第27話 捕獲作戦 その1

 

 騎士団洗礼式まであと3日。

 王都の空には今まで以上に、たくさんの飛竜が飛びかい、街のにぎわいは増していた。


 俺とラテナは魔術街にあるこじんまりとしたカフェで、紙を広げていた。

 内容はすべて騎士団についてと、個別に調べたミラー、ガレット、クベイルについて、そして、団長アイガスターについてだ。


 冒険者ギルドにフロストドラゴンを売り払ったことで、潤沢な資金を手に入れた俺たちは、この10日間ほどで準備を済ませることができた。


「ガレット、クベイルも先日、王都入りしたと情報がはいった。今は王都にある別邸に滞在してるらしい」


 それなりに信用のおける裏社会で活躍する情報屋からうけとった、たしかな情報だ。


「ふくふく、これで揃いましたね。リクと私の仇たち、みんな」

「そうだな。……よし、じゃ始めようか」


 俺たちはカフェを出た。

 ラテナとはいったん別れて、彼女にはアイガスターのもとへ向かってもらう事にする。


 俺は遠くへ離れていく彼女の背中を最後まで見送った。懐中時計で時間を確認して、魔術街のベンチにゆっくりと腰をおろす。


 そして、氷鋼でオーダーメイドしたキツネを模した白い面をフードで隠した顔につけておく。


 身バレはそのまま浮雲家へ飛び火する。

 絶対に避けなければならない。


 すこし待っているとミラーがやってきた。


 ここ数日の調べで昼休憩の間にリンボリックの魔術塾のあたりをうろつくのはわかっていたので、これは予想通りの展開だ。


 俺はベル型の魔導具をとりだして、それを一回鳴らした。

 これは効果範囲内の狙った物品を、手元に引き寄せる効果のある魔導具だ。

 

 ベルはパリンっと音を立てて割れた。

 同時にミラーの腰についている剣が留め具をすりぬけて、俺のほうへ素早く飛んできた。


「あ?」


 ミラーがアホウな顔してる間に、俺は剣をキャッチすると、ダッシュして裏路地へ逃げる。

 

 状況に頭が追いついたミラーが「てめぇええ!」とブチギレて追いかけてきた。


 俺はある程度、奥まったところまで逃げると、そこで立ち止まった。


 激昂したミラーがショートソードの方を抜いて「斬られても文句は言えねぇよな」と、迷いなく飛びかかってきた。


 俺はふりかえりざまに《スコーチ》をミラーにぶちあてる。


「ウガァアアアア?! アタぃ、アツィイ! 焼ける、ぅう!」


 灼熱に焼かれてしまった路地裏をじたばた暴れるミラーへ、俺は炎を消してやり、無言のまま顔面に蹴りをいれた。


「な、なんじぇ、こんな…こと、を…!」

「お前の罪を焼くためだよ」

「罪……? 俺が何したってんだ…!」

「本当に心当たりがないのかよく考えてみろよ」

「ヒィ、ヒィ、殺すのか、俺を……ッ?」


 ミラーは折れた前歯のちらつく皮膚の焼けた醜い顔に涙をこぼして聞いてくる。


「いいや」


 俺がそういうと、彼は露骨にホッとしたように目を閉じる。


「お前をさばくのはここじゃない」

「へ?」


 とぼけた顔をするミラーへ再度蹴りをいれて、俺は意識を刈り取った。


 鮮やかに無力化したあとは、人攫いのために用意した魔導具『人攫いの黒布』でミラーの身体をつつむ。

 こうする事で人体の重さを10分の1にして持ち運びやすくするのだ。


 そうして俺は、ミラーをかついで予定していたとおりに近くのマンホールを開けて下水道へと降りていった。


 ミラーを下水道の一画にこしらえた牢屋に縛りつけたら、今度は残りを迎えに地上へもどる。


 次に向かったのはクベイルの別邸だ。


 俺はこれまた大枚はたいて買った高級魔導具『盗賊のマント』を羽織る。

 フロストドラゴンマネーが無ければ決して買おうなんて思わなかった金額の品だ。


 それゆえに効果は極めて強力。

 なんでもアルカマジでは違法な魔導具らしく、つかっているのがバレたら禁固を喰らうらしい。


 効果は不可視化。

 持続時間は1分。

 

 制限はあるが、いったいどれほどの魔術師ならばこんな魔導具をつくれるのか……。


 俺はこのマント含めて強力な魔導具を売ってくれたあの謎の男のことを思いだす。


「ノーフェイス・アダムスか。すこし興味でてきたな」


 俺はそんなこと考えながら、自分の姿をまわりの景色と同化させた。


 人通りの多い通りをかけぬけて、そのまま別邸の柵をどうどうと飛び越える。


 玄関扉に耳をあてて物音をうかがい、入っても大丈夫そうだと判断したタイミングで、オリジナルスペル《マスターカット》をつかって、鍵を一点集中させた熱で焼き切る。


 扉に体をすべりこませて、玄関を閉めると、すぐに緑色の髪が印象的な背の高い男が近くの扉からでてきた。


 クベイル・タイフン。

 あの日、瀕死のラテナを剣先でさして持ちあげ、もてあそび、耐えがたい苦痛をあたえた男だ。

 以前よりもさらに体格はでかくなっており、身体の厚みがすごい。


 俺は盗賊のマントの有効時間を気にしながら、クベイルのあとを追いかける。

 なぜか上半身裸なので、汗をかいているので剣でもふっていたのだろうか。


「君、新しくうちに来た子だね?」


 彼は廊下の掃除をしていた、まだ子どもといっても差し支えない少女に話しかける。

 少女は緊張した面持ちで「は、はい、ライラと申します……!」と歯切れ悪くいった。


 瞬間、クベイルはスッと目を細め「まあ、力を抜きたまへ」とメイドの腰を抱き寄せた。


 ライラと名乗ったメイドはびっくりした様子で目を見開くが、クベイルは構わずちいさな身体を太もも、尻、腰となであげた。


「以前、相手してもらってた子がひどい言いがかりで使用人をやめてしまってね。今度は君にカラダのあいてをしてもらおうか」

「ぁ、く、クベ、イル、さま、なにを……」


 クベイルの大きな手で少女は顎をつかまれ、顔をよくみて吟味される。


「良いじゃないか。風呂場でしようか。積極的になりたまえへよ。待っているぞ」


 クベイルは少女の頬を舌でジュルリと舐めあげて、薄く微笑みをうかべて行ってしまった。

 

 少女は瞳を震わせて、その場に崩れておちた。


「は、はぅ、そんな、私、どうすれば……」


 騎士の家に務める使用人、それも新人だというまだ幼く弱い立場にたいして、あれほど手慣れたようすで圧力をかけるとは。


「常習犯じゃねえか」


 俺は効果の切れた盗賊のマントを脱ぎ捨てて、火炎で燃やしてしまう。


 少女はいきなり現れた俺の姿に「え?」と頬を涙でぬらしてほうけた顔をする。


 俺はキツネの鉄面のうえから、口元に指をたててみる。

 だが、効果はなかった。怪しすぎる俺の風貌に少女はあわてだしたので、俺は彼女の背後にまわりこみ口を押さえた。


 身長差があったが膝を崩させて、ゆっくり眠ってもらう。


「大丈夫、大丈夫だから、安心して、今はただ眠ればいい」

「んぅ……っ、んぅうー!」


 そのまま少女を締め落として、ちかくの物置に隠しておくことにした。


「さてと」


 俺はつま先をクベイルの入っていった浴室へとむけた。

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