第14話 ただのヘンドリック


 決闘から1日が経った。


「リクにぃに、怪我大丈夫?」

「平気だよ、レナ。母さんの回復魔術のおかげで大事にはいたってないよ」


 カリーナの回復魔術はとても優秀なので、肉体の欠損さえしなければ、多くの怪我を癒すことができる。


 俺やウィリアムが躊躇なく殺人級の剣技や魔術をつかったのは″本気であった″こともあるが、殺しさえしなければ、カリーナが何とかしてくれるという信頼があったからだ。


 ただまあ、ウィリアムはカリーナに死ぬほど怒られていたが。

 彼の方が重傷だったが……。

 まあ、いいだろう。愛する息子にあれだけしたんだ。そこは父親として甘んじて受けいれてもらうことにしよう。


「ふくふく」

「よしよし、ラテナも安心していいからな」

「ふくふく♪」

「んじゃ、ちょっと行ってくるから。レナ、ラテナをよろしくな」

「うん、わかった!」


 セレーナにラテナを預けて、俺は父親の寝室へとむかう。


 ──コンコン


 扉をノックして「失礼します」と一言断ってから入室した。


 部屋のなかでは微妙に火傷跡の残っているウィリアムが、上着を着替えているところだった。

 身体中に包帯が巻かれており、さすがの回復魔術でも、昨日の強烈な怪我からはすぐに立ち直れていないことがわかった。


「ヘンリーか。怪我の方は平気か?」

「それはこっちのセリフですよ、父さん。それで……そっちこそ怪我の具合はどうですか。僕がやっておいてなんですけど」

「本当にな」


 ウィリアムは快活に笑い「まだ痛むが問題ないさ」と肩をまわして見せた。


「まあ、座れ」

「はい」


 俺は椅子に腰掛ける。

 ウィリアムはベッドにぼふんっと腰を下ろすと「いたた…」と体勢を安定させる。


「まあ、なんだ。昨日の決闘の件だが、あの結果を認めることにした」

「ありがとうございます」


 ウィリアムはポリポリとそり残したヒゲをかきながら、少し不満そうに言った。


 負けず嫌いの性格がよく出ている。

 その訳はわかる。

 不完全燃焼というやつだろう。


 俺の本気を引き出すために挑発したり。

 賢者の魔術を体験するために攻めれる場面で攻めなかったり。

 ウィリアムは、俺から見てもいろいろと落ち度のある戦いをしていた。


 きっと最初から本気で来られたら、いっしゅんで勝負はついていたはずだ。

 今回勝てたのは運がよかったからだ。

 最後の瞬間、あの一瞬は俺が上回ったかもしれないが……総合的に見れば、俺とウィリアムの戦力には歴然とした差がある。

 

「ヘンリー、お前は俺との決闘で勝った。これは『勝者決定権』が適用されることを意味する」

「勝者決定権、ですか」


 勝者決定権──アライアンス建国時からあるいにしえの法。チカラを示した者に保証された意思決定権のことだ。

 

 騎士王国において、力ある者が意思を通せるという考え方はここから来ている。


 俺は知らなかったのだが、ウィリアムもこの勝者決定権を行使して、余計なもめごとをなしに本家クラウディアから独立したらしい。


 その際にウィリアム・クラウディアからウィリアム浮雲として再スタートしたのだ。


「ヘンリー、お前の意志を今一度教えてくれ」

「浮雲家の家督相続を辞退します」


 そして、もうひとつ。

 俺が団長や騎士──つまり、アライアンス騎士王国という『国』を敵に回すうえで必要なこと。


「浮雲の姓を捨てます」


 浮雲家とのつながりを断つ。


 ウィリアム、カリーナ、セレーナ。

 彼らは大切な家族だ。

 だからこそ捨てる。


 もし俺が団長に負けることがあった時の、いわゆる保険である。これは必須だ。


 大切な浮雲家を、俺という犯罪者を生んだ責任から守らなくてはならない。

 ウィリアムはとても優秀な騎士かつ、国家や不死鳥騎士団への献身で、アイガスターに気に入られている。

 ゆえに糾弾される可能性は低いだろう。

 ただ、何があるかわからない。

 ウィリアムには抗弁する正当な理由を残しておいてやった方がいい。


 ″その犯罪者と我が家の縁は切れています″


 とな。

 

