第15話 オオカミ少年


 浮雲屋敷をあとにした俺は、ブワロ村を迷いない足取りで横断していた。


 ただいま、ウィリアムが用意してくれた俺を住まわせてくれるという心優しい人の家へむかっている途中だ。


 そこを仮拠点として、俺は王都出発にむけて準備を始めようと思っている。


「今日も平和だな、この村は」

「ふくふく」


 のどかなブワロ村の畑をぶらぶら歩きながら、道行く村民たちに挨拶をする。


「ヘンドリック様、すこしよろしいですか」

「どうしましたか」


 すれ違いざまに不安そうな顔をした村民の話を聞くと、なにやら子どもたちの間でいざこざがあるらしいと教えてもらった。


 認知してるならお前がとめてやれよ、とも思わなくもなかったが……まあ、仕方ない。


 もう貴族ではないが、それは村民たちの預かり知らぬところ。

 

「ヘンリー、これは私たちの使命の予感がしますね」

「そうだな、今の俺はさながら家を失い、アテもなくさまよう流浪人だ。新しい家に行く前に、人助けのひとつでもしてこうか」


 トランク片手に俺は畑道を駆けだした。



 ──しばらく後



 森の近くの廃屋へやってきた。

 今は使われていない納屋が何軒かある。


 ここら辺で村の子どもが遊んでいると聞いたが、あっているだろうか。


「こっちくるな、バケモノ!」


 聞き逃せない罵声が聞こえてきた。

 俺は駆け足で現場へむかう事とする。


「ケモノ耳! 森へかえれー!」

「けむくじゃらのモンスターめ、この俺さまが退治してやるぞっ!」

「ひぃ、やめ、やめてよ……っ」


 少年数人がかりがひとりをイジめていた。

 歳の頃は9歳ほど。木の枝を勇者の剣のようにもち、それを容赦なくふりおろした。


「痛いッ、痛いよ、やめて…!」

「なんだよ、ただの木の枝だろ! モンスターならこんなんじゃ痛がらないぞ!」


 もう一度、大将らしいガキが木の枝をふりおろす。させるか。俺は両者のあいだに駆けこみ、少年を守るべく立ちふさがった。

 

 突然現れた帯剣する俺の姿に、いじめ少年たちは見るからに動揺していた。


「な、なんだよ、おまえ!」

「ヘンドリック……ヘンドリック浮雲だ。浮雲家当主ウィリアム浮雲が第一の息子である」


 丁寧に名乗ってやっても少年たちの頭のうえにはクエスチョンマークが浮かんでいる。


 さっそく嘘をついてしまった。

 この方が事態を解決しやすいと思ったが……大丈夫だったか? 

 うーん、まあ、今日くらいは貴族の権威をかりても問題ないよな。


 ひとり納得して自分を正当化する。


「浮雲? だからなんだよ!」


 大将はへっと出所不明の自信を顔にはりつけて言った。


 言わんとわからんのか。


「俺は貴族だ」

「っ、お貴族様……? でも、まだ子どもじゃん……」


 ようやく伝わったらしい。


 地方騎士としてブワロ村の治安を守っているウィリアムは、有事の際以外は、基本的に″散歩してる人″くらいにしか認識されてない。

 遊ぶことが仕事の子どもたちともなれば、騎士貴族のこと知らなくても仕方ないか。


「イジメは悪いことだ。今すぐこの子に謝れ、お前たち」

「いやだね、そいつが悪いんだ」

「俺の目にはそうは見えなかったが」

「だって、そいつ、俺さまの髪に勝手に触ったんだ!」


 それでキレるのもよくわからんな。


 イジめられていた少年に視線をむける。

 その容姿を見て、俺はハッと息を呑んだ。

 少年は獣人であったのだ。


 灰色のけむくじゃらの髪。

 ひょこっと生えた耳。

 尻尾もふさふさで素晴らしい。

 

 今は涙目で血のにじむ肩をおさえて、耳をしょぼんと寝かせている。恐いんだろう。


「ケモノに触られると、俺さまもモジャモジャにされるんだ!」

「ち、ちがうよ……髪に虫がついてたから、とってあげようと思って……」


 優しそうな声で少年は言う。


「うるさい、俺さまに逆らうなよケモノ!」


 また大将が、少年を枝でたたこうとする。

 俺はその手首をつかんで止めさせた。


「他人の痛みを軽視するな。いつか返ってくるぞ」


 俺は知っている、天罰などないことを。

 虐げた連中はのうのうと生きて、被害者たちは忘れられ、泣き寝入りするしかない。

 だが、そんな残酷を子どものうちから知らなくていいだろう。どこかに希望はある、悪い事したら、その分だけ帰ってくる。

 

 そう思っていればいい。

 虐げられたすべてを救えなくても、俺は俺のできる範囲の″正義″になればいいんだ。


「お、おまえは関係ないだろ、ひっこんでろよ!」

「お前がひっこんでろ。クソガキがあんまりしゃしゃってるとぶっ飛ばすぞ」


「ひぃ……ッ?!」

「き、貴族、こわい…!」


 大将から枝をとりあげ、にらみつける。


「ぐぬぬっ、お、おまえもそいつと同じ目に逢いたいみたいだなッ! やっちまえ!」


 大将と子分たちがむかってくる。


 力量差がわからんのか。

 俺はため息をつき、腰のホルダーにおさまっている杖に手をそえた。


 不死鳥の魂よ、

  炎熱の力を与えたまへ──《ホット》


 心のなかで詠唱して子分たちのほっぺたに熱源を出現させた。50度くらいで十分か。


「熱いッ?! あ、あつ、あついよー!?」

「うぁぁああ?!」


 突然の痛みに子分たちはのたうちまわる。

 ひとりはあまりの恐怖に失禁して、俺を悪魔でもみるような眼差しで見てきた。


「身の程をわきまえろ、平民風情が。貴族への口の利き方には細心の注意をはらえ。場合によっちゃもっと酷い目にあわされるのが常だからな」

「……ッ! 魔術、魔術師……っ、アルカマジの術使いだぁー!」

「ひぃええ、ママぁああー!」


 子分たちは凄いいきおいで逃げていった。


「さて、お前も痛みを知ってもらおうか」


 ひとり残された大将を、さっき没収した枝で思い切りたたく。

 剣術によって振られた枝はムチのようにしなり、大将のほっぺたに切り傷をつけた。


「うわああん、ママァァアアー!」


「やれやれ。……で、大丈夫? ひどい怪我だけど」

「ぁ、ぅ……君は、こわくないの?」


 おびえた目で見てきていた。

 俺はその目を知っている。

 毎日を平穏にすごすため、できるだけ波風立てないよう日々を生きぬく日陰者の目だ。


 昔の俺にそっくりだった。


「こわくないよ。むしろ、その耳も尻尾も羨ましいくらい素敵だと思うよ」

「け、ケモノなのに?」

「獣じゃないさ。俺は知ってるんだ、獣人が迫害されるようなひどい人間じゃないって」


 少年はほうけた表情で見上げてくる。

 俺は微笑み、彼の灰色の髪をなでた。





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