死刑方法はご自由に

青山風音

死刑方法はご自由に

 にび色の簡素な机が、突っ伏した青年の顔から熱を奪っていく。ひんやりとした感覚と共に青年は目を覚ました。自分の座っている椅子もまた、机と同じ材質で作られていた。

 くるりと渦巻いた髪を掻きながら、青年は周囲を見渡す。自分の周囲が薄暗い光に照らされているというよりは、それ以外の世界が全て闇に塗りつぶされているような錯覚を感じた。


「おはよう」


 対面に座っている人物に気づき、青年は軽く会釈した。相手の衣服は黒一色で、背景の闇に溶け込んでいるようだった。


「生首ですね」

「第一声がそれかい」

「柔らかな表情で皺の少し目立つ、温厚な中年男性の生首に見えました」

「ここはどこで相手が誰かくらいは気にしないかい?」

「僕の夢でしょう。大学時代の知り合いにさらわれて居酒屋に入り、ろくに飲めないのにアルコールを摂取させられて泥酔している僕の夢です」

「泥酔していたのによく覚えているね」

「僕は記憶力が良いので。そして、あなたは僕の潜在意識が生み出した、ただの登場人物です」

「これまた変わった人が来たものだね。普通はこの状況に混乱するんだよ。ところが君の場合は名前だけでなく性格も変わっている、古藤こどうおもてくん」

「……僕の名前を?」


 表は衣服のポケットを探る。身分を証明する物を何か落としたのではないかと確認するために。


「……服装は宴会の時のままですが、財布も携帯もありません。夢なので手ぶらでも不思議ではありませんが」

「これが現実で、誘拐および強盗ならどうする?」

「僕は居酒屋に入る前に飴を舐めていました。強盗犯なら無視するはずの、その包装紙すらありません」

「なかなか強情だね」


 相手の男はやれやれと言った表情で立ち上がる。その影の向こうに、ぼんやりと窓のような物が浮かんでいた。


「これが君の夢なら、私は君のことを何でも知っているのだろうけどね。あいにく君の名前と、三月五日にここに来たことしか知らないんだ」

「……えぇ、確かに今日は三月五日です」

「その日に何かが起きたんだ。それを君の口から話してもらわないと、私達は世間話もできやしない」

「もう話してますよ。僕は泥酔して夢を見ているんです。問題は僕の話を信じないあなたの……、そういえばあなたのことは何と呼べばいいのでしょう?」

「代理人と名乗っておくよ」

「代理人?」


 そう言って代理人を名乗る男は、宙に浮かぶ窓を引き寄せた。


「あの……代理人って名前ではなく役割なんですけど」

「そうだね」

「もしかして役割そっちの方が重要だから、そう名乗っているんですか?」

「表くん、ここに映っている男を知っているかな?」

「スルー……もう本題に入ったと。ええと、この男ですよね?」


 窓の中では、一人の男がへたり込んでいた。汗だらけの顔で歯を鳴らし、何かに怯えているように見える。

 男の周囲はこの部屋とは異なり、自然に溢れていた。青々とした芝が一面を覆い、空に目をやれば雲一つ無い晴天。建物と呼べる人工物は一つも見当たらない、実に開放的な景色だ。


「えっ!?」


 表の声が上ずる。茶色の塊が二つ、男に向かってぶつかっていったのだ。塊から伸びる白い刃が男の皮膚にがっちりと食い込んでいる。男は手足を振り回して逃れようと藻掻もがくが、ただ全身が赤く染まっていくだけだった。


「表くん、記憶力が良いのだろう?ニュースは見るかな?君の目の前でライオンに食い殺されている、そいつが何者か分かるかい?」

「……それよりも、三十五人を食い殺したライオンの映画を思い出しました。ここで吐いても大丈夫ですか?」

「そうやって口を動かせるのなら大丈夫さ。それで男のことは?」

「……何年か前に報道されていました。子供を何人も誘拐して暴行を加え、山に捨てた。そして自分自身は下山中に崖下に転落して死亡した。名前は……おぼろげですが詩市うたいち定雄さだお

