第2話 高利貸しの話①
ある日の事である。若い男が高利貸しの元へ連れてこられた。
男の名は久次郎。仕事もせずに酒を飲んだくれる生活を送っていた。
利息がとんでもなく高額になった為、踏み倒そうと逃げ出したのだがそれがばれて捕まったようである。
恰幅の良い高利貸しの主人が猫なで声で問いかける。
「おや、久次郎殿どうなさったのかな」
久次郎は冷や汗を流し、目を合わせぬように畳を見た。
汗がぽたぽたと畳に染み込んでゆく。
久次郎が何も言わないのを横目に高利貸しは話し続ける。
「お前さん、金を借りておいて踏み倒そうとしたんだって?それはいけないねぇ」
「このまま返さないのなら、体で返してもらわんと。どこぞへ売っ払う事になるけどねぇ」
高利貸しの主人は、声を落とし脅すようににたりと笑った。
高利貸しは返金できない者は、女なら遊郭、男なら陰間茶屋へ売り飛ばしているという噂だ。久次郎は畳に頭を擦り付けて懇願した。声が震え、体も情けなく震えている。
「申し訳ない、旦那。もうしばらく待ってはくれねえか」
「逃げるような男の言葉は信じられんね」
久次郎はがくりと項垂れ、おいおいと泣き始めた。
面倒くさそうに高利貸しは、傍に控えていた大きな奉公人に命令した。
「銀治よ、これを例の所に売っておいで」
「承知しました」
銀治は何処から出したのか久次郎を縄で縛り上げ、抱え上げたまま大股で店を出て行く。久次郎は声にならない叫び声を上げながら高利貸しの男を睨んでいる。
その姿が消えると高利貸しの主人はふん、と鼻で笑った。
そしてもう一人の細い奉公人を呼ぶ。
「お前さんは酒屋で酒を買って来い」
「はい旦那様」
この細い奉公人の男こそが、夜道を走っていた男である。
奉公人の名を佐助と言った。
佐助はそそくさと店を後にし、清々しい外の空気を思い切り吸い込んだ。
「はぁ、朝からとんでもない物を見た」
幼いころに店に奉公に出され、主人にはよくして貰っていたが、いかんせん裏の世界は怖すぎた。
「おっかさんも、もっと明るい店にしてくれれば良かったのに」
ぶつくさ言いながら、佐助は用事を片付けるため歩き出した。
その晩から高利貸しは眠っていると魘される様になる。起き上がったかと思えば、徘徊しながら怪しげな踊りをするようになった。高利貸しの妻は夜中に起きる夫にほとほと困っている様子だったと、銀治に聞かされた佐助は不思議に思ったが特に気に留めなかった。昼間の高利貸しの主人は普段通りの様子なのである。
それから四日目の晩のことである。
眠っていたはずの高利貸しの男がむくりと起き上がった。
そこまでは前の三日間と同じである。妻はもう放っておくことにしていた。
しかし高利貸しは台所で何かをごそごそと漁り出し、包丁を手に持つと突然ぶつぶつと呟きだした。
そしてそのまま怪しげな踊りをしはじめる。
ちょうど厠に行こうと起きていた佐助はその様子を初めて目撃した。
「何だい旦那様のあの様子は」
そしてそのまま高利貸しは揺れるような足取りで奉公人の眠る部屋へ向かう。
恐々とその後をつけた佐助は忍び足で部屋へ近づく。
障子の隙間から見えたその光景は恐ろしいものであった。
高利貸しの男が銀治の胸を何度も包丁で刺していたのだ。
銀治の口からはごぽごぽと赤い血が流れている。
佐助は腰を抜かしてしまい、口から悲鳴が漏れた。
ぐぐぐぐぐ、と男の首がこちらを向く。
その目は赤く光っているように見える。
慌てた佐助は脱兎のごとく店から飛び出し、走り出す。
そのままどこへ向かえば良いのかも分からず逃げ続けた。
はあはあと荒い息を吐く佐助はようやく立ち止まり後ろを振り返る。幸い高利貸しは追ってはこないようであった。ぶるりと体を震わせ、天を見上げれば雲の影から満月が顔を出す。ふと、こんな噂を思い出した。
《愛宕山には呪いの類を解決してくれる男がいる。丑三つ時に現れる白く輝く鳥居をくぐるべし____》
そう囁かれる噂は眉唾ものだ。だが、あの高利貸しの主人の様子は尋常ではない。
赤く目を光らせ、怪しく踊る姿は何かに取り憑かれたようであった。
藁にも縋る思いで佐助は走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます