第28話 捕獲作戦 その2


「なんだ、あの顔は。失礼な平民め。このクベイル・タイフンが俺の子を孕むチャンスをやろうと言っているのに──」


 俺が浴室の扉をあけたと時、全裸の彼は風呂につかりながらそんな事を呟いていた。


 クベイルと目があう。


 今は盗賊のマントなど着てないので、なんの問題もなくあちらは俺の姿が見えるはずだ。


 しかし、クベイルは固まって動かなかった。


 それは油断しきったパーソナルスペースに、突然得体の知れない不審者があらわれたゆえの困惑なのだろう。


「ッ、だ、だだ、誰だか貴様?!」


 クベイルは転がるように浴槽からでて、すぐ脇においてあった剣を手にとった。

 

「お前の罪を焼きにきた」

「なんのことだ! この俺をクベイル・タイフンと知っての狼藉か、愚か者め!」

「忘れたのか。2年と半年前、お前が殺した人間のことを」


 俺は気まぐれに問いかけてみると、クベイルは「斬り捨てた有象無象のことなど覚えたはいない!」と誇らしげにほざくと、突撃してきた。


 俺は一歩も動かず、ただ指輪のはまった右手で火炎をつくりだし《スコーチ》をはなって焼いた。


「ァァガァアァ?!」


 猛炎に皮膚を焼かれて踊り狂うクベイルは、すぐさま浴槽に飛び込んで焼死からのがれる。


 俺はゆっくり浴槽にちかづく。

 皮膚が半分ほど焼けたクベイルは、恐怖を顔にはりつけて見返してきていた。


「ままま、待ってくれっ! 頼む、本当にわからないんだ! きっと、人違いだ! なにか誤解をしてるんだ!」

「俺は知っているぞ。リクと呼ばれた雑用係がかつて不死鳥騎士団にいたことをな」


 そう言うと、クベイルの顔色がどんどんと蒼白に変わっていった。


「俺は正義の執行者だ。お前を捌きにきた」

「た、たた、頼む、待てよ! いまさらそんな昔のこと持ち出されたって困る! あれは騎士見習いの時にやった、不祥事だろが! なんで2年も経ってからそんな事を言われなきゃならないんだよ! こんなのおかしいだろ!」


 クベイルは「誰か! 誰かこい! 侵入者がいる! 俺を助けろ!」と大声で叫びはじめた。

 

 俺は手のなかに冷気の力をためて、浴槽ごと《フロスト》で氷つかせた。


 

 ───しばらく後



 俺はガレット・ハリケンの屋敷へやってきていた。


 例のごとく盗賊のマントの2着目を消費して、真っ昼間に真正面からどうどうと侵入した。


 屋敷の規模としてはクベイルのトルネイ家とあまり変わらない。


 俺は頭のなかに、暗記しておいた屋敷の見取り図を思い浮かべる。


 闇のブローカーを通じて手に入れた情報を信用するならば、この先にガレットの書斎があるはずだ。


 俺は部屋のまえに立つ。


 扉に耳をあてると、中から何やら人の喋る声が聞こえてくる。


「いつになったら出てきてくれるんだい、ナタリア」

「ふふ、もうガレット様ったら気が早いんだから。当分は会えませんからね」


 幸せそうな声音だった。

 俺は瞳を閉じて扉を押し開けた。

 同時に効果の切れたマントを焼いて、火の粉をまといながら入室する。


 窓際の安楽椅子にゆられるお腹のわずかに膨らんだ若い少女。

 そのお腹に顔をちかづけて口づけする青い髪の青年。


 ガレットだ。

 以前は隠気でずる賢そうな顔をしていたが、いまでは顔色もよく見違えている。


 ガレットとその少女は異様な現れかたをした、不審な格好の俺に顔をこわばらせている。


「叫んだら部屋ごと焼きつくす」


 俺は威圧感をこめて、ただそれだけつげると、手のなかに轟々と燃えさかる炎玉を出現させた。


 その反動で生じた冷素で、足元の品の良い絨毯が凍りついていく。


 ガレットは俺のもつ戦力の大きさを察したように眉をひそめ「部屋を出るんだ」と、安楽椅子にすわる少女に言った。


「ガレット様、あ、あの人は誰ですか…?」

「静かに。言うことを聞いて」


 不安そうな少女は重たそうにお腹を両手で抱えながら、俺のとなりをぬけていく。


 ガレットはその間に、壁に飾られていた剣を手にとって鋭い眼差しを向けてきた。

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