「正解。犯行内容も彼から聞いたものと一致するよ」

「聞いた……彼から?」

「次だ」


 代理人が窓枠をコンと叩く。すると窓に映る風景が切り替わり、別の人物の様子が表示された。

 大学生にも見える若い男は、椅子に座った状態で手足と椅子を縛られている。首には金属製の錠がはめられ、頭部をがっちりと固定されていた。

 シャキン、シャキンと金属の音が鳴るたびに男は目を見開き、声にならない叫びを上げている。


「ハサミの音ですね。確かハサミで女子高生を殺した男の事件がありましたね。刻んだ制服が何十着も自宅に保管されていたとか。確か電車にはねられて死亡したとのことですが」


 画面に映ったハサミが男の耳に近づいていく。表にはそれ以上を見届ける勇気は無かった。


「正解。彼、鏡海かがうみ平助へいすけもそう言った。これから彼は全身の出っ張った箇所をハサミで切断されていくんだ。耳、鼻、指、次はどこかな?ひざかかとあごも出っ張りと言えるね」

「舌、喉彦……出っ張りは体内にもあります。歯だって横並びに見えるだけで、一本一本は出っ張りです。……代理人さん、これを僕に見せて何がしたいんですか?」

「説明するのは簡単だけれど、それで君が納得できるかは別の話だ。だから、まずはこうやって映像を見せるんだよ。次に行こうか」


 今度の人物は、おそらく中年の女性だった。もっとも表がそう判断できる材料は、彼女の顔にしか無かったのだが。

 手術台の上に裸で寝かされた彼女へと、注射器が何本も迫っていく。彼女の肉体は所々が青黒く膨張し、もはや人間の面影は残っていなかった。口からは真っ赤な泡を吹き、焦点の定まらない目をこちらに向けている。


「……この人は見たことありません」

「君が生まれる前の事件だからね。名前は添割そえわりキキ。土砂災害の被災地で炊き出しに毒を入れ、被災者を無差別に殺害したんだよ。そして自らも同じ毒を口にして自殺した。彼女はそう言っていたよ」

「……するとつまり、彼女に投与されているのは毒ですか」

「だんだん頭が働いてきたね。そろそろ君にも、ここがどういう場所なのか分かってきたんじゃないかな?」

「…………」


 表はゆっくりと顔を上げ、代理人の方を向く。


「これが僕の夢である可能性は捨てきれませんが、既に死亡した人物が生きていて、あなたに罪状を語ったとするなら……」

「語ったとするなら?」

「ここは……現世の先にある場所ですね。名称も世界観も宗教によって異なりますが、一例としてと呼べる場所です」

「ほう……」

「そして彼らは全員が犯罪者で、法律で罰せられる前に死亡しています。自らを代理人と名乗るあなたは彼らに罰を与え、その服装は黒色……僕らの世界における裁判官と一致します。死んだ犯罪者を裁く、それがあなたの役割ですね」

「よく考えているね」


 パチパチと軽く手を叩きながら代理人は言った。


「死刑判決を受けるはずだった人間に、代理で死刑を宣告するのが私の役割だ。素晴らしい……説明する前にここまで理解してくれたのは、君が初めてだよ」

「納得はしていません。どうして僕がここにいるんですか?」

「言っただろう、それは君の口から話してもらわないと。私には分からないからね」

「僕は何もしていませんし、死ぬような目にも合っていません。いや、もしかしたら急性アルコール中毒で死亡したとか?うーん……やっぱり夢なのでしょうね」


 しばらく頭を捻ったあと、表は言った。


「ところで僕が何も言わない場合、刑の内容はどうやって決めるんですか?」

「確かに、罪状が不明なら判決は下せないよね」

「判決は死刑で確定では?僕が聞きたいのは殺し方です」

「……あぁ、君は勘違いしているね」

「勘違い?」

「ハサミの殺人犯はハサミ、毒は毒。それだとライオンが合致しないだろう?」

「……そうですね、猛獣使いでもなければ」

「ふふふ……」


 代理人は穏やかな笑みと共に窓枠を叩く。次の瞬間には、同じ形状の窓枠が何個にも増殖し、表を睨みつけていた。


「決めるのは私ではない。君が選ぶんだよ、自分に相応しい死に方をね」

「僕が……選ぶ?」

「今から順番に見ていこうか。次は四つ目だね」


 代理人の言葉と共に窓枠がガタガタと震えだした。この映像を見るよう主張しているのだろうが、出演者の苦痛を体現しているようにも見え、表は少し萎縮する。

 映像は、またも手術台だった。今度は老齢の男性が大の字に貼り付けられている。激しく口を動かしているが、表には何も声が聞こえなかった。彼の下半身からは噴水のように血液が吹き出している。


