第3話 高利貸しの話②

 一人の男が月を見上げていた。

乱雑に結った長い髪は所々絡まっており、その色は老人を思わせる真っ白なものであった。目元を隠すように巻かれた白い布には赤い字で"五色坊"と書かれていた。

人間が持つことのない艶々とした黒い大きな羽を背負っている。

男の名は五色坊ごしきぼう、天狗である。五色坊は山に人間が立ち入ったのを感じ取ると、ゆっくりと入り口まで迎えに歩き出した。

「さて、今夜の食事は何であろうか」


 佐助は夜道を息も絶え絶えに走りぬき、ようやく愛宕山のふもとに辿り着いた。

息を整え山の頂上を目指す。石段を一歩一歩踏み締めるように上り、白く光る鳥居を探すが見当たらない。朱色の鳥居があるだけである。噂はやはり噂であったか。

肩を落とし石段にぼんやりと座っていると、ひんやりとした冷たい空気が山を覆う。秋が近いとはいえ、ここまで冷えるものなのか。佐助はぶるりと体を震わせた。

ふと男の声がした。

「そこの者、我を探すものか」

佐助は慌ててて辺りを見渡すが、声の主は見えない。

「鳥居をくぐれ」

声しか聞こえず恐ろしいが、これが噂の男なのやもしれぬと佐助は震える足を鼓舞し歩み始めた。

ぎゅっと目を瞑り、鳥居をくぐる。

そこには神社の境内が広がっているはずだった。

「はて、ここは何処だろう」

辺り一面真っ白な空間に、後ろを振り返れば白く輝く鳥居があった。

白の上に白なのに、そこに鳥居があるのが不思議と分かるのだ。

佐助は導かれるようにその輝く鳥居をくぐりぬけた。


 佐助の目の前に突如として、白い髪をなびかせ人間が現れた。

顔には鴉の面をつけている。これが噂の男であろうと佐助は納得した。

鴉の面越しに男が尋ねる。

「なにか悲しいことでもあったか、それとも憎しみか」

妙な質問だが、佐助は高利貸しの主人の身に起こった事をそのまま伝えた。

すると鴉の面越しにいら立ちが伝わってくる。

「それではすぐに食べられないではないか」

何の事か分からず、首をかしげる佐助に男は一言命じた。

「その主人とやらに恨みを持った者の元へ我を連れて行け」

佐助は困惑した、そんな人物はたくさんいるのだ。

それを伝えるも男は冷たい。

「ならば無理だ。根源を絶たねばそのまま死ぬぞ。それに腹も満たせぬではないか、さっさと案内しろ」

佐助は頭を悩ませ、ふと今朝の事を思い出した。恐ろしい目つきで高利貸しの主人を睨みつけていた男。もしかしたら久次郎ではないか、と。

しかし行先を知る銀治は死んでしまった。

「我がここから出られるのは丑三つ時の間のみ。それまでに分からぬのならば出直してこい」

男はそっぽを向くと、宙に胡坐をかいた。

宙に浮いているというのに佐助は驚かない。

この空間自体がすでに不思議な状態なのだ。

「明日の朝調べに行きますので、どうか一晩ここへ置いてください」

佐助の申し出に男は嫌そうな空気を醸し出した。

「これを持っておれ」

小さな銀色の鈴を佐助に投げてよこした。

よく分からぬまま、佐助が手に取りチリンと一度鳴らしてみる。

その音は儚くも美しい音色であった。居てもよいかと再度佐助が尋ねると、男は勝手にしろとつぶやきそっぽを向いた。

ようやく彼は安心したように、白い空間に横になり目を閉じた。

鴉面の男、五色坊は呆れたようにそれを眺め背を向けた。

「肝が据わってるのか、臆病なのか…」

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