに終わるわ。そこに立ってくれる?」
そしてそこで、上着を脱ぐように指示された。指示通り上着を脱いだ。
お姉さんはテキパキと背丈、胸囲、袖丈、ウエストまで手早く測ってゆく。
一見するとただの服の採寸だ。
その間お姉さんと話した。
「その制服、あなたは城東実業高校でしょ? ここから少し先にある……川縁にあるところでしょう?」
これだけの制服を扱ってるだけあってお姉さんには僕がどこの生徒かまるわかりだった。
「でも、あなたは双葉高校の制服を選んだけど今の高校じゃだめなの?」
「はい……」
「双葉女子高校は、お金持ちの令嬢が通う女子高よ? 校則が厳しいし……レベルも高くて勉強も大変よ。でもそこの生徒の女の子になりたいのね?」
僕のやろうとしていることも、お姉さんに完全にばれている。隠してもしょうがないことだ。
「どうせなるのなら、以前憧れていた子が通う学校にいきたいんです」
「ふふ……」
「一緒に学校に通って一緒に勉強して遊んで……」
「正直でいいわ」
「それに……今の学校でやってくのに疲れました」
「どういうこと?」
「僕は昔から体が小さくて、弱っちくて……幼い頃から馬鹿にされてました」
「そうだったの……」
お姉さんは いちいち頷いてくれる。
そして聞いてくれた。
「小さいころは……格闘技を習ったこともありました。いい成績とって見返してやろうと思ったこともありました。でも全部駄目だった。
だから僕自身が変わらないとだめだと気付いたんです。僕という存在そのものがだめだって……」
今の男子の自分として生きた人生に幻滅していた。
小学校のいじめ、中学校の除け者扱い。
「高校でも変わろう、もっと強い自分になろうとしたんですが、かえってそれがいけなかったんだと思います。変な連中と付き合うことになったんです」
積極的に周囲と付きあおうとして、悪い連中に引き込まれてしまい、今ではそいつらのパシり奴隷扱い。
結局高校デビューも壮絶な失敗で、長い残りの高校生活も真っ黒に塗りつぶされている。
そうした状況から抜け出せない自分が一番憎かった。
全てをリセットして新しい自分になりたかった。
先輩の指摘は図星だった。
新しい自分に変わることが出来るのなら、女の子でもいい。
それにーー。
女の子なら、もうチビとか力が弱いという理由で馬鹿にされることはない。コンプレックスもない。
それにーー。
それどころかあの香澄先輩のようないい加減な生き方でも男が寄ってくる。
ちやほやされる。そんな妄想を心の中でしていた。
「なるほどね、これがあなたにとって未来を切り開くための手段だった、ということね」
「あ、あの……もっとちゃんとした理由が要りますか? もっと女の子になりたかったとかじゃないと」
実際僕には女子になりたいという願望があったわけじゃない。
「だめですか?」
やたらと突っ込んできたのでついつい答えてしまったが、ふと不安になった。
「構わないわよ」
「良かった」
優しい言葉で答えてくれた。
「でも……」
不安の目を向けると、お姉さんは採寸の作業をし続けながら僕に忠告をする。
「わたしは注文されたとおりに作るわ。心配はしなくていいわ。でも……さっきもいったとおり、双葉女子高校は女の子でも憧れる名門校よ。あなたはその生徒になったとして、それを受け入れるだけの覚悟はあるかしら?」
「はい、今度こそ僕は……」
それからほどなくして採寸は終わった。
「出来るのは一週間後なので来週取りに来なさい」
「はい」
別れ際にお姉さんに言われた。
あんまりあっさりしてるから拍子抜けした。
採寸自体はごく普通に測るだけだった。
緊張から解放されたことと、目的どおり制服の採寸が終わったお店を出ると顔が綻んだ。
これで来週には僕は本当に双葉女子の生徒になるのだろうか?
あの濃紺のスカートに白のブラウス、スクールセーターを着られるのだろうか?