「まるで血のカーテンですね……向こう側が見えないのは僕にとって幸いです。他人の不幸に幸いもないんでしょうけど」

荘司そうじみつるは故意に外科手術を失敗し、患者の臓器を収集していた。彼は股下から頭頂部にかけて、ゆっくりと切断されていく。文字通り、真っ二つになるんだ。専用の器具がうるさくてね、仕方なく無音で提供しているよ」

「……真っ二つって言いましたけど、人間の体って対称的じゃないんですよ。顔の半分を写して鏡合わせにすると、違う顔ができるんです」

「へぇ、面白いことを知っているね。断面の損傷が激しいから検証はできないよ」

「結構です。頭を働かせて気分をごまかしているだけですから」


 次の映像では人間が逆さに吊るされていた。首から先は壺に隠れており、その顔色を窺い知ることはできない。


峰平みねひら開人かいとは過激な環境保護組織に属して、アメリカでクルーズ船を乗っ取り、沈没させようとした。沈没は未遂に終わったが乗っ取りの過程で死者が大勢出た。なぜ自分が死んだのか彼は説明できなかったけど、おそらく警察組織に射殺されたのだろうね」

「壺の中には何が入っているんです?」

「水だよ、何の変哲も無い水。彼を吊るしているロープから体を伝って、ゆっくりと壺の中を満たしていく。壺が一杯になる頃には彼は……言うまでもないよね」

「……あなたは、あくまで裁判官の代理人なんですね」

「そうだね。警察組織による裁きと、法律による裁きは切り分けているよ。水繋がりでもう一つ」


 水中カメラのように透き通った水が窓を埋める。水中を漂う女性は衣服を身に着けておらず、口からは管のような物が伸びていた。手首に怪我をしているのか、わずかに血が流れている。


草行くさゆき閉毬とまりは介護職員の立場を利用して何人もの老人を虐待し、死に追いやった。実際に何をしたかは聞いてないけどね」

「溺死を防いでいるんですか?傷口は小さいみたいですが何を……うっ」


 表は口をつぐんだのは、水中に揺れる魚たちを見つけたためだ。十匹か二十匹か、鋭い歯をギラつかせた魚たちは一直線に晩餐へと向かっていた。


「ピラニアは見た目に反して臆病な性格をしていてね、体格の大きい相手を狙わせるには準備が必要なんだ」

「血を流して興奮状態にさせるんですね……次に移ってください。ピラニアの食事はペースが早いらしいので、すぐに」

「それでは……表くん、これが何か分かるかな?」


 画面に映し出されたのは、鐘型の物体だ。高さ二メートルほどの頂点には、女性の顔をかたどった彫刻が見える。


鉄の処女アイアン・メイデン……」

「正解だ。中には小城こじろ幸丸ゆきまるという人物が入っている。生まれは男性だが、同性からの暴力をきっかけに女性として生きることを決意したとのことだ。そして性暴力の前科を持つ男性を十人ほど殺害し、最後は返り討ちにされたと聞いたよ」

「……鉄の処女って空想上の物だという主張もあるんですよ。実用化されていないとか。鉄を冠するのに、現存する物はほとんどが木製なんです」

「詳しいね、ではこれは?」


 代理人が別の窓を差し出す。一見すると、それは真鍮製の牛の美術品だが見た目通りの物でないことは容易に想像ができていた。


「拷問具繋がりですか。ファラリスの雄牛ですよね」

「そう、人間を中に入れて熱して焼き殺す道具だ。正解だよ。犠牲者は、火や煙から守られるために意識を保ったまま焼かれる。その悲鳴を牛の鳴き声のように変換する仕組みも備わっている。もはや一種の芸術品とも呼べる代物だね」

「あまりにも不愉快な話です」

「私は結構、面白い話だと思っているよ。人間の叡智を拷問具に費やすなんて、何とも無駄な努力をしたものだ。

 面白いといえば、ここで焼かれている男も面白い人物だったな。琴牛ことうし除苦じょうく、まさに冗談ジョークのような名前だ。特に何かを考えるわけでもなく牛繋がりでこの死刑を選んだ。今頃は名前に反して苦しみを目一杯に受け入れているだろう」