「ヘンリー、少し考えてからでもいいんじゃないか? お前は9歳とは思えないくらい賢く、強く、聡明だ。文字も俺より綺麗にかくし、難しい単語も知ってる。でも、まだお前は子供だろう、そんなに焦らなくたっていいじゃないか」


 ウィリアムは心配するように言ってきた。


「家督はセレーナが継げばいい。だからってお前が家の名を捨てる必要はないんだぞ?」


 ウィリアム、それは出来ない。

 俺は近いうちに重大な犯罪をおかす。

 なればこそ、一刻も早く浮雲家の枠組みから俺は外れたほうがいい。


「ごめんなさい、父さん。でも、これは考えて決めたことなんです。無礼極まりない申し出だとはわかっていますが、なにとぞお許しください」


 俺の言葉にウィリアムは「そうか……」と残念そうに言った。


「わかった。王都に鳥をとばそう。騎士貴族浮雲家からお前の名を……」


 ウィリアムはそう言い、言葉をつまらせた。

 

「……ヘンリー、理由を聞かせてくれ。お前がアルカマジ王立魔術学院に行って、魔道を歩みたい、その気持ちはわかる。でも、それは浮雲の名を捨てなくちゃいけないことなのか?」


 ウィリアムは半分瞳をうるませながら、心の底から懇願してくる。


 頼むからやめろ、と。

 彼は息子である俺を、心の底から愛してくれているのだ。

 決闘で負けたとて「はい、そうですか」と簡単には認められないし、決められない。


 俺はまぶたを閉じて今一度思案する。

 

 しかし、導き出された答えは同じだった。


「父さん、俺にはやらなければならない事があるんです」

「それは、それは、なんなんだ……9歳のお前にそんな大事なことがあるのか……?」

「………………″正義を為す″ためです」


 言葉にしてみて、自分のなかにある気持ちが復讐だけではないと気がついた。

 団長だけじゃない。

 この世界のいたるところで、理不尽にあえぎ、弱者はいつだって虐げられる。

 

 俺は正義を為したいんだ。


 ムチをもった奴隷商に目をつけられないよう、毎日をビクビクおびえて暮らしたり、騎士団のなかで波風立たずに″自分だけ我慢″しなければいけない──そんな苦しみに耐えている人間に教えてやりたい。

 

 俺が言いたい「正義はある」と。


「ヘンリー……」

「僕は浮雲家にいないほうがいい。きっとこれから先、たくさん迷惑をかけてしまいますから」


 俺は言葉に力をこめていった。

 俺の思い、覚悟すべてを乗せた。


 ウィリアムは「わかった」と涙を隠すように顔に手をあてて、しばらく沈黙した。


「明日、王都に鳥をとばす……」

「ありがとうございます」

「近日中に荷物をまとめておけ」

「はい」

「……もう行っていいぞ」


 俺は頭をさげて「失礼しました」とウィリアムの部屋をあとにした。

 


