キスをすると、もれなく王さまに消されてしまうらしいのですが

うにまる

それでもあなたはキスがしたいの?


 ある日の夜のこと、男と女はリビングのダイニングテーブルに向かい合わせで座っていた。


 男は透明とうめいな氷と琥珀こはく色の液体が入ったグラスを片手に持っている。


 一方の女は四葉よつばの模様があしらわれた白いマグカップに両手をえていた。


 テーブルの真ん中にはコルクせんめられたから小瓶こびんがぽつんと置かれている。


 「むかしむかし、とはいっても最近なんだけど、とある国の王さまが突然ヘンテコなことを言いました。 キスをするとたちまち姿が消えてしまう魔法を全国民にかけた、と。 王さまは口と口を重ねる行為がこの上なく嫌いで、とうとう魔法を使ってしまったと言うのです。 別にキスをしなくても仕事はできるし、性交渉だってできる。 王さまは国の繁栄はんえい阻害そがいすることなく自分の嫌悪けんお対象を排除はいじょしようと考えたのです。 王さまの声明はまたたく間に全国民の耳に届きました。 ですが、国民は口をそろえて言うのです。 そんなの嘘っぱちに決まっている、と。 誰も信じてなんかいなかったのです」


 かららん、ころろん。


 ふーふーふー。


 「ところが、声明が出てから一ヶ月ほど過ぎた頃でした。 国民の心が徐々じょじょらぎ始めたのです。 もしかしたら本当かもしれない、と。 なぜそう思うようになったかといえば、魔法は嘘だと証明できる者がいつまでっても現れなかったからなのです。 周りで消えた者はいない、けれどうそまことか試してみるにはあまりにリスキーすぎました。 もちろん国の情報通信技術は発達していますので、キスをしている動画が流れようものなら、それ見たことかと気丈に振る舞いながら安心できるでしょう。 いや、実際に動画はいくつも出回っていました。 が、どれも嘘だったのです。 声明の前にった動画、あたかもキスしたように加工した動画、さらには死人とキスをした動画まで。 国民は情報にすがるどころか情報をいぶかしむようになりました。 するとどうでしょう、国民のうちこのように思う者がちらほらと現れたのです。 別にキスなんてしなくてもいいんじゃないか、と。 キスをしなくても愛することはできるし、死ぬわけでもない。 ならいっそしなくたっていいじゃないか。 この思想はメディアに取り上げられ、お茶の間で話され、若者に広く伝播でんぱされました。 その結果として、キスは知らず知らずのうちに暗黙の禁忌きんきとなってしまいました。 いまだに王さまの魔法が本当か嘘かはわかりません。 めでたしめでたし」


 かららん、ころろん。


 ふーふーふー。


 「ところで今の実話を聴いてもなお、あなたは私とキスがしたいの?」


 「うん。 だって、本当かどうか興味あるし」


 「それってただのカリギュラ効果じゃないの?」


 「君は頭がいい」


 「めたって何も出やしないわよ」


 「いつの間にか、キスは誰とするべきだったか思い出せなくなっていてね」


 「やっぱり、恋人とか夫婦とかじゃないの? 他の国は知らないけど」


 「だとしたら僕たちも当てはまらない? 似た者同士だし」


 「似てなんかないわ。 私、くさいだけのスコッチウイスキーなんて大っ嫌いだし」


 「それを言うなら僕だってにがいだけのブラックコーヒーなんか大っ嫌いだ」


 「じゃあキスしない方がよさそうね」


 「本当に君は頭がいい。 だけど、そうじゃなくて。 ほら、そこの小瓶」


 「……たしかに、服毒ふくどくで死ぬよりはキスで消えたほうが小粋こいきかもね」


 「その通り。 自殺志願者同士、最期さいご綺麗きれいにこの世とおさらばしようじゃないか」


 男と女は同時に立ち上がり、たがいを見つめながら近寄った。


 「ちなみになんだけど、どうして人はキスをしていたんだと思う?」


 「そうね……。 きっと魔法にかかりたかったからじゃない?」


 「なるほどね。 僕もそう思う」


 「……嘘つき」


 グラスの氷がくるりと転がる。


 マグカップはまたひとつ温度を下げた。

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キスをすると、もれなく王さまに消されてしまうらしいのですが うにまる @ryu_no_ko47

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