「名前といえば、ファラリスの名前は君主のもので、雄牛を製作したのはペリロスだそうです。彼はその成果を称えられるどころか、牛の鳴き声を実証するために最初の犠牲者となったそうです」

「君の不愉快はそれが原因かな?」

「努力が必ずしも報われるとは思っていませんが、結果を出しても報われないのは辛くなります。それに加えて、あなたが人の名前を笑ったことも含めてです」

「あぁ、君にも覚えがあるのだろうね。表くん……親は何を考えてたのかな?」

「名前というのは人が最も思いをこめる所なんです。裏の無い人間に育つように、僕の親はそう願っていたのだと……自信は無いので帰れたら聞いてみます」

「帰れたら……ふふふ、なるほどなるほど」


 感心したように頷き、代理人は次の窓に手を伸ばす。

 全身を赤黒く染めた人間が悲鳴と共に手足をばたつかせていた。突然の惨状に表は思わず口元を抑える。


「皮剥ぎですか……」

「いいや、これは毛刈りだよ」

「人間をですか?」

「そうだよ。毛刈りといえば羊の印象が強いけれど、人間だって体中の至る所に毛が生えているだろう?それを刈ってあげるんだ、皮膚はかな」

「毛刈り……羊……うむむ」

柏葉かしわば建一けんいちは青年時代に女性を八人殺害したが、罪が発覚することなく天寿を全うした。彼の人生において、これが初めての罰というわけだ」


 次の窓に映っていたのは、全身を簀巻きにされた女性だった。彼女の横にはピンと張ったロープがあり、こちら側に向かって伸びている。彼女の身体に損傷は無く、何かに怯えていることしか分からない。


「これから何が起きるんです?」

「もう始まっているよ。天品あましな破月はつきの姿が、ゆっくりと遠ざかっていくのが分かるかな?」

「……言われてみれば」

「これは天井から見下ろしている光景なんだ。彼女を載せた皿に結ばれたロープを、徐々に下ろしていく」

「察するに、皿で遮られた向こう側で何かが待ち受けているのですね」

「強酸性の液体を用意した。浸かるまでもなく蒸気で溶け始めるよ。液体と言えばこんな処刑もあるんだが」


 足を伸ばした状態で椅子に縛られた男性の姿が映る。彼の足は靴を脱がされた状態で、足の裏が酷く損壊していた。その足から流れる血液を一生懸命に舐め取っている生物がいた。


「塩水を人間の足の裏に塗るんだ。すると山羊やぎが舐めてくれるんだよ。ヤスリのようにザラザラな舌でね」

「……塩分不足になりやすい山羊は、塩分が含まれる物を舐め続ける習性があると聞きます。人間の血液も例外ではありませんね」

麻香津あさかづおさむは自動車を暴走させ、登校中の小学生を何人も轢いた。勢いをそのままに民家に突入し、車外に投げ出されて死亡した。彼は小学校時代に凄惨ないじめを受けたと身の上を語ってくれたよ。死んだ後まで舐められっぱなしの人生だったね」

「同情を引こうという目論見も無駄な足掻きでしたね。代理人さんには人間の心が無さそうですから」

「あれ、もしかして中傷されてる?」

「すみません。代理人さんは、人間の傷つく光景に罪悪感や不快感を感じていないようなので。人間がそういう感情を抱くのは、相手に自分の姿を重ねるからという説があるんです。なので代理人さんは人間の心が無いように見えました。」

「ふふふ……さて、最後の窓だ」

「今更どんな物を見せられようと驚きはしませんよ」


 そう言った表だったが僅かながら体は強張っていた。窓を選ぶ順番が代理人の意思である以上、最後に残した窓には残すだけの理由がある。そんな予感があったのだ。


「えっ……!?」


 表は思わず声を上げていた。

 目の前の映像には飛び交う矢と、それに射抜かれる男の姿が映っていた。表にとって最も重要な意味を持つのは、その男の顔だった。


「その様子だと彼を知っているようだね」

「……神場かんば成俊せいしゅん、僕を居酒屋に誘って酒を飲ませた張本人です。どういうことですか……?」

「見ての通りだよ。彼もこの世界に来て、そしてこの罰を選んだ。学生時代にダーツが得意だったとか、そんな理由でね」

「つまり彼は死刑を受けるはずだったが判決の前に死亡した……?ただ、そうなると……」

「気になっているようだね」

「僕と同席して酒を飲んでいた彼が死亡してここに来た……僕よりも前に。もちろん僕は彼の死を見ていませんし、それ以前に彼が罪を犯していたことも知りません。

 まぁ、深い交流があったわけでもありませんが。彼は何か言っていましたか?自身の罪や死因について」

「あぁ、過激な破壊行為に魅了されたと……爆破テロで日本を変えてやったと得意げになっていたよ。ただ、暴力団を巻き込んだがために自動車で拉致され、報復を受けたようだね」