そう思うとなんだか恥ずかしいし、ドキドキした。
とても想像できない。
ともかく来週全てがはっきりする。
その日はなかなか寝付かれなかった。
次の日から僕はまた学校でパシり、奴隷の日々に戻った。
「よう、あきひこ、ちょっとジュースかって来いよ」
「は、はい……」
「俺はタバコな」
「そ、そんなの無理です、店に行っても断られちゃうよ」
「ああ? つべこべいってんじゃねーぞ! 店がだめなら職員室でかっぱらってこいよ!」
「うう……」
僕は相変わらず虫けら以下の存在だった。
でもこんな苦しみから解放されるから。あと少しの辛抱だ。
それでお前らとはお別れだ。
そう思うと気力が湧いてきた。
足取りも軽い。
そうだ。その前に遣り残したことがあった。
走り出しながら僕は思いだした。
「ち、なんだ。あきひこの奴。最近妙に生き生きしやがって」
「そういえば最近相手してなかったからな、今度一発やってやるか」
校舎裏には香澄先輩がいた。あいかわらずボサボサの長い髪を時折掻き揚げながら、ぼんやり空を眺める。
「あきひこ、あんた行ったんだねあの店に」
いつもどおりの香澄先輩だった。
「……はい。先週に行ってきました。なんでわかったんです?」
「何かふっきれたように表情がスッキリしてるからね。こないだまでとえらい目の輝きも違うよぉ」
「先輩の言ってたこと、本当でした。ちゃんと制服作ってくれるって。明後日には出来る予定です」
「ふうん、どこの学校の制服だい?」
「双葉女子です」
「あはははは、こりゃいいや。あたしの話、本気で信じたのかい? この話、信じたのはあきひこ、あんたが始めてだ」
別にまだ完全に信じきったわけではない。ただほんのちょっとの希望に賭けてみただけだ。
失敗したら、それはそのとき思案すればいい。
「一つ聞かせてください。先輩は、何で女の子になろうと思ったんです?」
すると、先輩は笑うのを止めて、いつもおぼんやりした表情に戻った。
「さあね、どうしてそんなこと思ったのかもう忘れたよ。昔のことは、あんまり思い出せなくてねぇ……でもなんかあのときのあたしは、何か夢を持っていたような気がする」
夢。
香澄先輩の口からそんな言葉が漏れてくるが意外だった。
「ま、今となってはそんなくだらない昔のことより――。おっと、メールが来てるよ」
スカートのポケットからスマホを取り出した。恐らく援助交際している男からのメールだ。
「やった、今からごちそうを食べさせてくれるって。ええと……場所は」
先輩が口にした店と場所は、僕でも知っている有名な繁華街にあった。そして――ラブホテルやら風俗の店が多いことでも知られていて、あまり良い場所ではない。男の目的はみえみえだ。
香澄先輩はまったく気に留める様子はない。多分これまでも同じようなことをしてきたのだろう。
先輩はスカートを翻して立ち上がった。
「先輩、さようなら」
去ろうとする先輩の背中に声をかけると、少しだけ肩をすくめた。
「ああ、元気でね。もうあんたと会うことはないだろうね」
スマホに何やら熱心に打ち込んでいる香澄先輩は、僕の方を見ないまま、それだけを言った。
「ありがとうございました」
運命の日の前日、色々な思いが駆け巡った。
いよいよ明日で一週間だ。
明日放課後にあの洋裁店で制服をもらう。
僕の新しい人生が始まるのだろうか?
そう思うと色んなことが浮かんで寝付けない。
そういえば双葉女子に行った沙織ちゃんとか綾ちゃんとかどうしてるのかな?
沙織ちゃんは中学から双葉女子付属の中学に、綾ちゃんは高校受験で行った。
それぞれ小中時代に一緒だった。
二人とも元気かな?
もしも同じクラスになったらどうしよう。
あの可愛いクラスのアイドル、人気者の沙織ちゃんや綾ちゃんと一緒に通えるとしたら、夢のようだ。
女子高に行った時点で諦めてたのに。
そう思うと思わず笑みがこぼれた。いや……僕がもし女子になったらそもそもそういう関係ではなくなっちゃうんじゃないだろうか。
そして当日、待ちに待った受け取りの日。
授業が終わった後、僕は一目散にあの洋裁店へと向かった。
お店には、やはりあの日のお姉さんが店番をしていた。
「あ、あの……」
「ああ、あなたね、できているわよ」
僕の顔を覚えていてくれた。
早速注文していた制服を裏方へ取りに行った。
果たして制服は出来ていた。
「はい、これよ」
棚の奥の方から取り出してきた大きな紙袋を渡される。
「中身を確かめなさい」
「は、はい……」
開けて中を見てみると、スクールセーター、ブラウス、紺色のプリーツスカート。ビニールに包まれ綺麗に折りたたまれていた。
確かに本物の双葉女子の制服だ―ー。
手が震えた。あの憧れの制服が今僕の手にある。しかも自分のものとしてだ。
お金を払う時いくつか注意を受けた。
この制服には心が宿っているから粗末にしたり裏切ったりしては駄目とか、とりかえしのつかないことになるとか。
よくわからなかった。でもこの制服とこの洋裁店のことは世間一般に口外しちゃ駄目っていのは耳に残った。
ま。それは大丈夫さ。
さらに一番大切な約束として言われたことがあった。
この服を着る前に、2、3日考えることを約束しなさいと忠告された。
実際は頭を冷やすと、思い直して返品する子も多くいるんだとか。
お金もきちんと返す。
『あなたは今ならまだ引き返せる。止めるなら今のうちよ』
とりあえずその場で生返事で約束した。
そして代金を払って店を出た。
とにかく家へ帰ろう。早く、少しでも早く。
順調にいったことに心が緩んで緊張も警戒も解けていた。
いつも回り道をして、やっかいな連中にみつからないように帰っていたのに、早く帰りたい気持ちがはやってこの日は人目の立つメインの通りを歩いていた。
それが失敗だった。
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