 ──────────

          ──────────



 ──翌日


 俺とセレーナ、ウィリアムは乱れた庭園を直していた。


「えー、なんでリクにぃに家出て行っちゃうの?」

「いろいろとやる事があるんだよ、レナ」

「むう、そんなのつまんないよー! リクにぃにが出て行くなら、レナも出て行くもん!」


 花壇の手入れをしながら、セレーナはスコップをふりまわし、ウィリアムへむけて声を荒げた。


「ダメだ、レナには浮雲家の子として家を継いでもらわないとな」

「なんでー! リクにぃには外行くのに!」

「ヘンリーは俺に勝ったからな。やりたいようにする権利を持ってる。でも、レナお前は違うぞ」

「むぅ!」


 レナは怒ったようにスコップで花壇を攻撃しはじめた。せっかく整えたのに。


「落ち着けよ、レナ。出て行くって言ってもしばらくはブワロ村にいるから。この屋敷に住まなくなるだけだって」

「ほんとにー? 家に帰ってくるの?」


 俺はウィリアムのほうを見る。

 彼はうなずいてくれた。


「いいらしい。屋敷の人間じゃないだけだ」

「リクにぃがいるならやっぱり家にいよーっと」

「それがいいぞ。母さんや父さんと会えなくなるのは寂しいだろ」

「うーん、確かに……!」


 レナはハッとした顔で言った。


 そこ気がついてなかったんかい。


「よし、まあ、花壇はこんなもんだろ」


 花壇の整理をおえて、俺たち3人は本日の後片付けを終えた。明日は俺が焼き焦がしたぶんの芝の植えかえ作業だろうか。


「レナ、それじゃさっそく稽古をはじめるぞ」

「稽古ー? 今日はピアノと絵画の稽古はないよ、パパ」

「いいや、剣の稽古な」


 この日より、セレーナの剣術訓練がはじまった。騎士家系を継ぐためには、騎士学校に行かなければならない。

 セレーナはこれからは、嫁に出すために芸達者になるのではなく、本人が剣を取れる方向へシフトして頑張って行くんだろう。


 ──5日後


 俺は剣術訓練から逃げるセレーナをとっ捕まえるという、″浮雲″としての最後の任務をおえて庭へやってきた。


 庭には大きなトランクがある。

 俺が荷造りしてまとめたものだ。


「ヘンリー……私はまだわからないわ」

「母さん、ごめんなさい。失望させちゃって」


 涙目のカリーナがしゃがみ、俺と目線を同じにして温かな抱擁をしてくれる。


 俺も抱きしめかえす。


「愛してます、母さん」

「ヘンリー……っ、どうして……」

「行かなくちゃいけないんです。僕の正義を貫くために」


 カリーナは全然納得してないような顔だった。

 ウィリアムは彼女を優しく抱きしめる。

 

「じゃあね、リクにぃ! また明日会おうね!」


 セレーナはあんまり状況がわかっていないのか、あっけらかんとしていた。


 この方がやりやすい。

 俺だって家族から親戚になったくらいの感覚なんだしな。


「ヘンリー」


 ウィリアムは妻を抱きしめ頭を撫でながら、最後の言葉をつげる。


「王都からの通達だ。今日をもってヘンドリック浮雲を、騎士貴族・浮雲の系譜からはずす。……お前はもう貴族ではない」

「はい」


 淡々と答える。

 

「ふくふくー!」


 ラテナが飛んできて、俺の肩にとまった。

 ウィリアムは思い入れがあるように、ラテナのことを見つめて「頼んだぞ」と言った。


「ふくふく」

「それじゃ……行きますね」


 俺はかるく頭をさげて、深呼吸をする。

 そして、トランクを引いて浮雲家の門前をあとにした。


「ヘンリー!」

「はい? なんですか、父さん」

「お前は貴族じゃないかもしれないが、俺たちの家族だ。……そのことを忘れるなよ」


 胸の奥がじんわりと温かくなった。

 師匠が我が家に感じたぬくもりとは、こういうものだったんだろうか。


 ようやくわかった気がする。


「ヘンリー、私たちは家族よ」

「母さん……はい、僕はあなたたちの息子です。この事実は変わりません」


 俺はそういい、深々と頭をさげた。


 今までお世話になりました。


 今度こそ背を向けて歩きだす。

 すこしして振り返ると、小高い丘のうえにある浮雲家の門は遠く離れていた。


「新しいスタートですね、ヘンリー」

「そうだな、ラテナ。……ここからだ」


 俺は今日、ただのヘンドリックになった。

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