「……拉致された?そんな瞬間は見ていませんが……僕が泥酔している間に?」


 しばらく考え込んだ後、表は代理人へ問いかける。


「これで選択肢は全て確認しました。この中から僕に相応しい死に方を選ぶということですが、まだ代理人さんから説明していないことがありますね」

「む?確かにその通りだが……それは何だというのかな?」

「これだけの数、残虐な映像を見せられた後でどれがいいかと尋ねられても、普通は選びたくないと言うでしょう。それでも彼らが選んだということは、選ぶことによる利点があるということです。わざわざ自分に相応しい死に方、という条件を提示しているというあたり、それを選べた場合の利点があるのではないでしょうか」

「それは表くんの純粋な推理かな?あるいは願望?」

「僕には死刑にされる覚えが無いので、願望が含まれるのは仕方のないことです」

「まぁいい」


 代理人は表の目を見ながら、ゆっくりと、そしてはっきりとした口調で言葉を並べた。


「表くん。君が思う、自分自身に一番相応しい死に方を選ぶんだ。正解すれば君の死は取り消され、元の世界で再び生きていくことができる。不正解の場合は、君が選んだ方法で死んでもらう」

「正解すれば……ですか」

「死に方と、それが自分に相応しいという理由を答えてもらうよ。もちろん解答権は一度きり、やり直しは認めないからね」

「制限時間は?」

「特に設けないけれど、あまり長いようなら私の独断で不正解にさせてもらう」

「分かりました……」








 表は一つの窓を手に取る。


「代理人さん、あなたは正直な方です。僕が何かしらの発言をした時、それが正解なら正解と、はっきり言ってくれます。半分正解とか大体合っているとか曖昧な言葉は使いません」


 代理人は口を閉じたまま、何も言わない。表の続ける言葉を、ただ待っていた。


「自分自身に一番相応しい死に方という、一見すると答えの無い抽象的な問いに対しても、『正解すれば』と言いました。それはつまり明確な答えが存在することを意味しています。

 これがもし正否ではなく、代理人さんのさじ加減で決まる合否なら『正解すれば』とは言いません。『私を納得させられたら』と言うでしょう」

「いいね、続けて」

「正解は解答者によって異なると考えられます。これはもちろん『自分自身に一番相応しい』という条件があるからです。正解を導くための鍵は、僕自身にあります」

「それは果たして何かな?」

「考えるまでもありません。代理人さんは言っていたじゃないですか。『僕の名前と、三月五日に来たことしか知らない』と。

 僕の情報、つまり正解を決定する鍵は、名前と日付の二種類だけ。この二択であれば本命は日付の方です。名前というのは人の数だけ存在する文字列ですし、正解を一意に導き出せるとは思えません」

「代わった名前の人が言うと説得力があるね」

「根拠は他にもあります。僕に与えられた選択肢は全部でいくつです?

 ライオンの捕食。ハサミによる切除。毒物の注射。身体を真っ二つ。壺で溺死。ピラニアの餌。鉄の処女。ファラリスの雄牛。毛刈り。強酸への下降。山羊の足舐め。矢の的。

 全部で十二種類です。十二といえば連想されるのは日付、特に月です」

「なるほどね」

「ところで強酸へ降ろされる映像の時、代理人さんはこう言っていました」


『彼女を載せた皿に結ばれたロープを、徐々に下ろしていく』


「床や板ではなく『皿』と言ったんです。あの映像の持つ意味を知るからこそ、あなたはそう言った。ロープに結ばれて落ちていく『皿』……天秤ですよね?

 十二の選択肢に天秤が含まれる。それを踏まえて考えれば、残りの選択肢も見えてきます。

 まずは毛刈りです。皮剥ぎと言った僕に対して、あなたは羊の毛刈りと言いました。つまりこの死刑方法は羊を示唆します。続いてファラリスの雄牛、これはそのまま牛です。次は身体を真っ二つ、人間を二つに分けることから双子の暗示でしょう。ハサミによる切除は蟹で、一番最初のライオンは言うまでもなく獅子です。鉄の処女は、処女という所から乙女を連想できます。毒物の注射はサソリから来ていますね。矢で射られることと山羊の足舐めは、そのまま射手と山羊です。水に満たされた壺は水瓶、そしてピラニアは魚です」


 表の手が窓枠を叩く。


「よって僕に一番相応しい死に方は……僕がここに来た三月五日の十二星座、魚座に該当するピラニアの餌です」






「正解」


 代理人の言葉と共に、表は持っていた窓を机の隅に追いやった。


「初めてだよ、君のような人間は」

「これで僕は元の世界に帰れるんですよね?」

「もちろんさ。せっかく生きながらえた命だ、存分に残りの人生を楽しむといいよ」


 表の背後から光が差し込む。振り向くと、切り開かれた空間の向こうに真っ白な世界が広がっていた。


「そこに飛び込めば、君は元の世界で目を覚ます。死因となった身体の負傷は無かったことになっているよ」

「この世界の記憶は覚えているのですか?」

「君が望むなら記憶を保持することもできるけど、意味があるのかい?」

「では持っていきます。僕には必要ですから」

「……そう、好きにしなよ」


 椅子から立ち上がり、表は光の方へ向かう。






 そして最後の一歩を踏み出そうとして、再び代理人の方を向いた。


「代理人さん、僕はこれで終わりだとは思ってませんよ」

「何のことかな?」

「僕がこう推測したことを覚えていますか?」


『条件に見合う死に方を選べた場合の利点があるのではないでしょうか』


「この推測に対して、代理人さんは正解と言わなかった。元の世界に戻れることが利点である、という考えは誤っていることになります」

「どうかな?望み通りになったんだ。それは利点ではないのかい?」

「……この世界に呼ばれたのは、どういう人たちでしょう。元の世界で蘇って、その先で何が起きるでしょう。

 少し考えれば分かることです。死刑判決……法の下で公正な判決を受ける。本来あるべき裁きの道に戻るだけです。生き延びたわけではないのだから、利点とは呼べません」

「生還者は以前もいたけれど、その反応は様々だった。君のように、暗闇の未来を不安視する人もいれば、純粋に喜ぶ者もいる。既に現世への未練を断ち切って安楽死を願う者も。何が利点かは人によって異なる、僕は決めつけなかっただけさ。

 君の未来予想図についても正否は分からないよ。生還者は二度とここに来ない、話を聞く機会が無いからね」

「それこそ生還者が人間の手で死刑判決を受けたからだと僕は思いますよ」

「そうかもしれない。まぁ、それが分かったからどうだと言うんだい?一生を逃亡生活で終える覚悟でもしているのかい?」

「いいえ、泣き寝入りはしません」

「……泣き寝入り?」

「あなたの言葉で確信を得ました。あれは僕が、あなたの役割について言及した時のことです」


『死んだ犯罪者を裁く……それがあなたの役割ですね』


「この時も正解と言いませんでしたね。犯罪者という表現が誤っていたのですから。正確には犯罪者ではなく、死刑判決を受けるはずだった人間……つまり無罪の人が含まれるんです、例えば僕のような」

「……ふふふ、さすがに気づくか。君自身のことだからね」

「無罪の僕が、一体誰の死刑判決を肩代わりしているのか?一人しかいませんね、神場成俊です。彼が僕に濡れ衣を着せ、それがそのままだと成功する。だから僕はこの世界に来てしまったのです。

 唯一、僕の死因だけは不明ですが、蘇ってみれば分かるでしょう。神場による口封じか。暴力団が神場のついでに僕も攫ったか。あるいは本当に急性アルコール中毒なのかもしれません」


 表は代理人に背を向けて最後の言葉を放つ。


「お別れです、代理人さん。次は本物の裁判官が相手です」


 そう言い終わった時、表の肉体は光と共に消えていた。


「……お疲れ様」


 代理人は名残惜しそうに一言呟き、暗闇の中に溶け込んでいった。

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